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第13話
「ホレイショ!
大変だったね!
ニュース観たよ!」
午後3時ホレイショは一旦自宅に戻った。
ジニーが玄関にすっ飛んでくる。
ホレイショは昼には到底帰れず、ディーンの薬の注入も出来ていない。
「ディーンは?
昼食は食べたか?」
「ディーンは昼ごはんをちゃんと食べたよ!
病院のニュースにホレイショが映ってて、とっても心配してた!
今はホレイショの寝室にいるよ!」
「分かった。
ありがとう、ジニー」
ホレイショがノックもせず寝室の扉を開ける。
ディーンは驚いた顔をしてテレビのニュースを切る。
「ディーン、直ぐに薬の注入をしよう。
昼に帰れなくて済まなかった」
ディーンが起き上がり、足を庇いながらゆっくりとホレイショに近付くのを、ホレイショが走ってディーンの元へ行き「起きなくて良い!」と言うと強く抱き止める。
「ホレイショが無事に帰って来てくれて嬉しい。
心配したんだ…」
ディーンがホレイショの腕の中でホッとしたように呟く。
「あれは俺の仕事だ。
心配無い。
さあ、薬を注入しよう」
「うん」
前後の薬の注入を済ませると、ベッドに横になったディーンにホレイショが話し掛ける。
「今日、君の弟だと名乗る『サム・ゴードン』というある事件の被害者が、爆薬のような物を破裂させ、病院から消えた。
その手伝いをしたのは『サム・ゴードン』の親代わりだと名乗る自動車修理場を経営するボビー・サーストンと、『サム・ゴードン』の友人だと名乗るコンピューター技術者のチャーリー・フーバーだ。
サーストンは年配で髭を生やしている。
フーバーは色白で赤毛の若い女性だ。
『サム・ゴードン』身長195近い大男で髪が長い。
縛る程では無いが、センターよりの横分けのワンレングスで顔の下の辺りまである。
この三人に心当たりはあるか?」
ディーンは「覚えてない」と即答する。
そして「そいつらは爆弾を病院で使ったんだろ?そんな卑劣な真似をして逃亡するヤツらは俺とは無関係だ」と怒りながらキッパリと言う。
ホレイショは微笑むと、ディーンの唇にキスを落とす。
「そうだ。
正確には爆弾とは違う物で、爆発は起きなかったが、破裂して煙や粉塵に紛れて奴らは逃亡した。
しかも滅菌室でだ。
自分と同じ被害者を危険に晒したんだ。
だが『サム・ゴードン』は多分君を探している。
ディーンを『兄』だと思っているから、私達警察を欺いて君を手に入れようとしてするだろう」
ディーンの顔色がサッと変わる。
「…俺、どうしたら…。
戦いたいけどまだ足が…」
「戦う?」
ホレイショがディーンの顔を両手でやさしく包む。
「うちの王子様は勇ましいな。
だが犯罪者と戦うのは俺達警察だ。
ディーンは病気なんだからゆっくり静養していればいい。
因みにうちの窓は全て防弾ガラスだ。
但し、これから言うことは絶対に守ってくれ。
誰かが来ても絶対にディーンは対応するな。
対応は全てジニーがやる。
例え相手が警官でもだ。
郵便物や宅配業者には、俺宛の物は全てマイアミデイド署に届くように手配済だ。
まず訪問者があればジニーが敷地に入るなと警告する。
それでも敷地に入れば、ジニーが警告用にクロスボウを相手の足元に射る。
それでも玄関の扉や窓を突破しようとすれば、ジニーが最高レベルの防御体制を取る。
うちの全ての窓と玄関、通気口は鉄板で覆われ、ディーンとジニーはパニックルームに入る」
「それってどうやんの?
俺も出来る?」
「ああ。
防犯装置のパネルの『5』を押してから、四桁の暗証番号を押すだけだ。
だがディーンは薬の注入で横になっている場合も多いし、あの薬には鎮静剤が含まれていて眠くなるだろう?
