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第28話 幼馴染と噂話→ムギとお弁当

   モトキが机に頬杖をつきながら、もう一方の手で漫画のページを捲る。その口がおもむろに開かれた。 「ホムラ先輩、シズク先輩のこと諦めたっぽいよ。なんか噂になってる」  向かいあって同じく漫画を読んでいた俺は、手を止め視線をあげると疑問を口にした。 「なんで?」  幼馴染みの言っていることが事実なら心配事がひとつ片づくけど、ホムラ先輩がシズクをそう簡単に諦めるとは思えない。  あれほどしつこく群れに誘っていたのにそんなにあっさり手を引くものだろうか? なにか理由があってというなら、別だけど。  ホムラ先輩と話すようになってから、彼の印象はだいぶ変わった。強引で口が悪くて我儘なところもあるけど、暴力をふるったり、力に物を言わせるひとではない。  何気に可愛げもあるし今では親近感すら覚えているけど、シズクに関しては少し困った相手だと思う。  そんなことを考えながら詳しい話を求めると、モトキが漫画を読むのは止めないまま説明をくれる。 「シズク先輩よりもお気に入りの相手ができたって聞いた。最近はその相手をしょっちゅう部屋に連れこんでるらしいぜ」 「……」  幼馴染みからの話を聞いて俺は口元を引きつらせた。  別の相手を――部屋に、連れこんでいる? ホムラ先輩が?  ちょっと待て。それって本当にシズクを諦めたんだろうか。いや、だってそのホムラ先輩がしょっちゅう部屋に連れこんでいる相手って俺のことじゃない……?  最近の話なんだよな?  まさか変に誤解されてこんなふうに噂が広まっているとは思わず、乾いた笑いが溢れた。俺とホムラ先輩はただのゲーム友達だというのに。  訂正を入れようとしたところで、俺の心中などなにも知らないモトキが新たな情報を伝えてくる。 「しかもその相手、βなんだと。意外だよなあのひとβには全然興味なさそうなのに」 「……βが相手?」 「噂だとな」  目を丸くする俺にモトキが頷く。俺は全身から力を抜くと椅子の背もたれに凭れかかった。  βが相手なら俺のことじゃない。噂の相手が俺だと思ったのは勘違いだったのか?  ということは、俺以外にもホムラ先輩の部屋に通ってる人間がいるってこと? 俺があのひとに誘われたように、他にもゲームの対戦相手として招かれた人間がいる?  もしそうだとしてもなんら不思議ではないことに、俺はここではじめて気がついた。  ホムラ先輩が声をかけて断る相手などそういない。ましてや自分の群れの人間ならなおさらのこと。寧ろ喜んでつきあうだろう。 「……」  俺はなぜか、ホムラ先輩のゲームの相手をしているのは自分だけだと思いこんでいた。  腹の奥でなんともすっきりしないものが蠢く。もやもやとした気持ちの悪い感覚に眉を顰めていると、モトキが漫画から視線をはずしてこちらに目を向けた。 「嬉しくないの?」 「え?」 「シズク先輩はお前の群れのΩだろ。ホムラ先輩の目がシズク先輩から逸れて嬉しくないわけ?」 「いや……そんなことはないけど」 「へー?」  俺の返答にモトキはどこか腑に落ちない様子で探るようにこちらを見つめたあと、興味を失くしたようにまた漫画へと視線を戻した。 ◇◇◇◇  昼休み。いつもの場所でムギと弁当を広げた俺は、箸と弁当箱を両手に持ったまま困惑していた。 「ムギ、食べにくくない?」 「食べにくくない」  俺の問いにムギが首を左右に振って答える。 「ならいいけど」  芝生のうえに足を伸ばして座る俺。その足のあいだにムギが座って凭れかかっている。正直だいぶ食べにくいが、ご機嫌なムギの様子に好きにさせることにした。 「今日の唐揚げ? いつもとちがうけどおいしい」 「ああ。今日は油淋鶏(ユーリンチー)にしてみた」  油淋鶏はパリッと揚げた鶏肉に香味だれをかけたものだ。唐揚げ好きのムギのためになるべく毎回弁当には唐揚げを入れるようにしているけど、バリエーションがあった方がいいかと思い今回は油淋鶏にしてみた。  唐揚げが好きならこういうのも好きかなと思ったんだけど、気に入ってもらえたようで嬉しい。  ほっぺたいっぱいに詰めこんでむぐむぐと口を動かしているムギはさながらリスのようで、可愛らしい姿に微笑ましい気持ちになる。 「ムギが好きならまた弁当に入れるね」  にっこり微笑んでそう伝えると、ムギがコックリと大きく頷いた。こうやって喜んでもらえると朝の早起きもまったく苦にならないのだから不思議だ。 「ムギ。野菜も食べないとだめだよ」  野菜に手をつけずに油淋鶏ばかり食べているムギに別のタッパーに入ったサラダを手渡していると、なんとなく視線を感じて振り返った。 「?」  そうして首を回した先の渡り廊下に見覚えのある顔を見つけ、固まる。  たくさんのΩを引き連れたホムラ先輩がどこか険しい表情でこちらを見下ろしていた。どうしたのだろう、と疑問に思っているとクイと制服の裾を引かれてムギへと視線を落とす。 「チアキ。どうしたの」 「ん? ああ……」  知り合いがいてと続けようとして、けれど再度視線を向けた先にはΩたちだけが残されており、ホムラ先輩の姿は見当たらなかった。 「いや、やっぱりなんでもない」 「?」  きょとりと目を真ん丸くさせてこちらを見上げてくるムギに笑いかけると、弁当を脇に置いたムギが寄りかかってくる。  俺はその腹に腕を回して抱き寄せると、さらさらとしたムギの黒髪に頬を寄せて目を閉ざした。  ムギに触れているとどことなくざわついていた感情がゆっくりと落ち着いていくのがわかる。  ほっと息をついたとき、突然背後で声がした。  「チアキ!」 「!?」  振り返るとさっきと同じ険しい表情をしたホムラ先輩が、肩をいからせながらこちらに向かって歩いてくるところだった。  

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