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第21話

その頃、五つ星ホテルのペントハウスでは。 「乾杯~!」 サムとボビーとチャーリーとカスティエルがシャンパンで乾杯するのを、クラウリーがスコッチを注いだグラスを口にしながらソファに座って見ている。 「やっぱりチャーリーは頭が良いね! 車椅子の使い道が直ぐに解ったんだから!」 チャーリーがぐふふと笑う。 「簡単な算数よ。 この面子の中で車椅子に座って得するのは誰か? 警察で『大男』って呼ばれてるサムしかいないじゃん! それにそのダサダサの眼鏡と縛った髪の毛にダサいスーツが、いかにも研究しか興味の無い若き天才教授って感じ!」 サムがアハハと笑う。 「まあね! それにチャーリーの金髪も新鮮で、そうやってアップに纏めてると、教授の出来る秘書って感じだよ! パンツスーツも良く似合ってる」 チャーリーがその場でクルリと回る。 「でしょ? これでも金髪に染めるのは葛藤したんだから! 世間知らずの天才教授を支える敏腕秘書としてメイクも変えたしね! っていうか…」 そこでチャーリーがプッと吹き出す。 「一番変身したのはボビーよ! 髪をブラウンに染めて、髭を綺麗に整えて、髪の色と同じブラウンのマスカラで髭をちょこちょこっと染めるだけで天才教授の良き父親に見える!」 はしゃぐサムとチャーリーにボビーは渋い顔だ。 「まあ変装は仕方無い。 髪を染めるのも良い。 だがこのウォータープルーフのマスカラとかいうやつは、いちいちメイクリムバーとかいうやつで落とすのが面倒臭くてたまらん!」 その時、落ち着き払った声が響いた。 クラウリーだ。 「変装が上手くいったくらいで、良くそんなに喜べるな? ロウィーナのマイアミの屋敷にホレイショ・ケインが現れたらしいぞ。 インパラをロウィーナに渡した事はもうバレてる」 「マジ!?」 サムとチャーリーの声が重なる。 「俺様がこの期に及んで嘘をついて何になる?」 「それでロウィーナは!?」 慌てて立ち上がるサムの胸を、クラウリーが人差し指でトンと押す。 「あのロウィーナがドジを踏む訳無いだろう。 執事が玄関で話して煙に巻いたそうだ。 ホレイショは屋敷に一歩も入ることも無く、玄関先で15分程立ち話して帰って行ったとさ」 チャーリーがにっこり笑ってウィンクする。 「流石、ロウィーナね! でもどうしてロウィーナの秘書に車を渡したのがバレたんだろ?」 クラウリーがため息をつく。 「ロウィーナはドジは踏まないが、お前達はドジの連発だ。 事務所の裏口に防犯カメラは無かったのか?」 「問題無いよ」とサムが即答する。 「いや防犯カメラがある事はあるんだけど、あのカメラは裏口の出入りを映すだけで、カウンターの360度映せる高性能の防犯カメラとは違う。 僕達がインパラを渡した場所まで撮影出来ない」 クラウリーが肩を竦める。 「じゃあなんでホレイショ・ケインにバレたんだ? ま、起こってしまった事は仕方無い。 それよりもディーンの行方は分かったのか?」 サムが心配そうに答える。 「いや…。 僕が入院してる時もディーンは同室じゃなかったし、退院する時に刑事にもしつこく訊いたけど、何も知らないと断言された。 僕達や血を抜かれた女の子達はあの病院に運ばれたけど、ディーンは他の病院に運ばれたのかもしれない」 チャーリーが頷く。 「そうね。 サムはまだ余力があったけど、女の子達は血液を抜かれて感染症にも掛かっていて死ぬ寸前だった。 多分サム達は、最初に逃げ出した女の子を治療していた病院に運ばれたんじゃないかな。 その点ディーンは違う。 こんな事言いたくないけど…レイプされてたでしょ? 性犯罪被害者はプライバシーも守らなきゃいけない。 その証拠に、ニュースでもディーンがあのクラブから発見された事すら流れて無いわ。 警察が公表しないからよ。 それにディーンは犯人を見たかもしれない。 きっとディーンは証人保護プログラムで匿われているのね」 サムがハッと息を吐く。 