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第14話

「ホレイショ・ケインには怪物も魔物も悪魔も天使も魔女も賢人も手を出せない。 そのまじないを繰り返しホレイショに掛けていたら、まずマイアミがその影響を受けた。 マイアミでは怪物も魔物も悪魔も天使も魔女も賢人も力を発揮出来なくなった。 そしてその影響はフロリダ州にまで広がった。 だからファーガスもキャスも飛ぶ事すら出来ない。 ファーガス、正直に言いなさいな。 お前、隣りの州から車で来たでしょ? 地獄の王が車移動! あー笑える!」 クラウリーを見て笑いが止まらないロウィーナと歯ぎしりをしているクラウリーにサムが割って入る。 「ロウィーナ、さっきホレイショの影響だって言ったよね? その影響はどうして広がったんだ? それさえ分かればキャスやクラウリーにディーンを取り戻すのを助けてもらえる!」 するとロウィーナの笑い声がピタッと止まった。 そしてロウィーナは今迄に無いほど慈愛に満ちた声で言った。 「それは無理よ、サム。 無敵になったホレイショ・ケインの正義感と人間に対する愛情と自己犠牲の精神がホレイショを覆い尽くした後に、自然とホレイショから溢れ出たのよ。 それは彼が愛するマイアミを覆い、フロリダ州全土に広がった。 正義と愛は罰せられるものだと思う? 特に私達のように穢れた者達に」 その時、クラウリーが「それなら母さんはどうなんだ?」と静かに言った。 「母さんは魔女もホレイショ・ケインとか言う奴に手出し出来ないようにした。 だが、母さんは? ホレイショ・ケインにその後もまじないを掛け続けているじゃないか」 ロウィーナが余裕たっぷりに答える。 「ファーガス。 お前、意外と頭が良いのね。 初めて知ったわ。 でもお前は根本的なことを分かっていない! 私は特別なの! なんたってホレイショに最初にまじないを掛けたのは私なんだから!」 「それじゃあまじないも解けるだろ?」 「だーかーらー!」 ロウィーナがクラウリーの額をパチンと叩く。 「お前を一瞬でも頭が良いと思った私を、思いっ切り引っぱたきたいわ! ホレイショ・ケインには人間以外の『悪』は通用しないのよ! 私がこのフロリダ州で使えるまじないは、ホレイショにかける『善なる』まじないだけ! 最初に彼を止められるのは神だけと言ったでしょう!?」 「じゃあ母さんの魔術でディーンを奪い返すことは出来ないのか…!」 「出来ないわ。 法的に正当な手続きを踏まなければディーンは取り戻せない。 それとサムに忠告があるの」 サムが真剣な目でロウィーナを見る。 「何だ?」 「あんた達ウィンチェスター兄弟は、今迄ハンターとして怪物や魔物、悪魔や天使と戦って来た。 そこで指紋や血液の付着を考えて戦ったことある?」 「無いよ! 当然だろう!? 生きるか死ぬかの瀬戸際で戦って来たんだ! そんな事いちいち気にしてたらハンターなんて務まらない!」 ロウィーナの厳しい声がサムに向かう。 「だけどホレイショ・ケインは科学捜査のプロフェッショナルよ。 あんたとディーンのした事がバレたら、FBIに引き渡され、即刻法廷行きの刑務所行き。 狼人間だから銀の銃弾を打ちましたとか、吸血鬼だから首を切り落とすか無かったんです、なんて言い訳は法廷とホレイショには通じない。 彼は科学捜査であんたとディーンを逮捕し起訴出来るまで追い詰める。 きっとどこまでもね。 今頃は私の『盗まれた』爆弾を科学鑑定してるでしょう」 チャーリーがパッと顔を上げる。 「そう言えばあの爆弾は破裂した! 魔女の作った爆弾がなぜ破裂するの? マイアミでまじないは効かないんでしょ?」 ロウィーナがニンマリと笑う。 「あれは悪魔撃退用の爆弾よ。 物凄い威力を持っている。 だから床に叩きつけられた衝撃で破裂はしてしまったけれど、人間には完全に無害よ。 塵より無害だわ。 目を洗う必要も無いくらいよ。 サムとチャーリーとボビーだって何の症状も出てないでしょ? だ・け・ど。 CSIはそうは思わないでしょうね。 