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第4話
先生という懐かしい響きに、心の奥底に抜け残る棘がチクチクする。
篠田は掃き出し窓を見やった。庭木は綿帽子をかぶって輪郭を失い、奇怪なオブジェが点在しているようだ。
しんしんと雪が降り積もる夜に珍客が訪れるとは、偶然にしても出来すぎている。
黒ずんでなお道ばたに溶け残る雪のように、この二十年間、暁生の面影は頭の隅にこびりついたままだった。
沈黙が落ちるのを恐れるぶん篠田は饒舌になった。それぞれ高校生と中学生の息子と娘のこと。自社のCMに起用したタレントのこぼれ話。
思いつくまま、とりとめもなくしゃべりつづけた。
暁生は物憂げにグラスの氷を指でつつく。そうしながら相槌を打つ。
ソファにゆったりと腰かけて、くつろいでいる様子だが、話題が彼の近況に及ぶと押し黙ってしまう。
そうこうしているうちに除夜の鐘が八十二を数えた。篠田は台所から重箱を持ってきて、テーブルに並べた。
「通いの家政婦が腕をふるっていった。おせちには少し早いが適当につまんでくれ」
「あわびの酒蒸しに伊勢えびの黄金焼き……か、豪華版ですね。でも、おれはもはや腹がへることも喉が渇くこともないんです」
「体調が悪いのか」
笑い飛ばされれば笑い飛ばされるほど、逆に疑念が湧く。彫りの深い横顔は、色白という次元を通り越して青みがかっている。
うなじの産毛が逆立つ。暁生は、もしかすると大病を患っているのだろうか。
余命を宣告されて、それとなく今生の別れを告げにきたのでは……?
「先生に物理と数学を教わっていたころ、成績が上がるとご褒美に大学祭や映画につれていってくれましたね。楽しかったなあ」
痛いところを衝かれて、篠田は一拍おいてうなずいた。週に二回、この家で教師役を務めるさいには〝頼れる兄貴分〟という地位を獲得するために殊更気さくに接した。
暁生を手なずければ田宮の人脈で就職先を世話してもらえるかもしれない。そんな魂胆があって、かまいすぎた感がある。
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