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第39話 そのあとのできごと4

  「しっかしちょっと前まで群れもつくれなかったチアキが、今じゃモテモテかよ」  フラれて地味にへこんでいたら、さらりと無視されて別の話題へ移された。 「いや。それは別に俺自身がモテてるわけじゃないから」  傷口に塩を塗りつけられているような気持ちになりながら、胡乱げな視線を向けると、モトキから意外そうに眉を持ち上げられる。 「は? なに、どういう意味」 「どうって……あれはシズクやホムラがいる群れっていうのがΩたちに魅力的に見えているだけで、俺自身に興味があるわけじゃないだろ」  見えているだけ。つまり勘違いの上にある好意だ。  だって、実際の俺はそんな期待をされるような人間じゃない。自分を卑下してるわけじゃないけど、ここまで騒がれるほどのαかと言われればちがうだろう。  多分、その内飽きられる。周りが騒がしいのも今だけだろう。こういうのはモテてるとは言わない。  群れの子達のことも心配だから、できるだけ早く収まってもらいたいものだけど、どうだろうか。最近は心労が多くて胃に穴が空きそうだ。  はあ、と思わず溜め息を洩らしていると、モトキが「はあ?」と間の抜けた声をあげた。 「勘違い? お前そんな風に思ってたの」 「? なんで。別におかしなことは言ってないだろ」 「いや」  おかしいだろ、と呆れたように返されて眉根を寄せる。  この幼馴染みはいったいなにが言いたいのだろうかと訝しげな表情で見つめていると、モトキが口を開く。 「αなのにチアキが今までモテなかったのってさ、容姿にしてもフェロモンにしても性格にしても、αにしては地味すぎるからだろ」  気にしているところを遠慮なく抉られてダメージをうける。見ためやフェロモンはともかくとして、性格まで地味というのはあんまりじゃないか。 「……まあ、αなのにβにまちがわれてばっかりだしな」  つい拗ねたように口にしてしまう。どうせαらしくはないよ、俺は。けどαらしくないからこそ仲良くなれた群れの子もいるから、これでよかったとも思っている。 「でもお前、αとしては悪くないよ。ホムラ先輩ほど飛び抜けてないだけで基本なんでも器用にこなすし、人当たりもいいし、Ωにも優しい。顔もよく見たら結構整ってるしな」  モトキの口から俺を褒める言葉がすらすらととび出てきて、慣れないことに気持ち悪さを覚えた。普段貶されてばかりの相手からこんなふうに褒められると、どう反応したらいいのかわからなくなる。 「いや。えぇ……?」  思わず情けない声が洩れた。 「あと、学園内でも家の裕福さでいったらトップクラスに入る」  確かにうちの親父は金持ちだ。  だけれども。 「それは親の金だろ」  俺の金じゃないんだから、俺の実力とは関係がない。そう思い主張すると、あっさり「でもいずれは継ぐんだろ」と返されて口をつぐんだ。 「こうやって並べるとチアキってかなりの優良物件だと思うんだよなー。なんにしても、お前が積極的にΩに関わってたらある程度はモテてたと思うよ。だから俺は言っただろ、お前がしないといけないのはΩと接触することだって」 「そういえば……言ってたっけ……?」  言われた記憶はある。けどそうだとしてもここまで騒がれるものなのか? それにこれまでモテた記憶がないのにそんなこと言われても、という感じだ。 「お前俺の言うこと信じてないだろ」  いまいち納得していないことが伝わったのか、モトキからジト目で睨まれる。 「うーん。やっぱりピンとこないかな」  それに頷くと、時刻を確認して席を立つ。時間に余裕がなくなってきたこともあるけど、これ以上この話をするのは不毛な気がした。 「俺、そろそろ予鈴鳴りそうだから行くわ」 「おいチアキ」  不満そうに呼び止める幼馴染みにひらひらと手を振ると、背中を向けた。 ◇◇◇◇  長い一日がようやく終わって、俺はいつも待ち合わせに使っている校門までやってきた。 「待たせた?」 「いいえ。私も先ほど着いたばかりです」  シズクの姿を見つけて駆け寄ると、シズクがふんわりと顔を綻ばせる。おそらく俺があと五分遅れてやってきたとしても同じことを言ってくれるのだろう。そう考えるとくすぐったい気持ちになって、自然と口元に笑みが浮かんだ。 「行こっか」  そう促すと、さりげなくその繊細できれいな手をとる。俺の手が触れた瞬間、シズクがぴくりと身を竦めさせてこちらを見上げてきた。 「……っ、はい」  嬉しそうに、けれど恥ずかしそうに頬を染めて視線を落とすシズク。そっと握り返された手のぬくもりにほんのりと胸の奥が温かくなる。  不思議なことに、シズクの顔を見ていたら今日あった嫌なことや胸に蟠ったものが全部どうでもよくなった。触れあっているだけで癒されて、強ばっていた肩からも力が抜けていく。  愛おしいなと、思った。  シズクはもちろんだけど、マオも、ムギも、ホムラもみんな、俺にとってかけがえのない相手だ。みんな等しく愛おしい。こんな気持ちになるなんて、群れをつくる前までは想像もしていなかった。 「最近ずっと周りが騒がしくてごめんね。変なふうに絡まれてない? 大丈夫?」 「はい。私の方は特に問題ありません。……私よりもチアキ様の方が大変でしょうに、こちらのことまで気にかけてくださってありがとうございます」 「本当? 俺はシズクがいるから平気。あと、自分で蒔いた種だし落ち着くまでは頑張るよ」  長くてあと数ヶ月ほどのことだろう。そう思って口にしたのだけど、俺の言葉にシズクがぱちくりと綺麗な瞳を瞬かせた。 「落ち着く……?」 「え?」  きょとりとしたシズクに不思議そうに聞き返されて、何かおかしなことを言ってしまったかと首を捻る。  それにシズクはハッとしたようにこちらから視線を正面へ戻すと、俺の手を握りなおした。 「あ、いいえ。なんでもありません」 「?」 「群れの他のΩの方たちは私がしっかり見ておきますから、チアキ様は安心されてくださいね」  首を傾げたけれど、取り繕うように完璧な笑顔を向けられて、俺はシズクの不自然な反応の理由を聞き損ねてしまった。なんとなく引っかかりを感じながら歩いていると、隣から控えめに名を呼ばれる。 「……チアキ様」 「ん?」 「あの……少しだけ回り道をしてもいいですか?」  繋いだ手に視線を落としながらささやかなお願いをしてくるシズクに、胸がきゅんとする。 「もちろん」  俺は快くそれに頷く。  ――――シズクから甘えられたことに呑気に浮かれていたこのときの俺は、このあと数ヶ月経っても今の状況が変わらないことなど知るよしもない。  ただ、シズクと手を繋いで、俺のことを待ってくれている可愛い人たちがいる場所へ帰ったのだった。 おわり *以降は番外編を五話ほど更新予定

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