あんた達愚か者が事件に関係していると思っているでしょうね~。 何たって同じ被害者のいる部屋で、爆弾を破裂させたと思ってるんだから。 病院で病人を巻き込んで爆発騒ぎを起こすなんて、ホレイショが絶対許さないわ。 徹底的に化学分析をされるわよ。 そしてサムに対する疑惑は益々深まっていく…被害者から犯人の関係者じゃないかとね。 どう考えてもホレイショの次のターゲットはサムなんじゃない?」 サムが「嘘だろ…」と絶望的な声で言う。 ロウィーナはそれ見たことかとサムを正面から見て口を開く。 「それにサム。 病院のベッド周りの柵を拭いてきた? 指紋が出るわよ~。 髪の毛一本落としてない? 拾ってきた? クラブ・ジョーに残されたあんたの血は、もうDNAを分析されてるでしょうから駄目押しになるわよ~。 この安モーテルがCSIに見つけ出されるのも時間の問題ね~」 ロウィーナの一連の話に、サムだけで無く、ボビーとチャーリーとクラウリーも青ざめた。 「ホレイショ。 あの滅菌室の入口で身元確認をしていた制服警官にまた話を聞いたんだって? 何かあったのか?」 CSIのAVラボにトリップが飛び込んで来る。 「ああ、一つ気になる点があってな。 病院には行ったか?」 ホレイショは大型画面に映されたボビー・サーストンとチャーリー・フーバーの情報を見ながら訊く。 「ああ、行ってきた。 健康そのものだってさ。 それで?」 「『サム・ゴードン』は社会保障番号を覚えていてが、制服警官が検索を掛けたが何も出なかった」 トリップが「ああ」と言って頷く。 「だが、スザンナ・ジャクソンは違う。 彼女は全ての記録を消されていたが、彼女が番号を覚えていたお陰で社会保障番号だけはヒットした。 そして両親に連絡も出来た。 社会保障番号はハッカーが免許証や警察の記録を消すのと違って桁違いに難しい。 なにしろ社会保障番号が無ければアメリカでは生きていけない。 その社会保障番号を消す事は、どんなに凄腕のハッカーでも難しいだろう。 多分犯人達は生きてスザンナをあのクラブから出す気は無かった。 つまり死体を始末しそこなった時に身元が割れなければ良いのだから、そんな面倒なハッキングはしなかった。 ところが『サム・ゴードン』は違う。 彼の社会保障番号はヒットしなかった。 なぜだ? あんなに几帳面な犯人が『サム・ゴードン』にだけミスをしたとは考えにくい」 トリップが腕を組み、チャーリーとボビーが映った画面を見る。 「そう言えば…チャーリー・フーバーはコンピューター技術者だったな!」 「そうだ。 マスコミには被害者の身分を証明する物は何も出なかったとしか発表していない。 ディーンの件についてはCSIと刑事課でもごく限られた人間しか知らない。 そこでだ。 もしかしたらこのフーバーという女はマスコミ報道を信じて、『サム・ゴードン』の社会保障番号のデータを確認して、データベースに番号が残っているのは犯人のミスかと思い、俺は出来ないとは思うが社会保障番号を消去したか、存在していない番号を調べて『サム・ゴードン』に教えたのかもしれない」 「有り得るな!」と言って、トリップがチャーリーが映された画面の前に行く。 「それに、チャーリー・フーバーとボビー・サーストンは周到に用意していたんだと思う」 ホレイショの言葉にトリップが振り返る。 「何を?」 「『サム・ゴードン』がいつ退院出来るか二人には分からない。 きっとチャーリー・フーバーとボビー・サーストンの予想より早く退院許可が出た。 ある程度計画は立てていただろうが、警察が何処まで『サム・ゴードン』の情報を掴んでいるか分からなかったから、『サム・ゴードン』から連絡が来るまで、自分達の情報を操作し、ニセのIDや免許証を作り、自分達側は完璧に用意して待機していたんだろう。 そこに『サム・ゴードン』から退院出来る、事情聴取もされると連絡が来て、サーストンとフーバーは直ぐに病院にやって来た。 