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第31話 ホムラと返事
ホムラ先輩と噂になっているβが、俺。
唐突にそんなことを振られて目を見張る。
「なんで?」
顔を強ばらせながら問うと、シズクは澄んだ瞳でこちらを見上げながら口を開いた。
「なんとなく、です」
「なんとなく……?」
「はい。チアキ様がホムラ様のことを話すときの雰囲気が、なんとなく以前と違うように感じたので」
「……」
「そうしたら、噂が流れはじめる少し前からチアキ様の帰りが遅くなったことに思い当たりました。それでもしかしたらと思ったのです」
的外れでしたらすみませんと眉尻をさげるシズクに、俺はいやと首を振った。
「噂の相手はβだし俺のことかどうかはわからないけど、最近ホムラ先輩と仲良くなったのは事実だよ」
少しホムラ先輩のことを話題にしただけなのに、そこまで悟るシズクの勘のよさに驚きを隠せない。感心しているとシズクが納得したように頷いた。
「やはり、そうだったんですか」
「シズクは鋭いな」
「いえ……鋭いなんて」
俺の言葉にシズクは長い睫毛を伏せるとゆるゆると首を横に振る。
「他のことはわかりませんが、ただ、チアキ様のことですから」
他はともかく俺のことだから分かるのだと控えめに伝えてくるシズクに、胸がきゅんとした。特別だと言われているようで頬が緩み、つい締まりのない顔になってしまう。
そっとシズクの手を握ると、シズクがなにか深く考えるようなそぶりを見せながら俺の名をつぶやいた。
「チアキ様」
「ん?」
「噂ではβと言われていますけど、チアキ様がホムラ様と親しくされているのでしたら、やはり噂のお相手はチアキ様だと思います。βなら、群れを解散させる必要はないはずですから」
「……そうかな」
「はい」
はっきりと頷くシズクに、胸にかかっていたもやもやが少しだけ晴れるのを感じる。
我儘だけどやはりホムラ先輩が他の誰かと噂になっているのは聞きたくなかった。
◇◇◇◇
学園内で一番の規模を誇るホムラ先輩の群れの解散は周りに相当な衝撃を与えたらしい。当事者たちが口を開かないので、余計に様々な憶測が飛び交っている。しばらくは騒がしさが続くかもしれない。
そんな中、俺はずっとそわそわと落ち着かない気持ちで過ごしていた。
俺が群れに誘ったこととホムラ先輩が群れを解散させたことはなにか関係しているのだろうか。
もしそうなら、というところまで考えて自分の思考にストップをかける。都合の良いように期待して、もしちがったらダメージが大きい。
ホムラ先輩と会うことが待ち遠しいような少し不安なようなそんな複雑な感情を抱いているうちに、指定された放課後を迎えた。
いつになく緊張しながら屋上へ繋がるドアに手をかけて押し開く。外の空気が頬を撫でて、緊張を解すようにひとつ息を吐いてから視線を辺りに巡らせる。
目当てのひとはすぐに見つかった。
奥のフェンスの近くにこちらに背を向けるかたちで立っている。俺は姿勢のいいその背中に近づくと、そっと声をかけた。
「ホムラ先輩」
ぴくりと肩が揺れて彼が振り返る。
「チアキ……」
ホムラ先輩は俺と目を合わせると動揺したように瞳を揺らすと、どこか落ち着かない様子で視線を落とす。俺はそんなホムラ先輩の隣に並ぶとフェンスに右手をかけた。
「俺の群れに入ること、考えてきてくれましたか?」
「……っ……」
「返事を、聞いても?」
気持ちが急いて顔を合わせて早々に本題を切りだすと、ホムラ先輩が息を飲む。それから、緩やかに頷いた。
「入って……やってもいい」
「!」
待ち望んでいた肯定の言葉に、嬉しさからすぐに距離を詰めようとすると、手のひらが前に突きだされ制止される。驚いて手のひらを凝視していると、ホムラ先輩が口を開いた。
「ただし条件がある」
「条件?」
戸惑いながらオウム返しに問うとホムラ先輩が頷く。
「俺は覚悟を決めてお前の群れに入る。だからお前もそれ以上の覚悟を持って俺を群れに入れろ。途中で放り出すことは許さない」
鋭く真剣な眼差しを向けられて、俺はこくりと生唾を飲みこんだ。
ホムラ先輩が自分の群れを解散させたのは、それだけ真剣に俺とのことを考えてくれた証拠なのだろう。正直なところ、彼がそこまでちゃんと俺に向き合ってくれるとは思っていなかった。
嬉しすぎる。
「返事は?」
幸せを噛みしめていると、焦れたホムラ先輩に答えを催促された。それに俺はしっかりと首を縦に振る。
「もちろんです。ホムラ先輩が嫌がっても、手放せる自信がありません」
一度自分の群れに入れた相手を途中で放り出すような真似などする気はない。俺は大事にしたいと思う相手しか群れに入れないし、責任だってとるつもりでいる。
俺の返答にホムラ先輩はどこか安堵したような表情になると肩の力を抜いた。
そんなホムラ先輩の手首を握って引き寄せると、拳にそっと唇を落とす。
「っ」
ぴくりと反応したホムラ先輩の顔を覗きこむと少しだけ戸惑ったような表情の彼と視線が交わった。それに、やんわりと笑いかける。
「ホムラって呼びたいんですけど、いいですか」
少し調子に乗って尋ねると、じわりと目もとを赤く染めたホムラ先輩がもごもごと口を動かす。
「……別に、構わない。あと敬語も必要ない」
ホムラの言葉に嬉しくなって、その名前をまた舌の上に乗せる。
「ホムラ」
「なんだ」
「キスしてもいい?」
「!」
手を掴んだままホムラの背中がフェンスに触れるくらいまで追いつめると、ゆったりと首を傾げる。
「だめ?」
「き、聞く……な」
視線を逸らしながらぶっきらぼうに返されて、口もとを緩める。なにかに堪えるように眉間に皺を刻んで顔を背けているホムラの薄い唇に、己のものを軽く押し当てた。
ホムラの唇は見ためよりずっと柔らかくて、温かい。
擦りつけるように動かしてから一度唇を離し、また押し当てる。それを繰り返すと、今度は形のいい上唇を唇で食んだ。
「……っ……」
カシャリとホムラの後ろで金網が軋む音がする。構わずに唇を啄んでいると、ホムラが空いている方の手を俺の頬へと伸ばしてきて口づけが深まった。
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