7 / 10
第7話 ぼくの告白
ぼく――氷室雪尋 は面会室で起こった悲劇を目の当たりにした。
何がきっかけだったのかわからないが、彼――ぼくが雪成と呼び続けていた――羽鳥優輔 さんは、ぼくが少し席を外した間に不穏時の発作を起こし、看護師さんたちに取り囲まれ、何かの注射を打たれ、やがておとなしくなった。そのまま優輔さんはいつもの病室とは違う部屋に連れていかれた。すべての出来事があっという間に過ぎていった。
ぼくが面会室で茫然とたたずんでいると、優輔さんの受け持ち看護師の鈴木さんが温かいお茶を持って来た。
「病棟のコップで悪いけど……。少しお話し聞いてもいいかしら?」
「……はい」
ぼくと鈴木さんは四人掛けの机にはす向かいに座った。面会で何度も来ているのに、ぼくの方が患者になったようで、少し嫌な気分になった。
「ユキナリくん……いえ、羽鳥さんの事、今までごめんなさいね。つらい事もたくさんあったでしょう。ただ私たちは羽鳥さんが転院してきた時からの情報しか知らないの。氷室さん。あなたも知っての通り、彼はすでに、あの状態だったから。あなたが良ければ、これまでのあなたたちの関係、あの日何が起きたのか、話してもらえないかしら?」
ぼくはすぐに承諾できなかった。あの日起こった出来事は、あまりにも悲惨すぎて思い出したくもない。だけど――。
「もしぼくが、ぼくたちに関わるすべての事実を話したら、それは優輔さんを救う手助けになるのでしょうか?」
「それは私たち看護師ではわからない。主治医の判断になるでしょう。何が必要で何が不要かを判断するのは、あくまで主治医ですから」
「……わかりました。でも、何から話せばいいのか」
ぼくらの出逢いから話すと小学校、いや、もっと前から話さないといけないのか。それくらい僕らの繋がりは密接だった、とぼくは思いたい。
逡巡するぼくを見た鈴木さんが気を利かせてくれて、彼女から話を進めてくれた。
「氷室さん、あなたさえ良ければ、私の方から質問していいかしら?」
「ええ、お願いします。ぼくもその方が助かります」
「じゃあ、早速……あなたにとってユキナリさんは、どういった関係の方なの? 羽鳥さんが言うには、氷室さん、あなたのお兄さんで間違いないかしら?」
「はい。氷室雪成 は、ぼくの双子の兄でした」
「双子の……?」
「そうです。ぼくらは双子の兄弟で、優輔さんとは幼い頃から家族ぐるみの付き合いがありました。ぼくらはみんな同い年ですが、兄と優輔さんは昔から特別な関係だったので、ぼくはさん付けでしか呼べなかったのです。話の腰を折ってすみません。ぼくからもいいですか? ずっと疑問だったんですけど、看護師の皆さんはどうして優輔さんを雪成と呼んでいたのですか?」
あの事情での転院なら羽鳥優輔という名は病院側に伝わっていたはずだ。それなのに、どうして本名でなく雪成と呼び続けていたのかが気がかりだったのだ。
「ああ、それは患者さんの希望だったのよ」
「希望?」
「いや、羽鳥さんの場合は少し違うかもしれないけど……この病院では患者さんの前ではその人の希望する名前で呼ぶのよ。色々な人がいるからね」
「なるほど……優輔さんの場合は少し違うっていうのは?」
「羽鳥さんはここに来た時からずっと、自分の名前はユキナリだと言っていてね。私たちも患者さんの前ではユキナリと呼ぶようにしたの。ところで、本当のユキナリさんは?」
「兄は……雪成はぼくらの目の前で投身自殺をしました。優輔さんがこの病院に入院した理由は、すべて兄の死がきっかけだったんです」
ともだちにシェアしよう!