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第8話
「横転した車両に乗り合わせる確率と、宝くじに当選する確率は、どちらのほうが高いでしょうね」
「亡くなった方がいるんだ、不謹慎だぞ」
篠田は声を荒らげると窓を閉めに立った。暁生が先んじてテラスに下り立つ。
「おい、ふざけるのもいいかげんにしろ」
と、たしなめるそばから裸足で吹きだまりを蹴散らす。雪化粧がほどこされた庭は、暁生の目には陽炎が燃えているように映る。
そう言わんばかりに、池に足を浸してみたりもする。今朝方は薄氷 が張ったほどの水に。
幽艶、且つ、この世の者ならざる者のごとき振る舞いだ。窓辺に呆然と立ちつくす視線の先で、白い手が羽ばたくようにひらつく。
オニさんこちら、おいでおいで、と差し招くさまに眩惑される。
脳髄が甘く痺れて、篠田はふらふらと庭に下りた。
重力から解き放たれたように軽やかに駆けていく暁生にひきかえ、一歩ごとに臑 の中ほどまで沈み、躰がかしぐ。
靴下はもとよりスラックスにも雪がこびりつき、靴を履いてこよう、と踵 を返したのは一瞬のこと。
茶室もサンルームある豪邸は、夜の底にうずくまっている。住み慣れるどころか、何年経っても居候気分が抜けない田宮の家が。
逆玉の輿、嫁の七光、コネ入社。志保と結婚すると同時に岳父の会社で働きはじめて以来、陰口を叩かれ通しだった。
元は家庭教師風情、と自分を見下す義父の鼻をあかしてやりたい一心でガムシャラに働き、専務にまで昇進した代わりに、志保と子どもたちの間には埋めがたい溝ができた。
時差ぼけがつらくてモルディブ行きはやめた、というのは嘘だ。
家族旅行の計画を立てる段階から篠田は蚊帳 の外だ。
お嬢さまの寵 を失ったペットの末路は哀れなもので、結婚生活はとうに破綻していても離婚話を切り出されないだけマシさと、うそぶく羽目になる。
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