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第11話

 物問いたげな眼差しが向けられた。  篠田はゆるゆると頭を振り、そして目を奪われた。  雪の結晶が白皙の(おもて)を彩るさまに魅せられて、静かにたたずむ()の人へと腕を伸ばす。  このとき、世界はふたりで完結していた。  雪片が彼我のあわいを舞い狂う。吐く息は白く、通常ならふたりのそれが溶け合って棚引くところだが、様子がおかしい。  どういうカラクリなのか、くゆる息はひと筋のみ。  おまけに薔薇のアーチが暁生の躰を透かして見える……。  目の錯覚だ。そう自分を納得させるのはこじつけめいていて、総毛立つ。頭が混乱する一方で、こんなエピソードを思い出す。  ある俳優が真冬に春のシーンを撮影するロケで、息が白く映るのを防ぐために氷をかじって口腔を冷やしてからカメラの前に立ったという。  暁生も雪を口に含んでいるのかもしれない。そうだ、俺をからかう目的で。  トリックを見破った。誇らかに宣言するのに先がけて、人差し指が唇に押し当てられた。 「シンデレラは十二時の鐘が鳴るのを合図に魔法が解けた。おれも、時間切れです」  時間切れとは、と訊き返そうにも、躰の芯まで凍えて舌がもつれる。それ以前に脳内のどこかの回路がショートしたように考えがまとまらない。 「初恋の相手はエゴイストで、ずる賢くて、思わせぶりで。なのに何年経っても好きなままとか、我ながら未練がましくて呆れます」  恨めしさ、慕わしさ、呪わしさ、それから(かな)し。  さまざまな要素が(こご)り、せめぎ合っているような目で篠田を雁字搦めにしておいて言葉を継ぐ。 「この世の(ことわり)に背いて会いたいと。最期に一目、先生に会いたいと(こいねが)って叶った」  篠田は、ただただ頷いた。雪を踏み散らした足跡は、ひとり分だとまったく気づかずに。  魅入られたように突っ立ったままでいるうちに、青みがかった水晶を研磨してこしらえたかのごとく美しい弧を描く唇が間近に迫った。

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