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第2話

 だが大雪の影響でJRも私鉄も麻痺状態に陥っているという話で、第一、 「コートも着ないで出歩くなんて、正気か」  暁生は薄手のニットに包まれた肩をすくめるのみだ。  篠田は不精髭をつまんだ。暁生にテレポーテーションの能力が(そな)わっていれば、どこそこに行きたいと思うだけで事足りるのだが。  考えるだに馬鹿らしい。門から少し離れた場所でタクシーを乗り捨てた。大方、そんなところだ。 「おじゃましても、かまいませんか?」 「きみの実家じゃないか、もちろんだ」    早速リビングルームに暁生を通し、ローテーブルを挟んで向かい合うと、戸惑いが先に立って会話の糸口が摑めない。  おかえり、久しぶり、心配していたぞ、どこをほっつき歩いていた。二十年に(わた)って行方知れずだった義弟に対して、どんな挨拶が最もふさわしい?   篠田は忙しなく足を組み替え、後ろめたさをともなう記憶をたぐった。  篠田が大学院を卒業したころは就職氷河期の真っ只中で、職にあぶれた。予備校の講師と家庭教師を掛け持ちして食いつなぎ、当時の教え子のひとりが、翌年(よくとし)に大学受験を控えていた暁生だ。  怜悧で、正統派の美形。それが暁生の第一印象で、モテるだろうと睨んだとおり、ラブレターとおぼしい封書がゴミ箱に破り捨てられているのを一度ならず目にしたことがあった。  ──もったいない、俺ならラブレターは家宝にするな。  と、冗談めかしてたしなめたときなど、辛辣に切り捨てられたものだ。  ──好意の押し売りを情熱的と称して美化する。日本語は便利です。  そう鼻で嗤ったのが一転して、暁生はシャープペンシルをぎゅっと握りしめて言葉を継いだ。  ──恋には、早い者勝ちのルールが適用されるのでしょうか。例外もあると思いますか。  口ごもる篠田をよそに暁生は参考書を開き、話が蒸し返されることはなかった。

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