24 / 41

第23話

ディーンは固まったように動かない。 その男、カスティエルがディーンに少しずつ近付く。 そして棒立ちになっているディーンを力一杯抱きしめる。 「ディーン! 会いたかった! 具合はどうだ? ディーン、時間が無い。 サムからの伝言だ。 『ポキプシー』だ。 分かるだろう?」 ディーンが震える声で「あんた…誰?」と言う。 カスティエルがディーンを真正面から見る。 「私だ。 カスティエルだ。 どうした? 『ポキプシー』だ、ディーン。 サムに伝言は?」 ディーンがカスティエルから一歩ずつ後ずさり、離れて行く。 そしてディーンは真っ青になって呟く。 「…あんたなんか知らない…ポキプシーも知らない…」 カスティエルが素早くディーンの両肩を掴むと、ガクガクと揺さぶる。 ディーンの『知らない』という言葉で、カスティエルの心の奥にあった何かが切れた。 それを自覚していても、力を制御出来ず、ディーンのシャツのボタンは跳び、ディーンの肩にカスティエルの指が食い込む。 「ディーン!? 私だ!カスティエルだ! 君の恋人だ! 私は君の為に天界も捨てた! 同じ天使の同志も捨てた! そして同志を殺した! 全部君の為だ! 分かっているだろう!?」 その時、ガクガクと身体を揺さ振られていたディーンが、銃弾を背中に撃ち込まれたように身体を大きく震わせ、よろめく。 カスティエルが慌ててディーンを支える。 「ディーン!? どうした!?」 「……ショ」 「ディーン?」 次の瞬間ディーンが絶叫する。 「ホレイショ! ホレイショ、助けて! 頭が痛い…! ホレイショ!」 「…ディーン…!」 カスティエルの手がディーンから離れる。 ディーンがその場に崩れ落ちる。 まるでスローモーションの様に。 そしてディーンは床に転がり、両手で頭を抱えて、「…痛い!助けて…ホレイショ!頭が…痛い…!ホレイショ!」と言って呻いている。 ディーンの呻き声は段々と小さくなり、「…ホレイショ…頭が…痛い…助けて…」と呟くと瞼を閉じた。 伏せた長い睫毛から、涙がポロポロと零れて落ちる。 カスティエルがディーンに背中を向けた。 ホレイショがディーンを迎えに来ると、扉がほんの少しだけ開いていた。 ホレイショがノックをしても何の返答も無い。 ホレイショが静かに扉を開け、銃を構えると、そっと扉を開き、音も無く部屋に入る。 床に倒れているディーンが見えた時、ホレイショは血の気が引いた。 直ぐにディーンに駆け寄り、首筋から脈を確認して生きている事が分かると、ホレイショは無線に向かって指示を飛ばす。 「証人が襲われた。 制服警官は10階を徹底的に捜索しろ。 不審者はその場で逮捕しろ。 スワットは配置に付け。 この病院から誰一人出すな! トリップ、聞こえるか?」 『ああ!』 「応援を呼んでくれ。 この病院を封鎖する」 『了解!』 全ての指示が終わるとホレイショはディーンを膝に抱いた。 「ディーン…ディーン…私だ。 聞こえるか?」 ディーンはピクリとも動かない。 「ディーン、お願いだ。 頼むから目を開けてくれ…」 ホレイショがディーンの涙に濡れた頬をやさしく撫でる。 その時、医師の厳しい声がした。 「ケイン警部補、患者を動かさないで下さい! 頭を打っているかもしれない。 その他に何をされたか…。 この後は我々にお任せ下さい」 ホレイショが「分かりました。但し検査中も制服警官を常駐させます」と答える。 医師も「構いません」と即答した。 「よう、何か出たか?」 トリップが黄色い規制線をくぐって、ディーンが再検査された部屋に入って来る。 中にはカリーとデルコがいて、証拠を採取している。 カリーが眉間を寄せて「犯人は学習したようね。指紋はディーンとチーフとこの病院の医療関係者の物しか出ないわ」と不機嫌そうに言う。 デルコが苦笑する。 「カリー、そんなに怒るなよ。 