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第37話 そのあとのできごと2
「あのっ、チアキ様!」
移動教室から戻る途中でかわいらしい声に呼びとめられた。それにまたか、と溜め息を吐きたくなるのを堪えて足を止める。
振り返れば、そこには小動物を思わせるような小さくて可愛らしいΩの姿。こんな風に声をかけられたあとに伝えられる内容は、八割くらいの確率で決まっていた。
頻繁なそれに正直うんざりしていたけど、かといって顔に出すのは人として憚られるのでできるだけ悟られないようふるまうようにしている。
「……なにかな?」
首を傾げた俺のもとに小柄なΩが駆け寄ってきて、ペコリと頭を下げた。
「突然すみません。僕、チアキ様の群れに入りたくて……あの、どうかお願いします」
緊張した面持ちで、恥ずかしそうに頬を染めたΩからそんな申し入れをされる。
こういう風に言ってもらえるのはとてもありがたいことだ。だけど俺は、自分にはもったいないんじゃないかと思うくらい今の群れに満足していた。
他のαに比べると少なめだけど、器用なタイプではない俺にはこれくらいの人数がちょうどいい。あまり増えすぎると目が行き届かなくなるし、手に負えなくなってしまう。
だから、もし次に群れに入れるとしたら相応の覚悟を持って入れるつもりだ。そういうわけで、最近頻繁にやってくる群れに入りたいという希望者たちをことごとく断っていた。
「せっかくだけど、今はこれ以上群れの人数を増やすつもりはないんだ」
「そう、ですか……」
「ごめんね」
「っそんな! お時間をいただいてありがとうございました」
しょんぼりと落ちこむΩにそう声をかけると、Ωは恐縮した様子で何度も頭を下げる。そうして肩を落として去っていく小さな背中を、俺は罪悪感に胸を痛めながら見送った。
好意を断るのはやはりつらいものがある。
ふう、と溜め息をつくと教科書やノートの類いを抱え直し、ふたたび教室を目指して歩みを進めた。
ひとり階段を下りていると、下からすごい勢いで駆け上がってきた誰かとぶつかる。
軽くよろめいた俺は何事かと眉を潜めて、数段上で立ち止まっている相手に目を向けたけど、なぜかものすごい形相で睨みつけられた。
「……っ?」
「αがαを群れに入れるなんて非常識すぎる! ホムラ様とのこと、ぼくは絶対に認めないから!」
「!」
かわいらしい顔を歪めて言いたいことだけ捲し立てると、Ωとおぼしき生徒は走り去ってしまう。残された俺はポカンとしながら無人の階段を見上げた。
どうやら、ホムラのことで俺に文句を言うためにわざとぶつかってきたらしい。ホムラが群れに入って以降は、たまにこういう相手に遭遇するのだ。
ホムラの群れに属していたΩのなかには、いまだに群れの解散に納得できていない者もいた。それは相手が俺、ということもひとつの理由なのかもしれない。
αの中のαと言われたホムラが、αの、それもβにまちがえられるようなαの群れに入るなんて正気の沙汰とは思えない。と、そういうことらしい。
まあ、しょうがない。それだけホムラの人気があるということだ。周りを巻きこまない分に関しては、そういう非難も甘んじて受けようと思う。
多分、今のあの子達にはそういう気持ちをぶつける場所が必要なのだろう。俺も、彼らからホムラを取りあげてしまったことに対しては申し訳ないという気持ちがある。
それでも、落ち込まないわけじゃないけど。
少しだけ暗い気持ちになりながらとぼとぼと階段を下りていると、今度は別のΩたちから声をかけられた。
「あのっ……あの!」
「え?」
「ボクたちはホムラ様とチアキ様のこと応援していますから! がんばってくださいっ」
「ああいうの気にしちゃだめですよ!」
「あ、ありがとう……?」
どうやら先ほどのやりとりを見られていたらしく、なぜか励まされてしまう。そんなにへこんでいるように見えたのかな?
知らない相手からの応援に一瞬戸惑ったけれど、優しくされて少しだけ元気がでる。
ほんの少し前までならこんな風にたくさんのΩから話しかけられるなんて考えられなかった。それが変化したのは、ホムラが群れに加わった翌日からだ。
ホムラは同じαの群れに入ったことを隠す気は毛頭なかったらしく、堂々と周囲に宣言してのけた。そしてそれはあっという間に学園中に知れ渡った。
学園に大激震が走ったのは説明するまでもないと思う。
多分、それだけならまだマシだったんだろう。それに加え、ホムラの入った群れにシズクもいることが知られたあとがもう、カオスだ。
まず、Ωから俺の群れに入りたいという申し出が殺到した。
ホムラとシズクのふたりが入るほどの群れならばと、どうやら過度な期待をされてしまったらしい。だけど俺はαとして特別優秀なわけではないから、残念ながらその期待には応えられないんだけど。
あとはホムラ目当てで群れに入りたがるΩも多くいた。
同じαからは遠巻きにされたり、フリーのΩが増えたことを感謝されたりしたし、ホムラの熱狂的な信者からは半狂乱で罵詈雑言を浴びせられたりもする。
かと思えばさっきの子達みたいにホムラとのことを応援? してくれるΩもいて、現在、本当によくわからないことになっている。
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