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第24話
ホレイショがCSIのレイアウトルームに花屋に化けた犯人の防犯カメラの写真を壁に貼る。
そしてアン・ハリスの写真。
ディーンが再検査された部屋に残されていた足跡。
ボタンが飛んだディーンのシャツ。
ディーンの肩に残された指の跡。
ホレイショが口を開く。
「ではまず犯人の足取りを追おう。
アンは犯人を無事に受付を通過させるだけで、コンピュータのデータにはアクセスしていないと言った。
ウルフ、結果は?」
「アンの供述に嘘はありません。
アンが受付のデータにアクセスした痕跡はありませんでした。
但し、病院のメインサーバーに何者かが侵入した痕跡を見付けました。
ハッカーの仕業だと思われます。
このハッカーは只者ではありません。
暗号化されたディーンの検査の詳細にアクセスして、情報を手に入れています。
それと最新の赤外線センサーのソフトを使った可能性が出てきました。
メインサーバーで病院の設計図を手に入れ、全ての階の全ての部屋の熱量をパソコンを通じて測定し、ディーンのいる階と部屋を割り出したと思われます」
ホレイショのブルーの瞳がギラリと光る。
「ハッカーか…有り得るな。
あの集団にもハッカーがいるらしいからな。
つまりあの病院の協力者はアンだけだったという事だ。
カリーはどうだ?」
「ディーンが検査された部屋で、三回確認したけど、犯人の指紋は出なかったわ。
防犯カメラに映っていた通り、花屋が良く使うような手袋をしていたのね。
それとディーンが検査をした部屋に胡蝶蘭が隠されていた」
「胡蝶蘭?
随分豪勢だな」
ホレイショの言葉を受けてデルコが話し出す。
「あの足跡はどこのホームセンターにでも置いてある量産されている長靴の跡でした。
足跡に付着していた泥を調べたところ、胡蝶蘭に良く使われる肥料が混じっていました。
胡蝶蘭は高価な花なので、肥料も特別仕様で、胡蝶蘭の出処の花屋は直ぐに特定出来ました。
花屋は以前から病院に出入りしている店で、トリップによると昨日の午前中に、30代前半と見られるパンツスーツ姿の黒人の女性がキャッシュで購入したそうです。
領収書の名前は偽名でした。
それからアンが渡された1万ドルは、銀行から下ろされた物では無いので、所有者の特定は出来ませんでした」
するとホレイショが二枚の紙を壁に貼る。
一枚は鉛筆画の女性の顔で、一枚はその鉛筆画を元にモンタージュを使いパソコンで作成された物だ。
「これはアンと胡蝶蘭を買った時に対応した花屋の店員に協力して貰って作成したその黒人女性の似顔絵だ。
刑事課からマイアミ全土の警察には勿論、州警察にも流されている。
ナタリアはどうだ?」
「ディーンのシャツからは、手袋の材料と思われるビニール片が肩の部分に少しだけ付着していた。
手袋は長靴と同じくどこのホームセンターでも手に入る量産されている物よ。
ディーンと『接触』があったらしいから髪の毛一本でもと期待していたけど、防犯カメラの映像と同じくキャップを被って長袖長ズボンにエプロンと長靴で身を固めていたから、残念だけどDNAに繋がる物は何も出なかった。
以上よ」
ホレイショが凄みのある声で言った。
「このやり方はクラブ・ジョーで血を抜きディーンを拉致していたスティーブンとティモシーのやり方とはそぐわない。
ディーンを本気で奪い返す気であれば、あの二人なら病院のような目立つ場所では狙わない。
全てが場当たり的な犯行だ。
つまり『サム・ゴードン』達一味の単独行動だ。
だが一つ分かった事がある。
『サム・ゴードン』一味の四人組には、ロウィーナ・スペンサーのようなパトロンが複数いるという事だ。
多分アンに接触して来たのは、ロウィーナとは別のパトロンの部下だろう」
ウルフが「なぜそう言い切れるんですか?」と訊く。
ホレイショが似顔絵をチラリと見て続ける。
「重要なのは『アンで無くても良かった』という点だ。
本来、今日ディーンの検査時間に受付を担当をする人間ならば誰でも良い。
必要な事は花屋に化けた犯人が、受付を無事に通過させる事だけだからだ。
他に必要な事は、共犯者達が事前にハッキングやID偽造などをお膳立てしてくれているのだから。
だが、アンが選ばれた。
なぜか?
