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第17話
結局、ホレイショが昼休憩として自宅に帰れたのは午後2時半を過ぎていた。
ホレイショが玄関を開けると、ジニーが扉の前に立っていた。
「ジニー?
何をしてる?」
「あっあのね、僕ホレイショにどうしても話さなくちゃいけなくて!
でもディーンには話さないでって頼まれて!
でも僕の仕事中に起きた事だから、ボスのホレイショに報告するのが義務だと思って!」
早口で捲し立てるジニーに、ホレイショが微笑みかける。
「ディーンが困らせたんだな。
話はディーンに薬を注入した後聞こう。
ありがとう、ジニー」
そしてホレイショは寝室に向かった。
ディーンはベッドで横になりテレビを観ていたが、ホレイショを見るとガバッと起き上がった。
「ホレイショ!
お帰り!
なあ俺、昼にサンドイッチ作ったんだぜ。
ジニーも美味いって言ってくれた。
ホレイショも絶対食べてけよ!」
「分かった。
じゃあ早く薬を注入しないとな。
俺は直ぐにでも署に戻らなければならない」
「うん!」
するとディーンは掛け布団をパッと捲って寝ながら下着を脱ぐと、うつ伏せになる。
ホレイショはお湯に浸したクスコをタオルで拭いて、薬を用意する。
「ディーン、尻を上げろ」
「ん」
ディーンが尻を上げる。
ディーンの尻はマシュマロの様に白く、柔らかい。
そしてそこにある筈の無い物を、ホレイショが見逃す筈も無かった。
ディーンは前後の薬の注入を終え少しホレイショと話をすると、いつものように鎮静剤が効いて眠ってしまった。
ディーンの話はサンドイッチをいかに美味しく作ったことや、ジニーと古いコント番組をテレビで観て大笑いしたことなど他愛が無い。
ディーンが眠ったのを確認すると、ホレイショは寝室を出てキッチンに向かった。
キッチンのテーブルには『ホレイショへ。冷蔵庫へどうぞ!ディーン』と書かれたメモが置かれていて、その横にジニーが立っている。
ジニーはホレイショの顔を見るとホッとしたように息を吐いた。
「ホレイショ、コーヒー飲む?」
「ああ、頂こう。
だがサンドイッチはここで食べている時間が無いから、ジニーの話を聴いたら包んでくれないか?」
「分かった!」
ジニーがカップにホットコーヒーを注いでホレイショの前に置く。
ホレイショが一口飲み、「それで報告というのは?」とジニーに訊く。
ジニーは「出来れば僕から聞いたってディーンに言わないでね」と前置きをしてから話し出す。
「僕が午前中に裏口の扉の拭き掃除をしてたらディーンが来たんだ。
どうしてこんな所に来たの?って訊いたら、『ジニーの休憩まで歩く練習をしてる』って答えた。
それで『裏庭があるの?』って訊いてきたから、僕はあるよって答えた。
そしたら『何があるの?』ってまた訊かれて、今は使ってないけどプールがあるよって答えたら、ディーンがニコッて笑った。
そしてプールを掃除して使えるようにして、ホレイショをビックリさせようって言い出したんだ!
僕はホレイショにプールの掃除は業者を頼むからジニーはしなくていいって言われてるから、ディーンもしなくていいんだよって言って止めたんだ。
でもディーンは『プールくらいでわざわざ業者を頼むとかありえねぇ!俺にだって出来る!』って笑って言って、『掃除道具どこ?外にあるの?』ってまた訊いてきたから、プールの掃除道具のある場所は知らないって答えた。
そしたらディーンが何処かに行こうとしたから、僕はディーン腕にしがみついて『何処行くの?』って訊いた。
そしたら『ガレージだよ。何かの洗剤くらいあるだろ。ジニーも来れば?』って言った。
だから僕はディーンが僕の言う事を聞いてくれないなら、しっかりディーンを見張らなきゃって思ってディーンに着いて行った。
そしたらディーンは直ぐに洗車用の洗剤とデッキブラシと作業着を吊るす為の針金ハンガーの余りを見つけて、僕は必死に止めたけど裏口から裏庭に出てしまったんだ!
だから僕はホレイショの言い付け通り、クロスボウを用意して裏庭を見張ってた。
そしたらそしたら…ディーンがハンガーを変形させて、おっきなシャボン玉を見せてくれた!
