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第10話

分析室ではデルコが顕微鏡を覗いていた。 「デルコ、何を見つけた」 ホレイショの声にデルコが顕微鏡から顔を上げると、証拠袋を掴んでホレイショに渡す。 「あの白い羽のような物を見つけた場所をカリーと徹底的に調べました。 そうしたら僅かですが毛糸のような物を見つけたんです」 「確かに毛糸のようだな。 赤と緑と白か?」 「そうです。 顕微鏡を覗いて貰えますか?」 ホレイショが顕微鏡を覗く。 「赤と緑と白で間違いないな。 素材は?」 「100%ウールです」 ホレイショが顕微鏡から顔を上げる。 「100%ウールか…。 このマイアミで。 しかもウール素材の洋服にしては変わった配色だな」 カリーがホレイショのいるテーブルの反対側から話し出す。 「私達もそう思ったわ。 それでサンドラが倒れた場所ももう一度調べたけど、そこには何も無かった。 きっと風で飛んで行ってしまったのね。 この毛糸は生け垣に引っ掛かっていたの。 ラッキーだったわ。 それにチーフが言うように配色が変わってるでしょ? それに断面がスパッと切られている。 ハサミで切ったみたいに」 ホレイショがもう一度顕微鏡を覗き顔を上げる。 「確かに。 やはり洋服では無さそうだ」 「それで私思い出したの!」 カリーがニッコリ笑う。 「私が高校生の時の友人が大学で獣医医学部に入ったのね。 それで大学は別だったけどたまたま会う機会があった時に、お互いの近況を話したの。 それで彼女が研究室に入ったって言うから、新人ドクターの卵はまず研究室で何するの?って訊いた。 そしたら彼女は笑って研究室に来ないって誘ってくれたの。 勿論、私は行ったわ。 そうしたら男女四人がテーブルに着いて真剣に毛糸を切ってたの。 私、思わず笑っちゃった。 だってドクターと毛糸に何の関係があるのって思って。 そしたら彼女が教えてくれた。 これは吹き矢の麻酔の端に着ける物なんだって。 フサフサに着けて方向を定めるらしいの。 彼女も笑って、フサフサの毛糸なんか無くても、麻酔銃じゃ無くて吹き矢で麻酔をかける距離なら関係無いだろうって言ってた。 それにウール素材じゃ無くて、ポリエステルの繊維の方が安いし万が一濡らしてしまっても直ぐに乾くのにって。 でも教授の拘りだから仕方無いって笑ってたわ。 何でも教授は動物の生態を調べる為にアフリカに渡って3年間研究生活を送っていた事があって、その時かなり奥地まで行ったんですって。 で、その時宿を取ったいた部族が手製の吹き矢の麻酔を使ってて、ポリエステル繊維なんて手に入らない場所だし、ウール素材で房を着けていた。 それが百発百中だったから、教授は感動してしまって、帰国しても房を着けるようにしていたの。 それで麻酔の吹き矢の盗難届が出ていないか調べたわ。 そうしたら3年前に、デイド大学で保管されていた吹き矢と麻酔薬全てが盗まれて、盗難届が出ていたの」 「3年前…クラブのオーナーが代わった頃だな。 それで捜査状況は?」 そう訊くホレイショにカリーが捜査ファイルを渡す。 ホレイショがファイルに目を通す。 「犯人は保管庫の扉のカードキーと暗証番号、二つの鍵を突破し、吹き矢や薬物の保管庫に侵入、犯人の形跡は一切無し、か。 コンピューターに強い所も形跡を一切残さない所も今回の犯人像に当てはまるな。 それに吹き矢で麻酔をかけたのなら、あの吊られていた大男も簡単に倒せる。 近付く必要が無い」 デルコがファイルをホレイショに差し出す。 「そうなんです。 それでアレックスに被害者達に吹き矢の麻酔で撃たれた痕跡は無いか徹底的に調べてもらったら、有りました。 ただ、犯人は吹き矢の名手という訳では無いらしい。 首を狙っていたようですが、頭方面に針が刺さってしまった場合もあって、吹き矢の跡は髪に隠れていた場合もあった。 それに運良く首に刺さった場合は、吹き矢を撃った跡の上から点滴の針を打っていた。 それに注射痕が自然治癒している箇所もあった。 それでアレックスも所見で見逃してしまったみたいです」 「そうだな。 アレックスのミスじゃない。 それに麻酔の成分は体内でとっくに分解されていて、デイド大学と盗まれた物と比較するのは無理だろう。 それにもっと大きな疑問は他にもある」 「何ですか?」 デルコとカリーがホレイショを見つめる。 「若い女性ばかりの血を抜いていた犯人が、なぜあの大男の血を抜いたのか。 そして監禁されていた彼の血を、なぜ抜かなかったのか。 