電話で『サム・ゴードン』に消去したか存在していない社会保障番号を教え、今度は『サム・ゴードン』から、フーバー達のIDも入室時に調べられると教えられたが、準備を完璧にしていたサーストンとフーバーは堂々と滅菌室に入る為のチェックを受けた。 だが二人には誤算があった」 トリップが「指紋確認だな!」と自信満々に言う。 ホレイショはニヤッと笑うと「そうだ」と答える。 「今のところ指紋を検索に掛けたら、チャーリー・フーバーとボビー・サーストンとデータが出る。 だが何かがおかしい。 二人の入室チェックをした制服警官は二人のデータは嘘では無いと確認出来きたが、完璧過ぎると言っていた。 目の前の二人の印象とズレている感じがしたとも。 俺も同感だ。 二人には駐車違反すら無い。 この指紋は、仕事上必要だった時に登録されていただけの物だ。 そこで考えてみた。 フーバーとサーストンは身分証明書の偽造や情報操作を日常的に行っているのではないかと。 今回について言えば、例えば苗字だけを変えたとか。 そして職業用の名義に関わるものを全て偽名に変えた。 コンピューター技術者のフーバーにすれば、簡単でその上安全だ。 なぜなら職業は本物だから、『サム・ゴードン』を迎えに来た友人として滅菌室に入る程度の身元確認なら、警察も簡単に欺ける自信があったんだろう。 それに苗字だけを変えたのは、病み上がりの『サム・ゴードン』がうっかりハーバーやサーストンのファーストネームを呼んでも不審に思われない為かもしれない。 だが、指紋を残したのは痛手だろう。 これから指紋がどんな情報を我々にもたらしてくれるか…期待しよう」 「指紋と言えば『サム・ゴードン』の指紋も出たんだろ? ベッド周りからわんさか出たとデルコが呆れてた。 一方でコンピューターを操って警察も欺く情報操作やニセID作りをし、一方で指紋をベタベタ残していくなんて矛盾してるよな」 ホレイショが冷たく笑う。 「そうだ。 馬鹿の集まりとしか言えない。 そしてこの馬鹿者共は病人を危険に晒した。 つまりそこまでして警察から逃げたという事は、逃げなければならない理由があるからだ。 血を抜いた犯人の情報も必ず持っている筈だ。 絶対に逃がしはしない」 トリップも真ん丸な瞳をグリグリさせて「おう!逃がすもんか!」と言った。 そして急に声を落とし「ディーンと『サム・ゴードン』のDNA鑑定はどうだった?」と訊いた。 ホレイショが自宅に戻ると夜の8時を過ぎていた。 ホレイショが玄関を開けると、「お帰り!」と言いながら笑顔のディーンが現れた。 今夜のディーンの笑顔は美しいだけで無く可憐で愛らしい。 ホレイショの肩から力がスッと抜ける。 「遅くなって済まない」と返すホレイショに、ディーンが「今日は大変な1日だったんだから、済まないなんて言うなよ!」と膨れる。 ホレイショがディーンの頬に人差し指でちょんと触れて、「まずシャワーを浴びる。忙しくて署でシャワーを浴びれなかったからな」と言うと、ディーンは「そしたらシャワーが終わったら一緒に夕飯食べようぜ!」と楽し気に言う。 ホレイショが目を細める。 「ディーン。 まだ夕食を済ませてないのか?」 「だ、だってさ…」 ディーンがぷいっと横を向く。 「一人で食べたくねぇし…。 ホレイショが心配だったし…」 「ディーン…」 ホレイショはディーンを抱きしめたくなるのをぐっと堪えた。 何しろ自分は『あの』爆発のあった病院で証拠採取をして、ロッカーに常備してあるスーツに着替えてディーンの薬の注入の為に帰宅し、また現場に戻ったからだ。 ディーンは無邪気に笑って「早くシャワー浴びろよ!俺、腹ペコなんだから!」とホレイショの手を掴む。 病院の屋上でホレイショが掴んだ手で。 ホレイショが「ありがとう、ディーン」と答える。 ディーンがホレイショの手を握って不思議そうに振り返る。 ホレイショは「隙だらけだぞ、ディーン」と言うと、ディーンの唇に一瞬キスをした。 そしてハッキリ自覚した。 まだ出逢って三日足らずの、何も知らないディーンに恋に落ちたと。

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