「ディーンが証人保護プログラム!? チャーリー! あのディーンが大人しくそんな所に居ると思う? それにもし警察の保護下から抜け出せないとしても、僕に緊急事態の暗号を送るくらいする。 絶対に何とか僕と連絡を取ろうとするよ! ディーンなら、必ず自分の居場所を教える方法を考えて、実行する」 「ところが連絡どころか、生きているのか死んでいるのかも分からない。 ディーンを奪還する前に、まず生死を確認出来るのか?」 クラウリーの冷静な言葉にサムがぐっと詰まる。 するとラップトップのキーボードを猛スピードで叩いていたチャーリーが「あるわ!ディーンは生きてる!」と叫ぶ。 「本当に!?」 サムがチャーリーのラップトップを奪う。 それをチャーリーが「説明するから!」と言うやいなやサムに肘鉄を食らわせ奪い返す。 「マイアミデイド署管轄の検視局にハッキングしてみたの。 サムが病院に運ばれてから、身元不明の男性の遺体は無い。 つまりディーンは生きてるのよ!」 「生きているなら、なぜ連絡がこない?」 それまで黙っていたカスティエルがポツリと呟く。 カスティエルはいつものトレンチコート姿だが、変装用に髪を少し短く切りそろえている。 外出する時は七三にピッチリと分けて、3000ドルはするグレーのスーツに着替えてサムの主治医を演じる為だ。 「キャス…」 チャーリーがやさしくカスティエルの肩を抱く。 「きっとディーンでも連絡出来ない所にいるのよ。 でも見つける方法が無い訳じゃない」 「え!? そうなのか、チャーリー!」 チャーリーがサムに向かって、くるっと振り返る。 「サム、少しは落ち着きなよ! いい? 冷静に考えて。 可哀想だけど、ディーンがレイプされていたのは事実よ。 でもそれ以外、怪我はして無い筈。 だってサムという人質がいて血を抜かれていると知っているディーンが、ヤツに逆らうとは思えない。 ヤツは変態だけど、ディーンを愛してる。 ディーンが欲しくて堪らないから、あんな事件を起こしてまでディーンを手に入れた。 つまりディーンに危害を加える理由が無いわ。 でも警察はレイプの被害者を見つけたら必ず検査を行う。 男だって例外じゃない。 だからディーンは絶対に病院に運ばれてる。 そして医者はレイプの痕跡を見つける。 だって実際にレイプされてるんだもん! 肉体的にどう判断されたか分からないけど、絶対に医者に診察されてるわ。 ディーンが警察に匿われてから今日で6日目よ。 そろそろ再検査をされるか、もう再検査の結果が出てるかもしれない。 つまりサムが運ばれた病院以外でクラブ・ジョーに近い救急病院を探せば良い! 多分警察から被害者を頻繁に受け入れている病院よ。 ディーンを匿って守るのは、ホレイショ・ケインであろうと一人では無理。 口の固い協力者が必要だわ!」 サムが「でも…」と言いにくそうに口を開く。 「ディーンが診察された病院が分かったとして、どうやって『今』ディーンが居る場所を探す?」 チャーリーがコホンと咳払いをして、重々しく言う。 「そこで天才教授の登場よ。 さあ気合いを入れて偽造書類と身分証明書を作るわよ! ホレイショ・ケインにご対面する前に、全てを終わらせなきゃ!」 チャーリーに気合いを入れられて、サムも「そうだね!」と言ってパソコンに向かう。 するとクラウリーが呆れたように言った。 「サムを何の天才教授に変身されせる気だ? どうせ心理学者とかそんなもんだろう?」 チャーリーがキーボードを叩きながら自信満々に「そうよ!」と答える。 クラウリーが「止めとけ」と一言言うと懇々と説明し出す。 「ホレイショ・ケインには通用しない。 それにケイン警部補の担当の事件だとマイアミどころかニュースで全国に知れ渡っているから、『口の固い協力者』なんて見つからん。 まあ病院の受付くらいは話を聞いてくれるかもな。 どうせ被害者の心の傷を癒すサポートに、ボランティアで参りましたとでも言う気だろう? だけどな、警察という組織は必ず裏を取る。 ホレイショ・ケインなら尚更だ。 どこの大学教授なのか、どんな功績があるのか、なぜ天才と呼ばれているのか…被害者達と直接会わせるには幾つもの『天才教授』の証明が必要だ。 