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第30話 ホムラの決断

   ホムラ先輩がヤキモチって……。  思わず口もとを手のひらで覆う。  俺がムギといるところを見つけて全速力で駆けつけて、くっついているところを見て文句を言って、不機嫌全開になって。  これまでの行動が全部ヤキモチだと気づいたら、ホムラ先輩のおかしな行動のすべてに合点がいく。 「ホムラ先輩。どうしても、俺の群れに入る気にはなれませんか?」 「……っ」  前に即答で断られたことを思い出しながら尋ねると、ホムラ先輩は息を詰めて唇を噛んだ。その様子にあれ、と眉を持ち上げる。ホムラ先輩の反応が前とちがうと感じたからだ。  ホムラ先輩はなにかを迷うように視線を左右にうろつかせたかと思うと、ゆっくりと口を開く。 「……か、」 「か?」 「考え、る」 「へ?」  考える? 何を? まさか俺の群れに入ることを?  ――――ホムラ先輩が?  まさか本当に群れに入ることを考えてくれるとは思っていなくて、驚きながら呆然とホムラ先輩を見上げていると、ホムラ先輩がほんのりと頬を赤くして眉を顰めた。 「っそういうことだから、またあとで連絡する」  ぼそりと小さな声でつぶやくとホムラ先輩はさっとその身を翻す。サクサクと草を踏みながら校舎へと戻っていく背中を見つめながら、俺はぽかんと口を開いた。 「え、本当に……?」  信じられない思いでつぶやいたあと、口から手を離す。  まさかの展開に驚いていると、くいっと袖が控えめに引っぱられた。視線を落とすとムギのビー玉のような大きな瞳が眼鏡越しにじっとこちらを見上げてくる。 「あのひと、チアキの群れにいれるの?」 「え? そうだな……ホムラ先輩がその気になってくれればだけど」 「ふーん」  肯定するとムギは特になんの感情も乗らない声で相槌をうち、弁当の残りに箸をつけた。  その姿からは怒っているとか拗ねているといったような感情は見受けられない。けれど、さっきまでの態度からムギがホムラ先輩を好意的に受け入れていないことは想像がついて、恐る恐る問いかける。 「ムギは、反対?」 「チアキが決めたことなら、ボクから言うことは特にない」  そう言ってムギはレタスをパリパリと齧った。もぐもぐと口の中のものを咀嚼しながら、視線は弁当箱に固定されている。ムギはこくりとサラダを嚥下すると一瞬躊躇ってから口を開いた。 「けど……あのひとが入っても、お弁当の時間はチアキといっしょがいい」  どこか不安そうなムギに俺は目を見開くと、すっと細めた。それからそっとムギの髪に頬を押しつけて、うんと大きく頷いてみせる。 「うん、心配しなくても昼休みはムギと過ごすよ」 「……ほんとう?」 「本当」  肯定するとほっとしたのか、ほんの少しだけ強張っていたムギの体から力が抜けた。  そのあとは俺も弁当の残りを胃袋におさめてから、いつものように本を取り出して読書をはじめたムギの膝のうえに頭を乗せ、横になった。  ――その日の夜、俺のもとにホムラ先輩から連絡が届く。内容は明日の放課後に屋上までくるようにというものだった。 ◇◇◇◇  翌朝いつものように寮を出た俺は、違和感に足を止めた。  それから、おかしいと眉を寄せる。  部屋を出たのはいつもどおりの時間だというのに、α寮から校舎へ繋がる道を通る生徒(オメガ)がだいぶ少ない気がした。  一瞬登校時間をまちがえたのかと思い腕時計を確認したほどだ。もちろん、まちがいなどではなかった。  おかしいのはそれだけではない。先ほどから見かけるΩの三分の一近くが暗く沈んだ面持ちをしている。皆、瞼を腫らして目を充血させていて、とにかく異様な光景だった。  いつもよりも登校しているΩの数が少ないことと、彼らの元気がないことはなにか関係があるのか。どうにも無関係とは思えなかった。  顎に手を当てて思考を巡らせていると、隣を歩いているシズクもなにやら難しい顔で考えこんでいることに気づく。 「シズクも、考えごと?」  尋ねるとシズクは両目を見開いて、眉を下げる。 「はい。その……Ωの子たちの様子が気になって」  シズクは心配そうに辺りを見回すと、小さく溜息を溢す。やはりシズクもこの状況を異様と感じているようだ。 「Ωにこれだけの影響を与えられるのは十中八九αだと思います。それもこれだけの人数となると、私には原因となる人物がひとりしか思い浮かびません」 「それって……」  まさかと思いながらも、この学園でΩへ絶大な影響力のあるαなんて俺も一人しか心当たりがなかった。  言わんとしていることを悟ったのか、シズクがこくりと頷く。そして俺が想像したそのひとの名前を口にする。 「ホムラ様、でしょうね」 「……」  シズクからホムラ先輩の名前を聞いて、あの人はいったい何をしでかしたんだと頭を抱えこむ。  ホムラ先輩がなにをしたのか。その答えは校舎に着いてから割りと早い段階で判明した。学園内は朝からその話題で持ちきりだったからだ。 「ホムラ先輩が、群れを解散した……?」  昨夜、ホムラ先輩のΩたちが集められて、群れを解散することを直接伝えられたらしい。  群れのΩたちにはその理由もちゃんと説明されたそうだけど、誰もその理由を部外者に話そうとしないらしく、解散の理由は謎めいているとか。  だけど俺はホムラ先輩が群れを解散させた原因に、ひとつだけ心当たりがあった。だけど……まさか。  軽く混乱している頭を振ると、腕にシズクの手が触れて心配そうに声をかけられる。 「チアキ様?」  それに大丈夫だと返事をすると、ここ数日ずっと気になっていたことを尋ねた。 「……なあシズク。最近ホムラ先輩からなにか接触はあった?」 「え? いえ。ニ週間ほど前にホムラ様が私のクラスに来られたきりで、それ以降は顔を合わせてもいませんけど」 「そう」  やはりホムラ先輩はシズクのことを完全に諦めたのか。そしてこのタイミングで群れを解散させる意味を、どうしても自分の都合のいい方にしか考えられない。  浮かびあがるひとつの可能性に、心臓がドクドクと忙しなく脈打つ。  どこか挙動不審になっているとシズクがおずおずとこちらを覗きこんできた。 「チアキ様、あの。失礼を承知でお尋ねするのですが」 「なに?」 「もしかして、最近ホムラ様と噂になっているβというのはチアキ様のことではありませんか?」 「!」  その問いに息を飲む。  

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