ディーンは魔法使いみたいにどんどん大きなシャボン玉を作って…シャボン玉は太陽に照らされて虹色に光って…ディーンはシャボン玉と同じ!
キラキラ光って…綺麗で…ギリシャ神話に出てくるアポロンみたいだった!
その内ディーンが『真面目に掃除しなきゃな』って言って掃除を始めたんだけど…直ぐに…」
ホレイショがやさしくジニーの手を取る。
「転んだ、だろ?」
ジニーが涙目になってブンブンと首を縦に振って頷く。
「僕は凍りついたみたいに動けなかった…。
でもディーンは直ぐに起き上がった。
そして僕に『尻もち着いただけだから大丈夫!でも頼むからホレイショには内緒な』って言った。
それからディーンはシャワーを浴びて、心配させたお詫びって言ってサンドイッチを作ってくれた。
どこも痛そうじゃなかった。
でも、きっとディーンは明日もプールを掃除する気だよ!
どうしよう!?」
ホレイショがジニーの手をポンポンと軽く叩く。
「ジニーは心配しなくていい。
悪いのはディーンだし、もうプール掃除はさせない」
「ホ、ホント…?」
「ああ、安心していい。
さあサンドイッチを包んでくれ」
ジニーが笑顔で「分かった!」と言った。
ホレイショがマイアミデイド署に戻ると早速ナタリアに捕まった。
ナタリアはホレイショと共にDNAラボに入るとドアを閉め、緊張した面持ちで言った。
「サーストンの車から出た血液サンプルは、劣化が酷くてまともな検査は殆ど出来なかったけど、あの血液は確かに人間と人間以外の物だったわ。
人間以外の物と言うとサーストンに狩りの趣味でもあったのかと思うかも知れないけど、これは動物じゃない。
限りなく人間に近いけれど、それ以外のDNA配列が複雑に変化している。
だけどデータベースにこんな配列のデータは無かった。
それに劣化していて、所々検出出来ない部分もあったから、今は何の血液なのか見当もつかないわ」
「それで人間の血の方はどうだった?」
ナタリアが複雑な表情をしながら答える。
「比較的新しい血液が三種類あった。
DNA分析の結果、一人はデータベースには無い。
因みにサーストンの血液サンプルが無いから、サーストンの物かは分からない。
それと『サム・ゴードン』とDNAが一致。
これはまあ予測の範囲よね。
だけど残りの一人が…」
「一人が?」
ナタリアがホレイショの目を見てキッパリと言う。
「ディーンのDNAと一致したわ。
ディーンはサーストンの車に、流血した状態で乗車した事があるのよ。
それで私考えたんだけど…病院の破裂事件の容疑者がまた一人増えたでしょ?
トレンチコートの男。
この連中はまともじゃないわ。
もしかしてディーンはこのグループから抜けたくて、リンチか拷問を受けたのかも」
「だが、ディーンと『サム・ゴードン』は兄弟だ。
DNAが証明した。
血を抜かれてまず兄の心配をしていた人間が、その兄を拷問するか?」
「もしそれが芝居だったら?」
ホレイショとナタリアの視線がぶつかる。
ナタリアは視線を逸らさずに言う。
「『サム・ゴードン』の針だけは使い回しの針じゃなかった。
抜かれた血だって他の容疑者に比べれば少な過ぎる。
献血2回分も無くて、充分生きていられる量よ。
それにスザンナが聞いた犯人との会話も、生きた証人が出た時の保険かもしれない。
もし『サム・ゴードン』が血を抜いた犯人達とグルで、ディーンはそれを知らずにレイプされていたら?
