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第16話
その車は厳重に密閉されラボの地下駐車場に運び込まれた。
シートを全て外し終わるとナタリアが「オンボロのツギハギって聞いてたけど予想以上ね」と苦笑する。
カリーも「ホント!小学一年生の頃の私のパッチワークみたいだわ」と笑う。
「薄いオレンジにベージュの組み合わせとはね。
確か『ヤツ』は自動車修理工場の経営者なんだろ?
もっとマシな車に乗らなきゃ客が来ないんじゃないか?」
腕を組んでそう言うウルフの肩をデルコがポンと叩く。
「『ヤツ』の物とは限らない。
先入観は捨てて証拠を当たろう」
「じゃあ私、後部座席」とカリーがライト片手に言って、後部座席のドアを開ける。
ナタリアが「じゃあ私は運転席と助手席をやるわ」と運転席側のドアを開ける。
次にデルコが「じゃあ俺はトランクを見たら下に潜る。ウルフ、ボンネットと車の外側を見てくれ」と言うと、ウルフが「了解」と言ってボンネットを開けた。
そして3時間後レイアウトルームでホレイショを始め、カリーとデルコとウルフが集合する。
レイアウトルームには、車をつぶさに撮った写真が壁に貼られている。
「分かったことは?」
ホレイショの問いにまずカリーが答える。
「私とナタリアがボンネットとトランク以外の車の内部を調べたけど、徹底的に掃除されてたわ。
ゴミも無いし髪の毛一本落ちていなかった。
掃除機をかけたのね。
それと指紋は解体屋と回収屋以外一つも出なかった。
グローブボックスも空で指紋無し。
シートベルトも指紋無し。
匂いからして洗剤を使って拭き掃除したのね。
それも強力なやつ。
ただ…血液は見えないだけでそこら中にあったわ!
ナタリアが鑑定中だけど、人間の物だけじゃ無いみたい。
あと数時間はかかるそうよ」
次にウルフが口を開く。
「ボンネットに異常は有りませんでした。
見た目程、酷く無い。
長距離の運転にも耐えられます。
車の外側も綺麗に清掃されていて、内側と同じく解体屋と回収屋以外の指紋は出ませんでしたが、血液反応が有りました。
人間と人間以外の物で、車の内部と同じです。
こちらもナタリアの結果待ちです。
それから車体番号は完璧に削り取られていて復元は出来ません。
痕跡から何年も前から削り取ってあったことが分かります」
ホレイショが頷く。
「デルコはどうだ?」
「トランクの内部と車の下部の部品を調べました。
トランクの内部も徹底的に掃除されていますが、車の内部と外部同様、人間と人間以外の血液がそこかしこで出ました。
これもナタリアの鑑定待ちです。
車の下部はウルフの言う様に見た目程酷くありません。
何処にも故障は無いし、それこそピカピカに拭き取られています。
解体屋と回収屋以外に検索に掛けられるような指紋は有りません。
それと血液反応が少し有りましたが、ナタリアによれば劣化が酷く、DNA鑑定出来るかは幾つか試してみないと分からないそうです」
ホレイショがフフっと冷たく笑う。
「学習したという訳か。
だが初心者には見落としが有るものだ。
必ず」
「と、言うと?」
「車に戻ろう」
ホレイショがパウダーの着いた刷毛をクルクルと回すと数個の指紋が浮き出る。
ホレイショは指紋を採取すると、デルコに渡す。
デルコが「そうか!ナンバープレートか!」と目を見開く。
ホレイショが「そうだ。人間の習慣というのはそう簡単に変えられるものじゃない」と静かに語り出す。
「いかにもナンバープレートを頻繁に変えていそうな連中だ。
だが掃除をする前か後かは分からんが、ナンバープレートを外す時、素手だった可能性が高い。
何故なら今まで指紋を残す事に無頓着だったからだ。
そして警察を相手にするのに、指紋が重要な事を『最近』知った初心者だ。
それに良く見ると、この外側の拭き掃除をした者は、車の拭き掃除に慣れていない。
四角い所を丸く拭いている箇所が多い。
つまり車の整備に詳しく無い。
だからナンバープレートを外すという重要な行為は、車に詳しい人間が行った可能性が高い。
デルコ、最優先で調べろ」
