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第3話

 家庭教師先のご令嬢に見初められる形で志保との交際がスタートして間もないころに、こんなやりとりがあった。  篠田は、のちに繰り返し自問した。たとえその場しのぎでも後者の意見を支持しておけば、暁生が入試をすっぽかして失踪する事態は避けられたのではないか──と。    暁生と志保の父親──つまり篠田にとっての岳父は、IT企業の草分け的な創業者で顔が広い。  優秀な探偵に暁生の捜索を依頼し、それでも見つからずじまいだった彼が現れるとは、青天の霹靂だ。  篠田は咳払いをした。現在(いま)は岳父の会社で役職に就き、部下を掌握する立場にある。徐々に普段のペースを取り戻し、遠回しに、あるいは直截に暁生に問うた。  どこに住んでいる、暮らし向きはどうだ。もっとも曖昧な笑みで(ことごと)くはぐらかされたが。  酔えばガードもゆるむはず。意図的に濃いめの水割りをつくって勧めがてら、さりげなく全身に視線を這わせた。やや、くたびれたニットにジーンズ姿は職業不詳で、浮世離れした雰囲気さえ漂わす。  暁生は三十八歳になった計算だ。そう独りごちると、旧交を温めるには何時間あっても足りない気がした。  と、暁生が耳をそばだてる仕種を見せた。 「昔も今もだだっ広い家だけど、やけに静かですね。久々の親子の対面、大喧嘩の勃発といくのをひとまず免れてホッとしましたが」 「お義父さんと、お義母さんは湯治を兼ねて伊豆の別荘だ……そうだ、きみが帰ってきたと電話をしないと」  腰を浮かせると、座りなおすよう身ぶりで促された。 「おれは会いにきたんです。姉さんも別荘なら、よけい好都合です」 「いや、子どもたちとモルディブで年越しだ。時差ぼけがつらくて旅行をパスしたのは正解だったな。おかげできみと再会できた」 「つまり家族の序列的に〝マスオさん〟の先生は、鬼の居ぬ間のなんとかですね」

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