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第5話
ミーティングルームでカリーが話し出す。
「サンドラは免許証を持っていた。
それなのに免許証の記録がデータベースに無かった。
それで指紋もDNAも採取させてもらったから、あらゆるデータベースにかけたけど、サンドラが覚えていた社会保障番号以外、サンドラが実在している情報が何一つ出なかった。
それで考えたの。
もしかして犯人は被害者達を拉致した時に、身分証から身元を特定して、身元が割り出せないように警察やFBI…もっと言えば陸運局や司法省のコンピューターをハッキングし、被害者達の情報を次々と消した。
だから捜索願いが出ていた被害者もいたかもしれないのに分からなかった。
それに犯罪歴があって直ぐに身元が割れる被害者も分からなかったのよ」
ホレイショが頷く。
「筋は通っているな。
それに犯人が用心深く執念深いことの証明にもなる。
何故なら行方不明の捜索願いはどのタイミングで出されるか分からない。
きっと毎日チェックしているんだろう。
それでハッカーは特定出来たのか?」
カリーが残念そうにな様子を隠そうともせず、首を左右に振る。
「お手上げ。
うちでも調べたし、私の仮説を話したらFBIも司法省も陸運局も直ぐにハッカーを追ってくれた。
でも駄目だったわ。
痕跡すら残っていない。
凄腕過ぎて皆落胆するより感心する始末よ。
それに、そもそも情報があったかどうか分からない程、完璧に情報の出処も消されてた。
手の打ちようがないわ」
「では遺体から採取した指紋やDNAも役に立たなかったんだな?」
「ええ、そうよ。
遺体から分かったのは殺害時刻が今朝の午前0時から2時の間ということと、三人の被害者達はほぼ同時に亡くなっていることだけ」
デルコが「じゃあ今犯人に繋がる手掛かりはこの羽だけか」と言って、テーブルの上に証拠袋に入ったグリーンのグラデーションにゴールドが吹き付けられたが鳥の羽のような物を置く。
ホレイショがそっと証拠袋を掴む。
「これはサンドラが泊まろうとしていたモーテルに落ちていた物だな?
仮面の一部かもしれない」
「そうです。
スリーカードはモーテルとはいえ安宿じゃない。
だから駐車場の周りに木や花を植えて飾っている。
その植え込みに落ちていた物です」
「孔雀の羽のようだが人工物だな。
残留物は?」
「ありません。
指紋も皮膚片もゴミすら無いんです。
普通、人間が行動すれば必ず何らかの物質が移動する筈なのに」
するとウルフが「いや、証拠はこれだけじゃない!」と大声で言った。
「ウルフ、何だ?」
「チーフ、監禁されていた男ですよ!
レイプをするのにカーニバルの仮面や防毒マスクをする馬鹿はいない。
もししていたとしても身体に刺青や特徴があったかもしれない!
彼は唯一の目撃者だ!」
カリーがため息混じりに言う。
「そんなこと皆分かっているわ。
それに彼が発見された時、彼の身体から採取した体液も彼の物しか出なかった。
彼が承諾を得てDNAも採取したけど、サンドラと同じく、どこのデータベースにも彼と一致する人物は出なかったわ。
争った形跡も無いから爪に残留物も無いし、彼の皮膚にも犯人の物とおぼしき指紋も無かった。
それに彼は記憶喪失なのよ?」
ウルフがカリーに負けじと言い返す。
「記憶を取り戻させればいいじゃないか!
心理カウンセリングを受けさせて!」
その時、「ウルフ、彼の話はこれで終わりだ」とホレイショの冷たい声がした。
「でもチーフ!
それが一番手っ取り早い…」
「ウルフ、聞こえなかったか?