デルコが「はい!」と答え、ラボの地下駐車場を出て行く。
「それでチーフはどこに行ってたの?」
ニッコリ笑って訊くカリーにホレイショが「解体屋だ」と答える。
「解体屋に回収屋から直接話を聞きたいと要請して、回収屋を呼んでもらって、この車を回収した時の話を詳しく聞いた」
「収穫は?」
「あったよ。
奴らは本物の大馬鹿者達だ」
回収屋の話はこうだった。
いかにもマイアミの住人とは思えない連中だったというのが第一印象。
キャップを被った年配で髭面の男のTシャツは、どう見てもビーチの露店で5ドルで売っている代物だ。
それにベンチコートを着た男。
まずマイアミでベンチコートからして怪しいが、その着方もファスナーを襟元までキッチリと閉めて、フードまで被っていた。
それに髭面で年配の男は回収屋に話し掛けられて動揺を見せたが、ベンチコートの男は首を傾げて、冷静に回収屋を『見つめて』いた。
まるで観察されているみたいで気味が悪かった。
そしてベンチコートの男は首を傾げたまま「この男は人間だ」と言った。
すると今まで動揺していた髭面の年配の男は心底ホッとしたように、回収屋に仕事を頼んできた。
回収屋は男達の身なりと500ドルの差に驚いたが、美味しい話なのでOKした。
だが回収屋は実はそれ以上の物を見ていた。
ホレイショに凄まれた上、オフレコで良いと言われて話し出した。
あの怪しい二人組はもっと金になるんじゃないかと思って、エバグレースの入口の茂みにレッカー車ごと隠れてその二人を見張っていたのだ。
すると一台の真っ黒な車がやって来た。
なんとそれは67年型のシボレーインパラで、回収屋は目を疑った。
その古いインパラを初めて目にしたからだ。
インパラは入口から入ったかと思うと、直ぐに引き返して来た。
中に誰が乗っているのかは暗くて分からない。
そこで回収屋は思い切ってインパラにハイビームを当てた。
インパラがスピードを上げて走り去って行く。
回収屋からは後部座席しか見えなかったが、それで十分だった。
後部座席には髭面の年配の男と、ベージュ色のトレンチコートの男が見えたからだ。
そしてそのトレンチコートの男は、確かにベンチコートの男だった。
ホレイショの話が終わると、カリーが腑に落ちない顔になる。
「ベンチコートを頭からスッポリ被っていたのも変だけど、ベンチコートを脱いだらトレンチコートって…。
ベンチコートは特徴を知られないようにわざと着たのかもしれないけど、マイアミでトレンチコートなんて余計に特徴を掴まれるじゃない」
ウルフも腕を組んで眉間に皺を寄せる。
「何でトレンチコートなんて着てるんだ?
法執行機関の人間でもマイアミじゃトレンチコートなんて着ないぞ。
お洒落のつもりか?」
そこにデルコがファイルを持ってレイアウトルームに入って来る。
「チーフ!
ナンバープレートを外した跡から出た指紋が一致しました!
ボビー・サーストンです!
『サム・ゴードン』を迎えに来た髭面の男です!」
ホレイショがデルコからファイルを受け取る。
「サーストンは自動車修理工場を経営しているのだから、当然だろう。
だが変装の為にスーツは脱げても髭は剃れなかったらしいな。
髭はサーストンの拘りなんだろう。
それにトレンチコートの男にも拘りがあるらしい。
サーストンに合わせてTシャツとジーンズに着替える気が無いのだから。
それとベンチコートを着たのはトレンチコートを隠す為だろうが、ベンチコートを着ること自体が不審がられると、連中のメンバーは誰も思っていない。
思っていたとしても止める気が無い。
サーストンに至っては、トレードマークと化した髭を剃ることを、警察から逃れるよりも自分の拘りを優先している。
この連中からは警察に追われているという危機感と言うものが、全く感じられない。
やっている事があの車の様にツギハギで統一性も無い。
馬鹿の集まりだ」
「チーフ、これからどうしますか?」
デルコの問いに、ホレイショが短く答える。
「黒の67年型シボレーインパラを追え」
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