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if番外編の番外
【相性診断】
*元毅視点で千耀といちゃいちゃする話
ベータにもかかわらず千耀 の群れに入ることになったおれは、最近ベータ専用の寮から千耀が使っている部屋の隣に越してきた。
アルファはおれたちベータとはちがい、ひとりで寮の一フロアを丸々割り当てられる。そして、自分のオメガたちを同じフロアに住まわせるのだとか。
へーって感じだ。つーかおれ、オメガじゃなくてベータなんだけど。これってベータも関係あんの?
千耀にそう聞いたら、笑顔であるに決まってるだろと返された。本当かよ。あいつ絶対適当に言ってると思う。まあ……嫌とかそういうんじゃないけど。
おれが千耀に付き合って入学したこの大噛学園は、アルファがオメガの嫁候補を探すための、アルファのための学校だった。
正直、アルファとオメガなんて自分とは別世界の住人だと思ってたし、赤ん坊のころから付き合いのある千耀だって、いつかはオメガの嫁をもらうんだと信じていた。
そんなだから、千耀とこういうことになった今もいまだに実感が湧かずにいる。
おれと千耀が?
……ありえないだろう。ありえないありえない。
勢いって、こわい。
確かに全然群れにオメガを引き込めない千耀を慰めるために、嫁に行ってやってもいいとは言った。けど、まさかそれを真に受けるとは夢にも思わなかったんだ。
そりゃ、そうなれたらなあって気持ちがゼロだったとは言わない……まあまああったかもしれない。
でもおれはベータなんだから、アルファの子は産めないわけで、結婚なんてどう考えても無理な話だった。
なのに。あの素直すぎる幼馴染みは、おれの言葉をそのまんま飲み込んで、なぜか納得してしまった。まじかよ。なんでだよ。あいつの頭ん中どうなってんだ。信じらんねー。
付き合いが長いから、千耀が本気でいてくれてるのはわかった。……正直嬉しかったけど。でもさ、自分の将来のことをいくらなんでもちょっとあっさり決めすぎじゃないか。
しかもこれだけでも驚きなのに、いつの間にかおれたちのことは千耀んとこのおじさんとおばさんも公認になっていて……。もうだいぶ理解が追いつかない状況になっている。
好きだと言われて舞いあがって、うっかり結婚の約束をしてしまったけど、本当にこれでよかったんだろうか。
少し、悩んでいた。
「今度さ、アルファとオメガとの合同実習があるらしいんだよね」
千耀の部屋で晩飯を食ったあとにソファで寛いでいると、隣に並んで座っていた千耀が思い出したように話をきりだしてきた。
「合同実習?」
「なんか、一年の今の時期にだけある特別な授業? なんだって。うまく群れのオメガを増やせないアルファの救済措置のためにするって担任が言ってた」
首を捻るおれに、具体的に合同実習でなにをするのかまでは把握してないらしい千耀がざっくりと内容を説明してくれる。
アルファなのに地味な千耀はオメガにモテない。というか、それ以前にアルファだと思われてない節があった。
ただ千耀の欠点らしい欠点は地味なことと、フェロモンが薄い程度なので、多分ちゃんとなかみさえ知ってもらえれば群れを作ることはそう難しくないと思う。
本当は、わざわざベータを選ぶ必要なんかないのだ。
もしその合同実習とやらでオメガと仲良くなったら、おれはお役御免になるんだろーかとか、そんな考えが頭をよぎる。
「へー……。それって、お前のためにあるような実習じゃん」
ソファの上にあぐらをかいて漫画に視線を落としていたおれは、荒んだ気持ちになってそんなことを口にした。完全に嫌味だった。なのに千耀は特に気分を害した様子もなく口を開く。
「ちょっと前までならそうだったかもしれないけど、俺にはもう元毅がいるし、出会いは求めてないよ」
さらりと返され、なんともむず痒い感情が生まれる。ごまかすように手元の漫画本を持ちあげると顔を隠した。
我ながらちょろすぎる。
こんなふうにこいつの言うことにいちいち一喜一憂してるなんて、本人には絶対知られたくないから絶対隠しとおすけど。
「それで今日、そのペアを決めるための相性診断があったんだよ」
「相性……なんだって?」
「相性診断」
「はあ?」
なんだそれと胡散臭く思いながら眉を寄せる。いや、だって授業で相性診断だぞ。相変わらずぶっとんでんな、大噛学園。
「まあいいや。それで?」
大噛学園が普通じゃないのは今に始まったことじゃない。そう割りきったおれは、とっとと話を進めることにした。
「うん、それで来週その結果が出るらしくて、相性の良かったオメガの子と顔合わせしないといけないんだ」
だけど千耀の話を聞いて、また気分が急降下する。
「ああ……そう」
ふうんと素っ気なく相槌を打ちながら、内心のおれは荒れまくっていた。なんでそんなことをわざわざ話すんだ。黙ってろよと、嫉妬でめらめら燃えてしまう。
ふて腐れて漫画本の奥で口をへの字に折り曲げていると、千耀の手がおれの持っていた本にかかって下げられる。
「!」
目が合って、どきりとした。
「断るから」
「は?」
「最初の顔合わせだけは強制だけど、双方ともに断る権利はあるんだって。だから断る。元毅は安心してていいよ」
「!!」
にこにこと笑顔を振り撒く千耀に、はじめからこれが言いたくてこの話をしたのかと気づいた。
「し、心配なんてこれっぽっちもしてねーよ。自惚れんな」
千耀のくせに。
外方を向いて早口で返すと、あからさまに悲しそうな表情を浮かべてこちらを覗きこんでくる。
「なんで。俺がオメガの子と会っても心配じゃない?」
「……っ、……っ」
「元毅」
ダメ押しのように名前を呼ばれて、両手で頭を抱えたくなった。
心配に、決まってんだろ! けどそんなこと言えるかよ! つーか前と対応が変わりすぎだろ。なんだよそのおれが千耀のこと好きだろう感全面に押し出してくる感じ!
やめろやめろ今すぐやめろ。
ひとりで唸っていると、おれから漫画本を取り上げた千耀が身を乗りだしてきて、おれのすぐ近くで首を傾げた。
「ん?」
ん? じゃない! そして近い……!
逃げるようにじりじりとソファの端へ後退すれば、その分距離を詰められて焦りを覚える。近い近い近い!
足にぶつかる肘置きの感触。三人がけのソファは逃げ回るには少々狭すぎた。逃げ場を失ったおれは、俯きながら千耀に向かって声を張りあげる。
「それやめろ」
「それ?」
「デレデレすんのっ」
「……なんで?」
心底不思議そうな顔をした千耀が手を握ってくる。
こいつ、今おれが言ったことちゃんと聞いてたのか?
抗議しようと腕に力を込めようとしたところで手を引かれて、バランスを崩して千耀の方へ倒れこんでしまう。
「無理だよ。だって元毅かわいいんだもん。好きな相手なんだから仕方ないだろ」
「!」
そう言って顔を傾け唇を寄せてくる千耀に、おれはすっかり逃げる気が失せてしまっていた。
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