連中に売り飛ばされたのかもしれないわ。
真実味を持たせる為にディーンの目の前で『サム・ゴードン』に吹き矢を刺して倒したかもしれない。
そして頃合いを見て『サム・ゴードン』は芝居を辞めて…そうね例えば同じように監禁されている女性達の前で死んだように見せかけて解放される筈だったのに、その前に女性が脱走して計画が狂った。
有り得ない事じゃないわ」
ホレイショが頷く。
「確かに筋は通っている。
だが『サム・ゴードン』が仲間だったとしても、ディーンをレイプした犯人はディーンを歪んだ形で愛していたからかもしれないが、血を抜いていた犯人の動機が分からない。
それにレイプ犯と血を抜いていた犯人と思われるクラブ・ジョーのオーナーのスティーブン・マーシーと会計士のティモシー・ローランの『仕事』ぶりは完璧だ。
『サム・ゴードン』達とは天と地の差がある。
仲間がこんなにミスを連発してスティーブンとティモシーが黙っているとは思えない」
「それはそうね…。
でも!」
ナタリアが目を細めて考え込んでいたかと思うと目を見開く。
「『サム・ゴードン』とその仲間達は、スティーブンとティモシーから『ディーンを拉致してレイプさせる』という仕事を請け負っただけだとしたら?
女の子達から血を抜くのは別件で、『サム・ゴードン』達は関係無い。
だけどディーンを大人しくさせるのに弟の『サム・ゴードン』の存在は利用出来る。
だから納得ずくで血を抜かせた!」
ホレイショの青い瞳がナイフの様にギラリと光る。
「今迄の話は推測に過ぎない。
やはり『サム・ゴードン』を見つけ出すのが近道のようだな」
ナタリアが「ええ、同感よ」と力強く言った。
ホレイショが自宅に帰るともう20時を過ぎていた。
ディーンが笑顔で出迎える。
「お帰り!
風呂の後、食事にするか?」
ホレイショがフフっと笑う。
「ディーンが作ってくれたサンドイッチを食べられたのは4時だ。
先に食事を済まそう」
ディーンの白い指がホレイショの片頬にそっと触れる。
「ホレイショ…仕事大変なんだな。
でも食事だけはきちんと取ってくれよ。
頼むから…」
ディーンの潤んだ瞳。
ホレイショがディーンの指をやさしく握る。
「心配ありがとう、ディーン。
だがこれが俺の仕事だ。
72時間ぶっ続けで働いた事もある。
そんなに心配するな。
それより今日のメニューは?」
ディーンは「テーブルに着くまでナイショ!」と言うとウィンクした。
ディーンの手作りの品が一品添えられた食事を終えると、後片付けを済ませたディーンが「じゃあシャワー浴びてくる」と言った。
薬の注入に備えてだろう。
それをホレイショがディーンの手を掴み、止める。
ディーンが振り向く。
「ホレイショ?」
「今夜はゆっくり二人でバスタブに浸からないか?
俺が準備してやる」
ディーンが悪戯っぽく笑う。
「まさか女の子口説く時みたくキャンドル焚くとか?
バブルバスで?」
「ご所望とあらば」
ホレイショがそう言ってディーンの手の甲にキスをする。
ディーンの顔が、カーッと赤くなる。
ホレイショは満足そうに微笑むと「15分後に風呂だぞ」と言って、ディーンの真っ赤な頬にもキスをするとリビングを出て行った。
「まさか本当にやるなんて…」
ディーンが呆れた様に言って、ディーンを背中から抱いているホレイショに寄りかかる。
正にディーンの言った通り、バスルームは照明が絞られ、キャンドルが何本も焚かれ、バスタブはモコモコの泡だらけだ。
キャンドルの甘い香りがバスルームを包む。
ホレイショが後ろからディーンのこめかみにキスをして囁く。
「ディーンにキャンドルとバブルバスは良く似合う。
綺麗だ」
ディーンの項がじわじわと赤くなっていくのがホレイショから良く見える。
だがディーンは口では「俺は男だし!綺麗とか言うなよ!」と不満そうに反論する。
「事実だ」とホレイショが言って、ディーンの耳をペロリと舐める。
「…んっ…」
ディーンのぷっくりとした唇から吐息が漏れる。
そうしてホレイショが後ろからディーンの首筋から肩へとキスをしていると、ディーンがガバッと振り返ってホレイショに跨るとホレイショの首に手を回した。
泡が花びらのように、次々とバスタブから零れてゆく。
「何だ?ディーン」
「ホレイショのその余裕ぶった顔、ムカつく!」
そう言ってディーンがホレイショの唇にチュッとキスをする。
鼻先が触れる距離でホレイショが「それで?」と囁く。
キャンドルの灯りに照らされているディーンの美しさに見蕩れていることは、おくびにも出さずに。
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