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第13話

 数十センチ這い進んでは休み、数十センチ這い進んだすえに捨て鉢な気分になった。  会社でも家庭でも神経をすり減らす毎日を送っている。のんびりと、休みたい。  雪の(しとね)は極上の羽毛布団より優しく全身をくるみ、意外に暖かい。  ぎくしゃくと仰向けに寝返りを打つ。霞みがちな目を凝らし、藍色のビロードに真珠をちりばめたような空に暁生の姿を捜し求めた。  時間が二十年前に巻き戻る。  ややこしい計算問題を解き終えて白い歯をこぼす暁生が、まばゆく見えたこと。  UFOキャッチャーで取ってやったストラップを御守りにすると言った暁生に、ときめいたこと。  ふざけて髪をかき乱してやるとむくれるのが可愛くて、本気で嫌がられるまで執拗に繰り返したこと。  ひとコマ、ひとコマが切なさを帯びて脳裡をよぎる。  篠田は、うっすらと微笑んだ。これが死に際に見ると言われている人生の走馬灯というやつか。心電図に表される波形が、平らかになりつつあるとみえるな。  相次いで鬼籍に入ることになるとは運命の赤い糸で結ばれている証拠かもしれない、と思う。  暁生はひと足早く逝ったのだろう、とは、そういうことなのだろう。  怪談? いや奇蹟だ。ひょっこり訊ねてきた段階で、暁生は何らかの理由で生死の境をさまよっていた、と涙ぐみながら確信する。  神秘的な力が働いて、魂が時空を超えて篠田の元へと舞い戻り、雪の中でじゃれ合うという素敵なひとときを演出してくれたのだ。  最初で最後のくちづけは心を蕩かすほどに甘やかだった。  さる学者曰く「雪は天から贈られた手紙」。  では、ぽってりと大地を覆う雪のひと粒、ひと粒が暁生から届いたメッセージだ。死出の旅の道づれに、俺を選んでくれるとは光栄じゃないか。  黄泉路の手前で、きっと待っていてくれるよな。先生、と満面に笑みを浮かべて抱きついてくれるよな。  暁生、と声にならない声を振りしぼる。天に向かって伸ばした腕が、ぱたりと落ちた。  さやさやと雪は降りつづき、土気色に変じた顔に死に化粧をほどこす。

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