足も悪いんだから無理はするな。
ジニーに全て任せれば良い。
ジニーが帰宅すれば警備会社が万全の体制を取る」
そうしてホレイショが一瞬黙る。
「それから…あと一つ伝えなければならないことがある」
ホレイショの苦しそうな声に、ディーンがホレイショを見つめる。
ホレイショはヘイゼルグリーンの瞳に自分が映っているのを見る。
「『サム・ゴードン』は姿を消すのに必死で、検査用に採取されてあった血液を残して行った。
ディーンさえ承諾してくれればDNA鑑定ができる。
ディーンと『サム・ゴードン』が本物の兄弟か証明できるんだ」
「鑑定をしてそいつと俺が本物の兄弟だと分かったら、ホレイショの捜査の役に立つ?」
「…今は分からない。
だが手掛かりが一つ増える」
ディーンがホレイショの背中に手を回しぎゅっと抱き着く。
「じゃあ、やる!」
「ディーン…嫌なら…」
「やる!」
「…ディーン!」
ホレイショもディーンを力一杯抱きしめた。
そしてその頃。
安宿のモーテルの部屋の中では、サムとボビーとチャーリーの前で仁王立ちするロウィーナの怒鳴り声が鳴り響いていた。
「この泥棒共が!
私から悪魔撃退用の爆弾を盗んだわね!」
「まあまあ母さん。
お茶でもどうかな?
一息入れて…」
「うるさい!
ファーガス、お前も共犯だってことはお見通しよ!
列に並びなさい!」
「……はい」
クラウリーが椅子から立ち、ドボドボとサムの隣に行く。
サムが「ロウィーナごめん!でもあれしか方法が無かったんだ!それにあの爆弾は人間には無害だろ?だからみんなは僕を助けようとして…」と必死に言ったところで、ロウィーナの雷がまた落ちる。
「この私があんたのそのウルウルした子犬みたいな目に騙されるとでも思ってるの!?
なぜ一言相談しないのよ!?」
チャーリーが口を尖らす。
「だってロウィーナが言ったんじゃん。
マイアミには…フロリダ州には絶対に行かないって。
それに時間も無かった!
だから…」
ロウィーナがホホホと嘲笑する。
「だから私の爆弾を盗んで、ホレイショ・ケインを本気で怒らせた?
あんた達は何も分かっていない!
ファーガスの指パッチンでもホレイショは死なないし、カスティエルが頭を手で抑えても内側から爆死したりしない。
天使の剣で刺されたって死なないし、悪魔が取り憑こうとしても取り憑くことは出来ない。
ホレイショ・ケインを止められるのは神だけ!
そのホレイショを本気で怒らせた!
ディーンはもう取り戻せないわ!」
カスティエルが眉間に皺を寄せる。
「私は病院の件で集まった野次馬に混じって彼を確認した。
彼はただの人間だ。
なぜ…?」
ロウィーナがジロリとカスティエルを睨みつける。
「その時、あんたは飛んで行ったの?」
「いや…何故かフロリダ州に入ってから飛べないんだ。
だからカンザスから乗って来た車で行った。
あの赤毛でサングラスを掛けた警察官を人間かどうか見分けるのがやっとだった」
ロウィーナは深いため息をつくと話し出す。
「今から10数年前の出来事よ。
マイアミでも1、2を争う資産家の8才の双子の子供達が誘拐された。
子供達は首輪爆弾をされていた。
その頃、ホレイショは爆弾処理班にいた。
そしてホレイショは見つけ出された双子の爆弾処理にあたった。
だけど首輪爆弾は振動を与えると爆発する可能性が高い。
相手は8才の子供よ。
私は本物の爆弾の構造はまーったく知らないけど、セーフティースペースとかいう場所があって、そこに穴を開けて爆弾を解除するらしいの。
だけどホレイショは、爆弾処理班の誰も気が付かなかった事に気が付いた。
セーフティースペースに穴を開けて光が入ったら、爆弾が爆発する仕組みになっている事に。
そこでホレイショは、双子の周りに完全に光をシャットアウトするテントを張り、暗視ゴーグルで爆弾を解除した。
あんた達お馬鹿共にもそれがどんなに凄い事かわかるでしょう?
爆弾の性質を正確に理解し、8才の二人の子供を動かさずに爆弾を確実に解除する。
並大抵の腕じゃ無いわ。
そこで感激した両親はホレイショ個人にお礼をしたいと申し出た。
それをホレイショは断った。
これが自分の仕事だからと。
それで両親は爆弾処理班に寄付をした。
だけど母親はどうしてもホレイショにお礼がしたかった。
子供が出来なくて悩み抜いて、不妊治療を始めて三年間辛い治療を耐えた末に授かった子供達だったから。
それで私に連絡が来たの。
私はその頃、マイアミのセレブに紛れ込んで霊能者のフリをしてお金を稼いで優雅に暮らしてた」
「霊能者のフリ?
如何にもインチキ臭い!
