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第3話 署名欄
「外出許可下りましたー!」
公衆電話はすぐにお金が無くなってしまうから、ぼくは開口一番、結論から伝えた。
「一月二十九日の午前十時から午後三時までだけど、デート楽しもうね! 二十九日に迎えに来てね。愛してるよ、優輔」
「ぼくも愛してーー」
ツーツーツー。途中で切れちゃったけど、ちゃんと優輔に伝わったはずだ。
◇
そして待ちに待った一月二十九日になった。
朝ご飯を食べる時もぼくはソワソワして落ち着かなかった。五時間しかない。ふたりで美味しいランチを食べてーーイタリアンかな、焼肉かな、何でもいいや。それから時間の許す限り、優輔と一緒にいよう。
病室で外出準備をしながら待っていると、担当看護師の鈴木さんがやってきた。
「パートナーさんが迎えにきたよ。準備できたら面会室へどうぞ」
「うん!」
ここの病院の人たちは良い人ばかりだ。男同士のカップルのぼくたちを、変な目で見ないでパートナーと呼んでくれる。
身支度を済ませたぼくが面会室へ行くと、優輔は先に何かの書類に記入していた。看護師の鈴木さんがぼくが外出する時の注意事項?を読み上げて、優輔はレ点を打っていく。
「最後にここへあなたの名前と、患者さんとの関係を書いてくださいね」
「はい、わかりました」
優輔がここに名前を書けば、ぼくたちはたった五時間だけどデートできる。ぼくはますますソワソワ落ち着かなくなって、優輔の肩越しに書類を覗き見た。
一瞬何が起こっているのか、わからなかった。
でもそれが優輔の書き間違いだと気づいたら、今度はケラケラと笑えてきた。
「もー! 何やってるの優輔! 自分の名前書き間違えちゃダメじゃん!」
署名欄には『氷室雪尋 患者との関係ーー知人』とあった。よりにもよってぼくの弟の名前を書いちゃうだなんて、優輔は慌てん坊だな。
ぼくは優輔から書類とペンを奪い取ると二重線を引いて、その上に正しく書いてあげた。『羽鳥優輔 患者との関係ーーパートナー』と。
ぼくの行動に優輔は驚いた顔をして、鈴木さんはやれやれと肩を落とした。
「あー! ぼくの名前も間違ってる! 直さなきゃ!」
ぼくはぼくの名前を正しく書き直そうとしたけど、そのペンは鈴木さんに取り上げられた。
「ユキナリくん。出かける前のお薬まだだったでしょう? お部屋のコップを持ってきてちょうだい」
「でも、ぼくの名前直さなきゃ!」
「ごめんね。看護師さんが書き間違えちゃったの。正しく直しておくから、お部屋のコップを持ってきて、お茶を入れて、もう一度この部屋に戻って来てね」
「うん、わかった……」
ムカムカする。ムカムカする。
でもこのお薬を飲んだら優輔とデート。
ぼくの……。あれ、ぼくは何歳になるっけ?まあいいや。ぼくの誕生日おめでとうデート。
そういえば外は寒いのかな?
コートとかマフラーとか無いけど大丈夫かな?
ぼくのちょっとした心配事はすぐに解消した。何と優輔がぼくの分のダウンジャケットとマフラーを用意してくれていたのだ。
ダウンジャケットは色違い。優輔が赤で、ぼくがカーキ。マフラーは黒いシンプルなデザインだけど、優輔とお揃いだった。
「誕生日おめでとう、雪成」
ぼくはちょっと泣いちゃいそうになりながら、鈴木さんからお薬をもらって、お茶で流しこんだ。
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