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第6話

 灯油臭さが鼻を衝いたそのとき、篠田の心は真っ二つに分かれた。  志保という〝勝ち組行きの切符〟を手に入れたのだ。誰にも千載一遇のチャンスをつぶす権利はない。  捨て身の行動に出た暁生が愛おしい。一途な想いに同量の愛情で応えてあげたい。  心の葛藤にゆがんだ顔と、思いつめた表情(かお)が、揺らめきながらストーブの反射板に映し出される。  篠田は真一文字に口を結び、頑なに正面を向いたままでいた。砂の城が波にさらわれるように、振り返ったが最後、薔薇色の未来が拓けるどころか、坂道を転げ落ちる羽目になるだろう。  先生、と狂おしく囁きかけてくる暁生に対して抱いた感情は、まぎれもなく恋だった。  だが、断じて認めるわけにはいかない。男同士で、しかも相手はまだ高校生。  将来を棒に振るリスクを冒すほどの価値など、ない。  上昇志向が恋情に(まさ)った。篠田は後ろ手に暁生を突きのけるなり、玄関へと顎をしゃくった。  ──悪あがきして、みっともない、滑稽だ。一生、義兄(にい)さんとは呼べない、呼べと強要するのは残酷です……。  けたけたと笑い声を響かせて、靴音が遠ざかっていった。慙愧(ざんき)に堪えないといえば、あの出来事がまさしくそうだ──。 「除夜の鐘は煩悩の数を表す。野心家だった先生は五百回鐘を撞いても無我の境地には程遠いでしょうね」    ほの白い手がグラスを揺らす。氷にひびが入り、それが自分と暁生の関係にダブる。  篠田は、伏し目がちに水割りをもう一杯こしらえた。確かにあくどい真似をして、暁生を傷つけた。  しかし仮に、仮にだ。志保から暁生に乗り換えた場合は周囲に不幸の種をまき散らす結果に終わったことは、想像に難くない。 「学食の賢い利用法にボウリングでストライクを取るコツ。先生は勉強以外にもいろんなことを教えてくれた。特に……」    鋭い視線に射すくめられた。 「本音と建前の使い分け、というやつを」 「おいおい、恨み言を並べるために帰ってきたのか」  大げさに噴き出してみせつつも、グラスを持つ手が小刻みに震える。 

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