収穫が無い訳じゃない」 「分かってるわ」 カリーがデルコをキッと睨む。 「私が許せないのは病人のディーンに暴力を振るった事よ! シャツのボタンが千切れて、肩に指の跡が着くくらいの事をディーンにしたんだから」 「それは同感。 でも犯人は足跡を残してるし、足跡に微物も残っている。 それにナタリアが調べているディーンのシャツから、何か出るかもしれない」 トリップが番号を振られた足跡がある場所にしゃがむ。 「これか。 何だ…?土みたいだな」 デルコもしゃがんで説明する。 「ご名答。 犯人は花屋に化けていた事が分かった。 ウルフが監視カメラの記録をラボに持ち帰って解析した。 そうしたらディーンがこの階にいた時間に、花屋がいた事が分かったんだ。 そして病院が封鎖される前に、堂々と正面玄関から出て行った。 花屋のロゴ入りのキャップを被って、顔は終始伏せられていたけど、顔認識ソフトにかけたらトレンチコートの男と一致した。 多分その土は花用の土なんじゃないかな。 分析に回すよ」 トリップが首を傾げる。 「だが花屋と言っても、この病院では馴染みの花屋でも、必ず受付で顔写真付きの店のIDを確認されるだろ? それに医者達が使う地下駐車場からエレベーターに乗るにはカードキーが無ければ無理だし、花屋にはカードキーは発行されないから受付を通るしかない。 トレンチコートの男は、初めて花屋に化けてこの病院に来たんだ。 どうやって受付を通過したんだ?」 カリーがニコッと笑いながら「チーフが受付の主任と、花屋が受付を通過した時の受付担当者を締め上げてるわ」と物騒なことを言う。 トリップが「気の毒に」と言って笑う。 そして「だがどうやってこの部屋に入ったんだ?」と続ける。 デルコがハハッと笑う。 「簡単な事さ。 ディーンが検査を受ける前にこの部屋に忍び込んでいればいい。 この病院は9時に診療が始まるけど、8時30分に受付は開く。 花屋が受付を通過したのは記録によると8時32分。 制服警官が病院に到着したのは8時。 それから10階をクリアかどうか徹底的に確認して、配置に着いたのは8時45分。 花屋には13分も時間がある。 それに元々、この部屋は検査用じゃなくて、今回ディーンの再検査の為に急遽用意された部屋で、ディーンを誰の目にも触れさせないように再検査をスムーズに進める為に、予め鍵を開けて扉も解放しておいたと担当医は言っている。 扉を解放したのは、制服警官が見張っているなら、その方が逆に不審者が入りにくいと担当医は考えたんだ。 だけどそれが裏目に出た。 それに五人の制服警官達は、エレベーターや非常階段などの、この部屋に近付く動線を重点に見張ってた。 それなら犯人も検査用の部屋には近付けないからね。 だけどそれも裏目に出たってことだ。 犯人は花屋で、しかも受付も通っていることを制服警官達は把握していたから、特に注意を払わなかったんだ。 もし制服警官が質問したとしても、花屋なら言い訳は無数にある」 カリーもトリップに向かって話し出す。 「扉の鍵が閉まっていてもピッキングで開けたかもしれない。 それよりも犯人は、ディーンがこの部屋で再検査を受ける事と、再検査の時間を正確に知っていなければならないわ。 いくら花屋の変装をしていても、長時間ウロウロしてたら警備に当たっている制服警官に不審がられるもの」 トリップが「了解!まだ協力者がいるかもしれんな。その線でも聞き込みを強化する」と言って部屋を出て行こうとして、立ち止まる。 「そう言えばディーンはどうしてるんだ?」 「病状は俺達にも知らされて無いけど、VIP専用の個室にいて、制服警官二人がドアの前で24時間体制で警備している中、治療を受けてるから心配無いってチーフが言ってた」 トリップは安心したように笑顔を浮かべると「よし!じゃあまた後で」と言って部屋から出て行った。 「ハリスさん、正直に話して下さい。 