今迄は多少辻褄が合わなくても、相手を惑わす事も出来た。 まじないの力やキャスや俺様の能力を使ってな。 だがここではまじないもキャスの恩寵も俺様までもが無力なんだ。 ホレイショ・ケインは頭が切れる。 まるで研ぎ澄まされたナイフだ。 被害者に接触しようとするサム扮する天才教授がボランティアに来た事を、ヤツは徹底的に調べるだろう。 例え偽造書類やニセの身分証明書を作っても、『それで教授の著作物のタイトルを教えて下さい』と言われて何て答えるんだ? ホレイショ・ケインは天才教授サムの書籍を手に入れるまで諦めないし、隅々まで読むぞ。 天才教授の論文が掲載された心理学の学者向けの雑誌を差し出させるだろうし、サイトも隅々まで読んで確認するだろうな。 そうなったらどうする?」 サムとチャーリーの手は止まり、ボビーと三人で呆然とクラウリーを見つめている。 チャーリーが「そこまで考えて無かった…」と小さく呟く。 「だろうな。 ロウィーナが言っていただろう? 法的に正当な手続きを踏まなければディーンは取り戻せない、と。 お前達の作戦とやらは100パーセント失敗する。 そして俺様以外全員がホレイショ・ケインに逮捕されるのがオチだ」 サムが「じゃあどうしたらいいんだよ!?」と怒鳴ると、頭を抱える。 クラウリーはグラスに残ったスコッチを飲み干すと、「天才教授路線は諦めろ。それよりも俺様の考えた何百倍もマシな作戦がある」と言った。 カスティエルは「私に出来ることがあれば言ってくれ」と言うと、眼下に広がるマイアミの町並を窓から見つめていた。 この何処かにディーンがいる。 それなのに居場所が分からない。 そう思うとマイアミの海や高層ビルを照らす美しい夕陽も、カスティエルの胸を痛めるだけだ。 すると「よう、元相棒」と言ってクラウリーがカスティエルの隣りに立った。 カスティエルは窓の外を見つめたまま、「何だ?」と訊く。 「お前、病院でホレイショ・ケインを人間だと確認するのがやっとだったと言ったよな?」 カスティエルは一言、「ああ」と気の無い返事をした。 クラウリーはそんなカスティエルを気にすること無く話しを続ける。 「つまりほんの少しだけだが恩寵を使えたという事だ。 俺にはホレイショ・ケインが人間だかそれ以外だか区別がつかない」 「だから?」 「お前はマイアミでも天使もどきでいられて、尚且つディーンの恋人だ。 まず俺様の作戦を実行する前に、一縷の望みを託したい」 カスティエルは未だ窓の外を見つめたまま「どんな?」と訊く。 「あの兄弟の緊急事態の暗号を、ディーンにお前が直接伝えるんだ」 するとカスティエルが自嘲気味に笑った。 「ディーンは何も反応しないだろう」 「どうしてそう思う?」 「ディーンは警察に保護されてから、自分から何の行動も起こさないからだ。 ディーンが家族を思う気持ちは並外れて強い。 そのディーンが我々と連絡を取ろうとしないのは、今の生活に満足しているからだ」 クラウリーが肩を竦める。 「まあ、そうとも言える。 だが恋人のお前が恩寵を含めてウィンチェスター兄弟の暗号を伝えたら、ディーンの心が動くかもしれない」 カスティエルが深くため息をつく。 「ディーンの居場所はどうやって見つける?」 「俺様の部下どもを大量に召集したよ。 マイアミデイド署、サムが治療を受けていた病院、その他のマイアミの主要な病院でお前がディーンに会えるように既に部下が行動を起こしている。 俺様の頭の良いところはな、ホレイショ・ケインが科学を武器にするというのなら、俺様は人間の弱みを武器にしてやるのさ。 そうやって十字路の悪魔から王様にまで上り詰めたんだからな。 ホレイショ・ケインがどんなに正義を振りかざしても、99パーセントの人間にとって金に勝るものは無い。 権力も名声も生命すら金で決まる。 ディーンは必ず俺様の部下が探り出した病院に現れる。 やってみるか?」 カスティエルは夕陽を見つめながら、「ああ、やろう」とだけ答えた。

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