そんなことで優雅な暮らしが出来るのか?」
そう言うボビーをロウィーナがジロっと見る。
ロウィーナはボビーを完全に無視して話を続ける。
「霊能者、まじない師、占い師、何でも良いけど、私はまじないを使ってセレブのマダム達の願い事を叶えてやってた。
マダム達の願い事なんて他愛の無いことよ。
浮気がバレないようにしてくれだとか、逆に夫が浮気してないかだとか、何処かで無くしたジュエリーを探してくれだとか。
私の魔術を全力で使わなくても、ほんのちょっと呪文を唱えれば良いくらいのね。
そんな時、双子の母親がやって来た。
どうしてもホレイショ・ケインにお礼がしたい、だから彼を『危険』から『守る』まじないをしてくれないかってね。
私は運命…寿命を変えることは出来ないけれど、それ以外ならまじないを掛けられると答えたわ。
報酬はキャッシュで100万ドル。
受けない訳ないでしょ?
それで賢い私は、まずどんなまじないにするか考えた。
『守る』とは?
その『危険』とは何か?
ホレイショ・ケインは実力で犯罪者を逮捕して裁判にかけ刑務所に送り、世の中の弱者に手を差し伸べたいという信念を持っている。
だからホレイショの警察官としての能力をアップさせて、危険から遠ざけるようなまじないを掛けるのは間違っている。
そこで…」
ロウィーナがコホンと咳払いをする。
「天才魔女の私は閃いた。
怪物や魔物なら?
怪物や魔物達は本来存在するべきじゃない。
それにホレイショの守りたい人間達を襲っている。
だからハンターがいる訳でしょ?サム?」
ロウィーナに絶対零度の視線を送られ、サムが「はいっ!」と返事をする。
ロウィーナが満足そうに頷くと続ける。
「だから怪物や魔物達がホレイショ・ケインに手出し出来ないようにまじないを掛けた。
ところが双子の母親は翌年もやって来た。
キャッシュで100万ドルを持って。
翌年もその翌年も。
私は根負けしてスイスの隠し口座を教えたわ。
そしたら今度は100万ドルの振込が始まった。
私はホレイショにまじないをかけ続け、5年もすると地球に存在する全ての怪物や魔物はホレイショを襲えない状態になっていた。
ところがまた振込が来た。
そこで私は考えた。
そして天才魔女の私はまたまた閃いたのよ!
ファーガス!お前達悪魔がホレイショに手を出せないようにしようとね!」
ロウィーナの絶対零度の視線が、今度はクラウリーに送られる。
クラウリーがハッとした顔になる。
「……そう言えば十数年前からマイアミで十字路の契約は一件も無い!
いや、フロリダ州全土からだ!
母さん…まさか…!」
ロウィーナが勝ち誇った顔になる。
「そうよ!
私は悪魔がホレイショに手出し出来ないように最高のまじないを掛けた。
3年も続けたら地獄の王でもホレイショに対して無力になったわ。
だけど振込は続く。
だから次は天使も手出し出来ないようにしたのよ!」
カスティエルが不思議そうに首を傾げ、ロウィーナを見る。
「なぜ天使を?
私達は神の御使いだ」
ロウィーナがフフンと鼻で笑う。
「私に言わせれば、天使はプライドだけは高い高慢ちきの集まりで、人間を毛の無いサル呼ばわりし、上司の命令とあらば相手がどんな人間か調べもせずに処分する。
神が不在でも、高位の天使達で勝手に計画を立て、それを神の御心だと言ってのける。
そして計画の為なら同志の天使にも容赦しない。
悪魔より手に負えない連中だわ!
キャス、あなたみたいな天使は稀なのよ。
自分でも嫌という程分かっているでしょう?」
カスティエルが無言で下を向く。
「ところが…それでも振込は止まらない。
そこで私は次に、私を迫害した憎き賢人の力が効かないようにした!」
サムが頭を抱え、呟く。
「賢人の秘法も効かないのか…」
「そうよ。
あんな頭でっかちで悪意に満ちた連中、悪魔と天使のミックスよ!
それからも振込は続いた。
だから次に私はホレイショに魔女の魔法も効かないようにもしたわ。
勿論、私は別だけど。
だけど振込は止まらないのよ!
だから私はホレイショに、人間以外の何者も手を出せないようにまじないをかけ続けた。
そうしたら不思議な現象が起こった」
「不思議な現象?」
今度はチャーリーが呟く。
ロウィーナは全員を見渡すと口を開いた。
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