3 / 10

第3話 署名欄

「外出許可下りましたー!」  公衆電話はすぐにお金が無くなってしまうから、ぼくは開口一番、結論から伝えた。 「一月二十九日の午前十時から午後三時までだけど、デート楽しもうね! 二十九日に迎えに来てね。愛してるよ、優輔」 「ぼくも愛してーー」  ツーツーツー。途中で切れちゃったけど、ちゃんと優輔に伝わったはずだ。      ◇  そして待ちに待った一月二十九日になった。  朝ご飯を食べる時もぼくはソワソワして落ち着かなかった。五時間しかない。ふたりで美味しいランチを食べてーーイタリアンかな、焼肉かな、何でもいいや。それから時間の許す限り、優輔と一緒にいよう。  病室で外出準備をしながら待っていると、担当看護師の鈴木さんがやってきた。 「パートナーさんが迎えにきたよ。準備できたら面会室へどうぞ」 「うん!」  ここの病院の人たちは良い人ばかりだ。男同士のカップルのぼくたちを、変な目で見ないでパートナーと呼んでくれる。  身支度を済ませたぼくが面会室へ行くと、優輔は先に何かの書類に記入していた。看護師の鈴木さんがぼくが外出する時の注意事項?を読み上げて、優輔はレ点を打っていく。 「最後にここへあなたの名前と、患者さんとの関係を書いてくださいね」 「はい、わかりました」  優輔がここに名前を書けば、ぼくたちはたった五時間だけどデートできる。ぼくはますますソワソワ落ち着かなくなって、優輔の肩越しに書類を覗き見た。  一瞬何が起こっているのか、わからなかった。  でもそれが優輔の書き間違いだと気づいたら、今度はケラケラと笑えてきた。 「もー! 何やってるの優輔! 自分の名前書き間違えちゃダメじゃん!」  署名欄には『氷室雪尋(ひむろゆきひろ) 患者との関係ーー知人』とあった。よりにもよってぼくの弟の名前を書いちゃうだなんて、優輔は慌てん坊だな。  ぼくは優輔から書類とペンを奪い取ると二重線を引いて、その上に正しく書いてあげた。『羽鳥優輔(はとりゆうすけ) 患者との関係ーーパートナー』と。  ぼくの行動に優輔は驚いた顔をして、鈴木さんはやれやれと肩を落とした。 「あー! ぼくの名前も間違ってる! 直さなきゃ!」  ぼくはぼくの名前を正しく書き直そうとしたけど、そのペンは鈴木さんに取り上げられた。 「ユキナリくん。出かける前のお薬まだだったでしょう? お部屋のコップを持ってきてちょうだい」 「でも、ぼくの名前直さなきゃ!」 「ごめんね。看護師さんが書き間違えちゃったの。正しく直しておくから、お部屋のコップを持ってきて、お茶を入れて、もう一度この部屋に戻って来てね」 「うん、わかった……」  ムカムカする。ムカムカする。  でもこのお薬を飲んだら優輔とデート。  ぼくの……。あれ、ぼくは何歳になるっけ?まあいいや。ぼくの誕生日おめでとうデート。  そういえば外は寒いのかな?  コートとかマフラーとか無いけど大丈夫かな?  ぼくのちょっとした心配事はすぐに解消した。何と優輔がぼくの分のダウンジャケットとマフラーを用意してくれていたのだ。  ダウンジャケットは色違い。優輔が赤で、ぼくがカーキ。マフラーは黒いシンプルなデザインだけど、優輔とお揃いだった。 「誕生日おめでとう、雪成」  ぼくはちょっと泣いちゃいそうになりながら、鈴木さんからお薬をもらって、お茶で流しこんだ。

ともだちにシェアしよう!