彼の話は終わりだ。
我々はいついかなる時もCSIとして行動をする。
起訴できる絶対的な証拠を迅速に集めて犯人を逮捕する。
それが出来ないのなら、外れろ」
ホレイショの凍るような凄みのある声に、ミーティングルームは一瞬にして静寂に包まれる。
「皆、今日はご苦労だった。
デルコ、明日羽の落ちていた周辺をもう一度徹底的に洗え。
では明日」
ホレイショは誰も見ること無く、ミーティングルームを出て行った。
ハマーが1軒の家の前で停まる。
その家はマイアミらしくないシンプルなデザインだ。
ホレイショがハマーからさっと降りると助手席の扉を開ける。
「さあ、降りて」
ホレイショの言葉に彼が頷き、ゆっくりと助手席から降りてくる。
「…ここ、どこ?」
彼の警戒丸出しの声に、ホレイショが微笑む。
「俺の家だ。
君は退院の許可が出たので、どこかに泊まらなければなない。
だが君は傷を負い記憶喪失にもなってしまった。
それに犯人の君に対する執着は異常だ。
君を取り返しに来る可能性が高い。
そして君はたった一人、犯人の素顔を見た可能性がある。
そこらのモーテルや五つ星ホテルでも俺が安心出来ない。
それに君の治療の手助けをする許可も、君の主治医からもらっている。
俺は一人暮らしだから遠慮は要らない。
うちでのんびり過ごすのはどうだ?」
彼がホレイショが用意してやったグリーンのサマーニットをもじもじと触りながら答える。
「で、でも俺事件の関係者だし…警察の人間の家に泊まったりしたら、ホレイショの立場が悪くならねぇ?」
ホレイショがフフッと笑う。
「君はかわいいな」
「なっ…」
彼がパッと赤くなる。
「俺はかわいくなんてねぇ!」
「そんな真っ赤な顔で否定されてもな。
大丈夫。
判事の許可も取ってある。
さあそれより荷物を運ぶのを手伝ってくれ」
ホレイショが荷台を開ける。
そこには沢山の洋服のブランドの紙袋に混じって、食料の入った紙袋もある。
彼が紙袋を両手に下げ、「こんなに買う必要ねーのに。下着とシャツが2、3枚とジーンズ一本があれば十分だよ」と申し訳無さそうに言う。
ホレイショが食料の入った紙袋を抱え、クスッと笑うと荷台を閉め、玄関に向かって歩き出す。
その後を彼が慌てて追う。
「…今、笑っただろ?」
拗ねた彼の声にホレイショは「ああ」と柳に風だ。
「何でだよ?」
「君の遠慮する姿はかわいらしい」
「俺はかわいくなんて無い!
かっこいいって言えよ!」
ホレイショは玄関に入ると彼も入ったのを確認し、荷物を置き、防犯装置をセットした。
そしてくるりと振り返ると彼の鼻を摘み、「そうやってムキになるところもかわいいな」と言った。
ホレイショは彼を二階の客間に案内した。
客間はアイボリーを基調とした暖かみのある作りで、ダブルベッドに大型テレビ、小さな冷蔵庫にバスルームとシャワー室も揃っている。
ホレイショがクローゼットを開けると、買って来た紙袋をそのまましまうのを、彼はベットにうつ伏せになり頬杖をついてホレイショを見ている。
「これは明日片せばいい。
それより夕食は何がいい?」
ホレイショの言葉に彼がニコニコ笑って「チーズハンバーガーオニオン大盛りとベーコンも付けて!あとピザが食べたい!あ、パイも食べたい!」と即座に答える。
ホレイショは笑顔で「分かった。馴染みのレストランに頼もう。その前に君に話があるんだが」と言うと、ニコニコ顔だった彼の顔が急に曇る。
「……なに?」
「座っていいかな?」
彼が「いいよ」と言って起き上がる。
ホレイショはベッドの端に座ると、じっとホレイショを見つめている彼を見つめ返して話し出す。
「君の名前は不明だから、今、書類上は『ジョン・ドゥ』になっている。
だが私は君を『ジョン・ドゥ』とは呼びたく無い。
それで『ディーン』と呼ぶのはどうかな?
被害者の一人が、君の名前は『ディーン』かもしれないと証言してくれた。
どうだ?」
彼は瞬きもせずホレイショを見ると「いいよ」と即答する。
そして、みるみるとヘイゼルグリーンの瞳が潤んでゆく。
「嫌なら…」
その時、彼…ディーンがガバッとホレイショに抱きついた。
「ホレイショ…気を使ってくれたんだろ?
ありがとう。
……全部、ありがとう」
「私は被害者の君に、最善と思えることをしているだけだ」
「でも、ありがとうって言いたいんだ…」
ホレイショの腕がディーンの背中に廻り、そっと力が込められる。
そうして二人は何も言わず、暫く抱き合っていた。
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