アンには難病の娘がいて、早急に金が必要だったからだ。
トリップが受付部署の全社員の財務記録を調べたが、他の受付担当でそこまで追い込まれている人間は居なかった。
人の弱味にとことん執着している卑劣なやり方だ。
ロウィーナ・スペンサーならもっとスマートに事を運ぶだろう。
ただ、なぜサム達のようなヤツらを、大金を払ってまで助けるのかは理解不能だが」
カリーがふふっと笑う。
「あの四人組じゃカルテルやギャングとは到底思えないものね」
「そうだな。
それに1万ドルをアンに支払い、ディーンに会いに来ただけというのもおかしな話だ。
ディーンに何かを伝えるか、脅しに来たと考えるのが普通だろう。
それに対してディーンが、犯人が望むような答えや態度を取らなかった為、犯人は怒ってディーンに暴力を振るったと推測出来る。
だが病院内の協力者がアンのみだったと分かったお陰で、トリップに五つ星ホテルの宿泊客の洗い直しに専念してもらえた」
「成果は?」とデルコが訊く。
ホレイショが頷く。
「トリップは聞き込みをしていて気が付いた。
料金の高い部屋は、ほぼバリアフリーになっている事を。
大男はロビーの端で隠れたりしていなかった。
車椅子を利用した可能性がある。
但し『サム・ゴードン』率いる四人組に該当する人物だという証拠も無い。
しかし突破口が開けた。
明日は刑事課と協力して、五つ星ホテル以外でも星付きの高級ホテルの宿泊客の中で、車椅子を使用している人物の捜索にローラー作戦で当たる。
今日はこれで帰って休んでくれ」
ホレイショの言葉に皆、お疲れ様などと言葉を交わしながらレイアウト室から出て行く。
カリーを除いて。
カリーがホレイショに静かに話しかける。
「ディーンの証言は?
話してくれないの?」
「…ディーンは…」
ホレイショが苦しそうに言葉を発する。
「何も覚えていない。
ただ…頭が割れるように痛くなり、私に大声で助けを呼んだと言っている。
だが警備に当たっていた制服警官は、ディーンの叫び声を聞いていない。
ディーンの一時的な記憶喪失は、記憶障害になりつつあるのかもしれない」
カリーが微笑んでホレイショを見上げる。
そしてやさしい声で言った。
「チーフがいればディーンは大丈夫。
記憶障害になったりしないわ」
ホレイショは暫くの沈黙の後、「ありがとう」と絞り出すように言った。
ホレイショが病室に向かうと、二人の警備の制服警官が椅子から立ち上がる。
「異常は?」
二人は声を揃えて「ありません」と答える。
ホレイショがガラス貼りの窓から病室の中を見る。
ディーンとジニーが笑っているのが見える。
ホレイショが窓をコンコンと叩くと、ディーンがハッと窓を見て、ホレイショと目が合うとにっこり笑う。
ジニーはというと、椅子から立ち上がり飛ぶようにドアまでやって来てドアを開ける。
「ホレイショ!
お疲れ様!」
「やあ、ジニー。
本当に来てくれたんだな。
嬉しいよ。
ありがとう」
「だって僕は今日、休日だよ?
僕はしたい事をしていい日なんだから!」
ホレイショが「そうだな」と言って微笑む。
するとディーンが拗ねたように「早く二人共こっちに来いよ!」と言った。
ホレイショはディーンのベッドの脇に座ると、ディーンの手をやさしく握った。
「無事で良かった。
検査は全部済んだと医師に聞いた。
MRIでも異常は無かったそうだな。
後は血液検査の結果だけだが、何も無ければ明日の午前中には家に帰れるぞ」
ディーンがパッと花が咲いたように笑う。
「ホントに!?
マジ嬉しい!