レイプ目的だけだったとしても、それだけ血を欲している犯人が、『大切に』監禁してレイプするほど執着していた彼の血を欲しがらなかったのはなぜなのか? 彼の健康を損なわないくらいなら、血を抜いていても良い筈だ」 カリーが瞬きもせずホレイショを見て頷く。 「そうね…。 若い女性から大男への方向転換は、こういう犯罪ではほぼありえないわ。 それと監禁されていた彼。 あれだけ執着していたら、血だって欲しい筈だわ。 でも彼にはかすり傷さえ無かった。 なぜかしら?」 デルコもホレイショを見つめて言う。 「それに被害者が逃げ出したせいで、犯人はそれだけ執着していた彼を置き去りにして逃げるしか無かった。 だけど彼が生きていることは知っている。 取り返しに来る可能性は高い」 「だが、全ての理由を知っている人間は私達の手の中にある」 「誰?」 「誰ですか?」 ホレイショの冷たいとも言える冷静な声に、カリーとデルコの疑問の声が重なる。 「あの血を抜かれていた大男だ」 そしてホレイショの推理から、病院の警備はより一層厳重になった。 生き残った被害者達は皆敗血症を患っているので滅菌室で治療を受けているが、その病室に入れるのは家族のみだ。 そして家族と言えども滅菌室に入る度、身分を確認してからしか入れてもらえない。 しかも今回の事件の被害者達のいる滅菌室は、警官5人が24時間体制で見張っている。 そして弁護士のオフィスを調べたナタリアとウルフも犯人の痕跡を何も見つけ出せなかった。 防犯カメラも停電を起こされてから侵入されているので、カメラ自体が止まってしまっていて何も映っていなかった。 ホレイショのスマホが鳴る。 「どうした、トリップ」 『ホレイショ、本物のオーナーと会計士の部屋を発見した。 大家が協力的で部屋の中を見せてくれたが、二人の部屋は何も無い。 家具や食料は勿論、歯磨き粉、タオル一枚も無いんだ。 トイレットペーパーすら無い。 それに二人共、今朝部屋を解約している』 「だが今迄の証拠では家宅捜索は出来ない。 大家はCSIが捜査をした部屋を貸しづらいだろう」 『そうなんだよな! まあここも、指紋も髪の毛一本も落ちていないような気がするけどな』 「同感だ。 彼らはあのクラブを買った時から、全てのアジトが露見した時のことを計画していたんだろう」 『クソっ! じゃあ捜査はどん詰まりか?』 トリップの悔しそうな声に、ホレイショは冷静に答える。 『いや、そうでも無い。 切り札が残っている。 あの血を抜かれていた大男の敗血症はそう重く無いらしい。 明日の朝の検査で良好ならば退院出来るそうだ。 主治医に確認した。 誰かが迎えに来るかもしれない。 そいつら共々大男を逃がすなよ』 『了解!』 そしてホレイショはマイアミデイド署を後にした。 玄関を開けると「ホレイショ!良かったあ!」とジニーの声がして、ホレイショが家に入るとジニーがソワソワとリビングを歩き回っていた。 「ジニー、なぜここにいる? 勤務は5時までだろう?」 ホレイショがやさしく問うとジニーが早口で答える。 「ディーンがおやつにラズベリーパイを食べた後、階段を登って寝室に行こうとして階段から落ちたんだ! 僕はホレイショに連絡しようとしたけど、ディーンが2、3段踏み外しただけだから大丈夫って言って、ホレイショに連絡しないでくれって頼まれて…。 大した事無いのにいちいち電話なんかしたらホレイショの仕事の邪魔になるからって言われて、それもそうだなって思ったんだ。 そしたらディーンが部屋から出て来なくなっちゃって。 だからディーンが心配で、ホレイショが帰ってくるまで待ってた!」 「ジニー、施設には連絡したのか?」 ジニーがえへんと胸を張る。 「勿論だよ! 施設長のメアリー先生に電話をして、ホレイショの病気の友達の具合が悪いから、ホレイショが帰ってくるまで留守番したいって言ったら良いですよって言ってくれた! それと明日でいいからホレイショから連絡が欲しいって言ってたよ!」 「分かった。 ジニー、本当にありがとう。 ディーンの様子を見てくるから、もう少しここで待っててくれないか?」 「うん!」 ホレイショが階段を駆け上がる。 そしてノックもせず「俺だ」とだけ言って扉を開ける。 素早く部屋を見回すが、ベッドはもの抜けのからだしバスルームにもいない。 その時、小さく「ホレイショ…?」とディーンの声がした。

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