でなければあなたを助けられない」 病院の会議室の中、ホレイショの真正面に座っている受付の主任、アン・ハリスは黙秘を続けている。 「犯人の花屋の入館を直接許可したあなたの部下の受付のリーさんは、花屋のIDがパソコンのデータと一致していたので、問題無いと判断して通過させたと話してくれました。 そしてデータの追加・変更のアクセス権を彼女は持っていない。 アクセス権を持っているのはあなたと受付の責任者と警備部の警備部長だけだ。 だが警備部長のデータへのアクセス履歴は全て自動的に保存され、警備部長が履歴を消す事は出来ない。 しかし受付は違う。 警備部で承認されている業者なら、その店員のデータを改変してもアクセス履歴は自動的に残らないし、消す事も可能だ。 そして受付の責任者は今日証人の検査がある事を事前に知らされていた。 消去法でいくと、主任でアクセス権を持つあなたしか花屋のデータを書き換えられないんですよ、ハリスさん」 アン・ハリスが硬い声で「消去法と仰るなら証拠は無いんですね?」と一言言う。 ホレイショがニヤリと笑う。 「ええ、そうです。 但しあなたは履歴を完全に消去したつもりかもしれないが、データの完全消去は素人には出来ない。 完全に消去したように見えてもデータは復元出来る。 特にCSIなら直ぐにでも」 「…弁護士を付けて下さい。 今度私に会う時は、逮捕状を持ってきて!」 アンがそう言い捨てて立ち上がる。 ホレイショも立ち上がると「座った方がいい」とアンの顔を覗き込んで言う。 「なぜ?」 「今、話してくれれば微罪で済む。 起訴はされず罰金で済む。 弁護士を間に入れれば事は大きくなり、あなたを庇うことは出来なくなる。 それでも良いんですか?」 アンはホレイショを睨み付けたかと思うと、両手で額を覆って椅子に座った。 「……接近禁止命令が出ている奥さんが危篤状態なので、一目会いたいと言われたんです。 病室には入らず、ドアの前に花を置いていくだけだと」 「なるほど。 よく話してくれました。 花屋に化けた男が接触して来たんですか?」 アンが首を横に振る。 「いいえ。 30代前半くらいのパンツスーツを着た黒人の女性でした。 受付を通過したい夫の秘書をしていると自己紹介されました。 花屋のIDはもう作成済だと言って、コピーした物を渡されたんです。 『この店員が夫で、受付を無事に通れるようにして欲しい』と言われて…」 アンが黙る。 「言われて?」 ホレイショが促すと、アンが絶望の浮かんだ瞳でホレイショを見ると呟いた。 「…信じてもらえないと思います」 ホレイショが即告げる。 「私は信じます。 話して下さい」 アンがポツリポツリと話し出す。 「その夫の秘書の要求はそれだけだったんです。 私はデータの改変はしていません。 ただその夫が花屋として受付を通過しようとした時に、もしも疑われたら誤魔化して欲しいと言われました」 「改変はしていない?」 「そうです」 「では見返りは?」 アンは深いため息をつくと、観念したように答えた。 「キャッシュで1万ドル」 ホレイショがフフッと冷たく笑う。 「受付を無事に通らせる為だけには大金ですね。 裏があるとは思わなかったんですか?」 アンが涙ぐみながら答える。 「…娘が難病なんです。 うちで入っている保険では最低限の治療しか出来ない。 貯金も底をつきました。 1万ドルあればもっと高度な治療を受けさせられると思ったんです。 それに検察の証人の検査があるなんて責任者から聞いていませんでした。 だからつい…」 嗚咽するアンにホレイショが白いハンカチを差し出す。 「よく話してくれました。 精一杯、お力になります。 それで受け取った1万ドルは封をされていましたか?」 アンがハンカチで涙を拭うと「いいえ。バラで封筒に入っていました」と答える。 ホレイショは「ありがとう、ハリスさん」と言うと立ち上がった。

ともだちにシェアしよう!