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第6話 雪の色
「お帰りなさーい」
担当看護師の鈴木さんが笑顔で出迎えてくれたけど、ぼくは何も返せなかった。
五時間ってこんなに短かったっけって思うくらい、時間はあっという間に過ぎていった。ぼくは入院病棟という名のガラスの檻に再び閉じこめられた。
いつもの面会室に通されたぼくと優輔は、しばらく鈴木さんを待っていた。
「そうだ、アンケート書かなきゃ……」
隣に座った優輔が茶封筒からA4サイズの紙を取り出して何かを書こうとしたが、筆記具がないことに気づいたらしい。
ぼくはといえば優輔の隣にいるというのに病院に戻ってからソワソワした動悸が止まらなくなっていた。なぜだろう。しばらくデートできない不安から来るのかな。きっとそうだろう。それしか考えられない。ぼくは鈴木さんが戻ったら苦しい時に飲むお薬をもらおうと思った。
「雪成、今日のデートはどうだった? 五段階で言うとどの数字?」
ドクドクとした鼓動が止まらない。どうしよう。優輔はぼくに何を言っているんだろう。
「雪成……?」
きっとぼくの顔は青ざめている。優輔が慌ててナースステーションに駆けこむ。
ソワソワ。ドクドク。ソワソワ。ドクドク。
椅子に座っていられなくて、ぼくは面会室をぐるぐると歩き回る。そしてそれを見てしまった。それはこんなに近くにあったのに、今までまったく見えていなかった。
「雪だ……」
面会室の大きな窓からは外の景色が見えた。しんしんと降り積もる雪。ぼくがいるのは三階。三階。三階。ぼくは窓越しに階下を覗く。雪が積もっている。
――優輔! ぼくをずっと見ててね! ずっとずっと大好きだよ!
ぼくはこの感覚を知っている。いや知らない。ぼくが知る雪の色は――。
「雪成! 大丈夫か?」
「ユキナリくん? 調子悪いの?」
「…………赤?」
――ぼくの知る雪の色は、優輔が着ているダウンジャケットのように赤くて。
「赤い、雪……?」
ぼくは窓ガラスに何度も頭を打ち付けてそれらを見る。白い。白い。どれも白い。なのにどうしてぼくの知る雪の色は赤いんだ?
「ユキナリくん! ユキナリくん大丈夫だよ! すみません、パートナーさんはここで待っていてね。ああ、君ちょうどよかった! ユキナリくんが発作を起こして――」
「優輔……ぼくは、誰なの?」
「その……あなたは」
「ぼくは誰なの?!」
ぼくはすべてを思い出した。
はっきりと思い出してしまったんだ。
「ああ、助けて。誰か助けて。ぼくは誰なの? ぼくはどうして生きているの? ぼくはユキナリなんかじゃない。ねえ聞いてよ。ぼくはいったい何者なの?!」
「ユキナリさん、ちょっとチクっとしますよー。ごめんね、すぐに済むからね」
ああ、止めてくれ。そんなに大人数でぼくを止めないでくれ。
ねえ優輔助けて。ぼくをひとりにしないで。ぼくをそんな目で見ないで。
ぼくを……――――。
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