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第10話

   暁生が雪玉の威力を高めるべく繰り返しこねて固める。  篠田はこっそり背後に回り込むと、金木犀の幹を揺すって、どさどさと雪を落とした。 「これで、おあいこです」  雪を掬い取った手が、うなじに押し当てられた。  篠田は、わざと大きな悲鳴をあげて飛び離れた。年甲斐もなくはしゃいだ報いで寝込むことになろうが、知ったこっちゃない。  だいたい暁生が冥界からさまよい出てきたかもしれないなんて、馬鹿げた妄想に囚われたものだ。  今しもスナップを利かせて雪玉をぶつけてくるような、あんな溌溂とした死人(しびと)がいてたまるか。  篠田は苦笑交じりに、かじかんだ指をこすり合わせた。しかし釈然としない。  暁生は出奔して以降、北国に身をひそめていたおかげで寒さに慣れっこだとでもいうのだろうか。寒風にさらされて耳たぶが赤くなるどころか、顔全体がむしろ蒼白い。    ともあれ年が明ける。雪明りがきらめくなか、どこからともなくカウントダウンが聞こえてきた。  篠田はタイムを要求すると右手を掲げた。  親指から順に折っていって拳を突き上げる形になった瞬間、姿勢を正し、ひと呼吸おいてしずしずと腰を折り曲げはじめた。 「新年、おめでとう。それから……」  暁生の足下にひざまずいて許しを請うなど所詮、おためごかしだ。唇を舐めて湿らせる。  若かりしころ確かにきみに惹かれていた、と今さら告白したところで一笑に付されるのがオチではないのか。  だが葬り去るよう自分に強いた想いは、ずっと心の奥底にくすぶっていた。  人生の岐路に立たされた二十年前のあの夜、暁生がアパートを訪ねてきたあのとき勇気を奮い起こして彼を抱きしめていれば。  いっそのこと駆け落ちしていれば。 〝たら・れば〟をこね回すほど虚しいことはないと承知の上で、そんな空想に耽った。  淫行家庭教師呼ばわりされたあげく相応の制裁を受けようとも、暁生と共に在るなら、人生は実り豊かなものになっていたと、ないものねだりに走った。

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