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番外編 とあるαの失恋
*モブ視点のムギ
囲っているΩの数が多いほど、αは秀でていると判断される。一種のステータスだ。
そういう意味では群れのΩの数が比較的多い俺は、優れたαというくくりに入るだろう。
しかし本当の勝者というのは、狙ったΩを群れに引き入れることができるか否かで決まると思うのだ。それをいえば俺は敗者にあたった。
◇◇◇◇
「ム、ムギ・カシワギ。お前を俺の群れに入れてやっても構わない」
ドックンドックン音をたてて暴れまわる心臓をなんとか宥めながら、俺は芝生の上で本を読んでいた“芝生の君”に声をかけた。
芝生の君は正面に立つ俺を億劫そうに見上げると、そのなんともかわいらしい眉間に深い皺をきざみこみ、また本へと視線を落としてしまう。
無視された。
十八年間生きてきて持て囃され取り合いをされた経験こそあれど、シカトを食らったことなんか一度たりともない。
当然芝生の君もすんなりと自分の群れに入ると信じていた俺が受けた衝撃は、計り知れなかった。
「なっ……おい聞いているのか!?」
動揺を隠しきれず芝生の君に再度声をかけると、今度は顔を上げることすらしてもらえず一言。
「騒がしい」
芝生の君はピシャリと言い放つとまた黙々と読書を再開する。
「……っ、……っ!」
到底αに対する態度ではない。ぼろ雑巾のようになったプライドを抱えてよろめいていると、何を思ったのか芝生の君がその丸くて大きな眸を眼鏡越しに向けてきた。
「ボクは、群れには入らない」
「!」
「αはすきじゃない。……帰って」
ショックが大きすぎて茫然と立ち尽くしていると、芝生の君は困ったような、どこか罪悪感を滲ませたような表情になると立ちあがり、この場を去ってしまった。
◇◇◇◇
そのあと友人から聞いた話によると、芝生の君のα嫌いはαの間では割りと有名な話だったらしい。どうやら俺以外にも芝生の君にバッサリとふられたαが多くいたようだ。
通りで、あの容姿で入学からひと月以上経つのに、未だに独り身を貫いてるわけだと納得する。
芝生の君レベルのΩなら入学して速攻で群れに入っていてもおかしくない。それくらい可愛い。
容姿もだけど、小動物のようなしぐさとか、簡単にすり寄ってこない感じだとかとにかくこっちのツボをつきまくってくる。
遠目に芝生の君を見かける度に、溜め息ばかりが溢れた。
群れに欲しい。他のΩを全員手離したとしても、芝生の君が手に入るならそれでもいいと思うくらい。けれどどうしたらいいのか分からない。
彼を無理やり群れに引き入れようとすれば、あの性格だ。確実に嫌われる。それは分かりきっていた。
芝生の君に許否されたあげく嫌われたら、自分はもう立ち直れないだろう。
まさか人生初の挫折をこんな風に味わうことになろうとは、数ヵ月前まで想像すらしていなかった。
――――そんな風に悩んでいたら、突然現れた冴えない一年に芝生の君を持っていかれた。
はじめ、いつもの場所で芝生の君が見知らぬβを……ひ、膝枕しているところを目撃したときには幻覚が見えたのかと思ったが、信じられないことに幻覚ではなかった。
しかも相手はβではなくαで、芝生の君はそいつの群れに入ってしまったのだ。
あんなにきっぱりとαを好きではないと言っていたのに。αらしいαはダメでも、βのようなαならばいいのか?
そんな不満ばかりが頭を占める。
正直現実だと思いたくなくて、一週間ほどは毎晩枕を濡らして寝た。だけどある日、日課のように例の芝生が見える場所を陣取って昼食をとっていた俺は気がついた。
普段はあまり感情の起伏というのか、喜怒哀楽がでにくいタイプの芝生の君。そんな彼がこれまで見たことのない顔をしていることに。
それを引き出しているのは確実に、隣にいる冴えないαなのだと。
「……くそ」
この瞬間、俺は二度目の失恋をした。
おわり
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