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第38話 そのあとのできごと3

   そんなこんなで。  これまでからは考えられないほど注目を浴びるはめになってしまった俺は、最近、比較的平穏なモトキのいるβクラスに入り浸っていた。  ここでも周りからの視線がないわけではないけど、自分のクラスやその他に比べれば随分とマシだ。  けれどこの最後の砦も、今まさに奪われようとしていた。 「毎日毎日騒がしいやつらを引き連れてきやがって。うるっさいたらねーよ!」  今日もβクラスにやってきて、漫画を読んでいたモトキのもとで適当に寛いでいると、突然ぶちギレられた。胸ぐらを掴まれ、こめかみに青筋を浮かべながら唾をとばされる。  どうも、俺がここにくるまでのあいだに勝手についてきたギャラリーへ腹をたてているらしかった。  最初は我慢してくれていたようだけど、連日の見世物パンダ状態にとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。  すっかり興奮しているモトキの手をなんとか胸ぐらからはずして落ち着くように宥めると、幾分か冷静さを取り戻したようだ。  だけど依然として怒りは収まらないまま。 「チアキ。お前がここにくると俺まで一緒に注目されて、すっげぇ迷惑。集中して漫画も読めやしない」  だからもうここには来るなと続けられて、俺は雷に打たれたような衝撃をうける。 「なんだよそれ……俺のこと見捨てるのかよ? 幼馴染みだろう」  モトキのもとへ来れなくなったら俺はどこに安寧を求めればいいんだ。そんな気持ちから声を震わせながらすがりつけば、両手で無理やり引き剥がされる。 「幼馴染みだろうがなんだろうが、許容できる範囲ってもんがあるだろ。そんなのもうとっくに越えてんだよ。俺じゃなくて自分の群れのやつらのとこに行けばいいだろ!」  今も教室の外からこちらを見物しているギャラリーへ忌々しそうな視線を向けながら、モトキが言い放つ。  それに俺は、それこそ無理だと首を振った。 「群れの子のところになんて行ったら迷惑かけるだろ!」  だいたいΩの教室なんてそれこそ敵の本拠地のようなものじゃないか。絶対にダメだ。 「俺には迷惑かけていいのかよクソチアキ」 「モトキは幼馴染だろ」 「お前まさか、幼馴染にはなにしても許されるなんて思ってるんじゃないだろうな!?」 「そういうわけじゃないけど」  なんだろう。やっぱり群れの子たちの前ではカッコつけたいし、こういうダメな自分をさらけ出せるのはモトキしかいないっていうか。  だからここに来れなくなるのは本当に困る。 「つーか、なんでαのホムラ先輩がお前んとこの群れに入ってんだよ。こんなことになった原因はそこだろ。意味がわからない」  ぐしゃぐしゃと頭を掻きながら不満に口を尖らせるモトキ。  そこを突かれると俺もなにも返せないんだけど、そういう風になっちゃったものはしょうがない。 「俺も初めはホムラにあんなに可愛いところがあるって知らなかったんだ。だけど……」 「あーあーっ! いい、言うな。ホムラ先輩のそういう話は聞きたくない。あと呼び捨てにしてるところも生々しくてなんかやだ」  耳を塞いで嫌だ嫌だと上半身を捻るモトキにお前が振った話だろうと少し腹がたったけど、まあ、それはいい。今俺がもっとも優先しないといけないのはこの場所を死守することなのだから。  ――――仕方がない。ここは最終手段を使おう。 「虎々堂のプリンとら焼四個入り」  右手の指を四本立て、モトキの前へ突きだす。 「…………」  それに幼馴染の表情が驚いたものになるのを確認すると、さらにそこへ左手も加えて、今度は六本の指を立ててみせた。 「六個入りで、どうだ」  その言葉を口にした途端、モトキの様子が目に見えて変化した。 「――あー……なんだ、やっぱり周りの視線なんてたいした問題じゃないよな? うん。幼馴染なんだし、これくらいのことで俺がチアキを見捨てたりするわけないだろ」  さっきまでのつれなさはどこへいったのかと思うほどの豹変っぷりに、思わず苦笑いが溢れる。この手のひら返しは我が幼馴染みながら見事としか言い様がない。  プリンとらというのは、値段が一般的なとら焼の五倍近くして、さらには一日限定五十個しか販売されない大変貴重なお菓子のことだ。ちなみにモトキの大好物である。  普通なら学生にはなかなか入手が困難なしろものなんだけど、虎々堂の社長が親父の友人ということもあってうちは多少の融通がきいた。  そもそもモトキが初めて食べたプリンとらは、うちの茶請けで出していたものだ。それからドハマリしたらしい。 「俺モトキのそういう現金なとこ嫌いじゃないよ」 「どーも。俺も、困ったときに人をもので釣ろうとするチアキの性格は嫌いじゃない」 「言うね」 「お前がな」  お互いの性格の悪さを指摘しあった後笑う。  モトキは俺の良くない部分を遠慮なくズバズバと指摘してくるし、扱いも雑だし、全然優しくない。だけどお互いに肩に力の入らない関係はとても楽で居心地がよかった。  だから、これから歳をとっても俺はずっとこいつと一緒にいるんだろうなって思う。  そんな風に考えていたら、勝手に口が開いていた。 「モトキさぁ」 「ん?」 「俺の群れ入んない?」  ポロリとそんな言葉が口からとび出て、自分でも驚く。  プリンとらに浮かれた様子だったモトキは、それを聞いて急に真面目な表情になった。 「え、絶対嫌だ」  それからバッサリとこちらの誘いを切り捨てる。  イエスという言葉が返ってくるものとしてなんの疑いもなかった俺は、それに物凄くショックをうけた。 「え。いや、でも! 前に俺がハーレムつくれなかったら嫁にきてくれるって言ってたよな?」 「だからそれはお前がハーレムつくれなかったらの話だろ。今できてるじゃんか」 「……そうだけど」 「俺、βだから。αやΩ(お前ら)とは感覚が違うし。一夫多妻とか受けつけないし、ハーレムとかまじで無理だから。お前が群れのやつら全員からフラれたら、そんときは考えてやらんでもない」 「……」  群れの子達全員からフラれるなんてどんな地獄だよ。そんなの想像すらしたくないし、絶対こない未来だと信じたい。  おそらくモトキもそんなことにはならないと思ったうえで、話しているんだろう。要するに、体よくフラれてしまったという話。  

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