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第9話

 手が届く位置まで近づいたとたん、暁生はひらりと飛びのく。藤棚の下に鎮座するベンチをひと跨ぎしたかと思えば、ダンスに誘うように優雅に一礼してみせる。  土くれが(つか)えているように鳩尾が重くて脂汗がにじむ。それでも篠田は、のたくらと雪を漕ぎながら暁生を追いかけた。  足をすべらせて転びついでに四肢を広げる。新雪が大の字にくぼむと笑みが浮かぶ。  都会では滅多に降らない雪に興奮して、板状の段ボールを(そり)に見立てて坂道を滑り降りた子どものころに戻ったように、足跡をつけて回った。  粉雪さらさら、ぼたん雪ふくふく。  純白の絨毯を敷きつめたような光景の中にあって、南天の実が紅色に艶めく。  暁生が腕をしならせ、ぎゅっと握った雪の玉が腹に命中した。  篠田は、すかさず応戦した。狙い過たず雪玉が暁生の胸元で弾けて、ガッツポーズをしたのもつかのま、ひと回り大きな雪玉を顔に食らった。  鼻の穴にまで雪が入り込み、憮然とほじくり出しているところに次のひと玉が飛来した。  やられたら、やり返す。それを信条にライバルたちを蹴落としてきたことも相まって勝負魂に火が点いた。いや、雪遊びが純粋に楽しいのだ。あっかんべ、と暁生を挑発しざま身を翻し、射程圏におびき寄せておいて雪玉を投げた。  ひょいとかわされるとムキになる。ときおり尻餅をついて雪だるまと化しつつも、次から次へと雪玉を浴びせ、その倍の数が顔面で炸裂した。  雪合戦に興じる動画を志保のスマートフォンに送りつけてやろうか。  ふと思いついて、にやついた。志保は、夫は気が()れたと早合点してビーチでのんびりするどころじゃなくなるだろう。  探りを入れるメールをよこした場合は、暁生とのツーショットを添付して返信しよう。こちらはこちらで正月休みを満喫している、と。

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