ホレイショありがとう!」
ディーンがホレイショに抱きつく。
ホレイショもディーンの背中に手を回す。
「頭はもう痛くないか?」
「うん!
でも朝の検査の後の事を思い出そうとすると、ズキズキ痛み出すんだ」
「それならもう思い出そうとするな」
「でも…思い出せば犯人を捕まえる役に立つかも…」
ホレイショがフフッとディーンの耳元で笑う。
ディーンがくすぐったそうに身をよじる。
「もう犯人は特定された。
後は逮捕するだけだ」
ディーンがガバッとホレイショから離れる。
「マジで!?」
「ああ。
マジもマジ。
大マジだ」
「聞いたか?ジニー!
ホレイショはやっぱりスゲェな!」
ジニーがえへんと胸を張る。
「そりゃそうだよ!
僕のボスだもん!」
ディーンがジニーにニカッと笑いかける。
「そうだよな!
ホレイショにお礼しなきゃなー」
ジニーがふっふっふっと不敵に笑う。
「僕は明日も休日!
したい事をする!
また豪華ディナーを作るよ!
三人でパーティーするのはどう!?」
「ジニーはやっぱ天才だよ!
ホレイショ、パーティーやろう!
三角帽子被ってさ!」
そうしてディーンとジニーが笑い合う。
ホレイショはその笑顔に誓う。
スティーブンとティモシーは勿論、『サム・ゴードン』一味も必ず逮捕すると。
「嘘だ!
絶対に何かの間違いだ!」
夜のマイアミ郊外の安宿のモーテルに、サムの怒鳴り声が響く。
カスティエルが「残念だが、それがディーンの心の中だ」と淡々と言う。
「もう一度…もう一度見せれくれ!」
カスティエルのトレンチコートの襟を掴むサムの頭をチャーリーがバシッと叩く。
「…チャーリー…何する…」
「サム!
もう言い飽きたけどね、冷静になりなよ!
キャスは今日、思いがけずディーンの心の中を見た。
そしてあんたと私とボビーとクラウリーの頭に手を当てて、その『心』を見せてくれた。
それだけでも、いつ消えるか分からない恩寵を使ってるのよ?
カスティエルの恩寵は切り札として取っておかなきゃ」
サムがドスンと音を立てて椅子に座る。
「じゃあチャーリーは、ディーンには『ポキプシー』も通じなくて、ディーンの心の中に僕達は居なくて、ホレイショ・ケインと中年の男で一杯だって認められるの!?」
「そしてそれは楽しさと幸福感で満ちていた、だろ?
元相棒」
クラウリーに訊かれて、カスティエルが「ああ、その通りだ」と答える。
「ディーンは私の感情の波動に直撃されて倒れた時、ホレイショ・ケインを必死で呼んでいた。
絶叫したんだ。
目の前にいる私には目もくれずに。
ディーンの叫び声は私の力で何とか小さく出来たが。
そしてあろう事か、涙を流しながら失神した。
あのディーンが、頭が痛いと言って無力な子供のようにホレイショ・ケインに助けを求めて泣いたんだ。
昔のディーンは何処にもいない」
チャーリーがチッチッチッと人差し指を左右に振る。
「でも収穫もある!
ディーンはキャスが誰だか分からなかった。
『ポキプシー』もね。
もしかすると記憶喪失なのかも!
そうすれば辻褄が合うわ!」
クラウリーがスコッチで口を濡らすと「まあそれしか考えられないよな。それよりも俺様に感謝の言葉も無いのか?警察無線を傍受したら、明日の朝イチから星付きホテルをローラー作戦で捜索することになっていた。いくら変装をしてたって警察にバレる。それで俺様が安宿の中でも最低ランクのモーテルをわざわざ押さえてやったっていうのに」とチクチクと嫌味ったらしく言う。
サムが疲れ切った声で「色々と感謝してるよ。ありがとう、クラウリー」と返すと、クラウリーがコホンとわざとらしく咳払いをする。
「それで俺様の作戦は明日決行で良いんだな?」
「はあ!?
明日!?」
サムとボビーとチャーリーが目をまん丸くしてクラウリーを見た。
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