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第25話
「明日!?
どう考えても急過ぎでしょ!?
なんでよ!?」
クラウリーが深いため息をつく。
「なんでよ?、だと?
チャーリー、お前だけは頭が良いと思っていたんだが、とんだ勘違いだったらしいな。
明日早朝からホレイショ・ケインがホテルにローラー作戦をかける。
ホレイショ・ケインはお前達を見つけるまでローラー作戦を続けるだろう。
だがお前達はい・な・い。
賢い俺様が状況を先読みして逃がしてやったからな。
しかし、お前達が『いた』痕跡を見逃してくれるような相手じゃない。
チェックアウトもせずに姿を消した事を知れば、今度はお前達を追って来る。
いつまで追っかけっこを続けるつもりだ?
あのバンパイアとディーンにご執着だったパトロンは、もうマイアミどころかフロリダ州を出たぞ」
「そうなのか!?」
サムが今度はガバッと立ち上がる。
「全く…。
お前達が右往左往して珍道中していた間に、ヤツらがフロリダ州を出た瞬間に俺様のまじないが発動するようにをしておいた。
俺様の部下がとっくに捕らえてる。
スティーブンとか名乗ってた人間は生け捕りにしたが、バンパイアの方は首を跳ねてるから、死体が腐る前にホレイショ・ケインに発見させなきゃならん」
ボビーが思わず怒鳴る。
「首を跳ねただと!?
なぜバンパイアも生け捕りにしなかったんだ!?」
クラウリーに詰め寄るボビーを、クラウリーが鬱陶しそうに手で払う。
「ホビー。
お前もお前の廃車場の車みたいに脳が錆び付いてるのか?
あのバンパイアを生かしておいて何になる?
お前達だって、あのバンパイアを見付け出して首を跳ねて退治するつもりだったんだろう?」
ボビーが図星を指されてぐっと詰まる。
クラウリーがニヤッと笑うと続ける。
「サムとディーンはマイアミで『血液バー』なる店を開いて大儲けしているバンパイアがいるという情報を掴んだ。
そしてバンパイアを倒すべくマイアミに来た。
だがマイアミどころかコロラド州で、怪物達が能力が使えない事を知らなかった。
そう、マイアミではバンパイアも能力を発揮出来ない。
その能力を発揮出来ない所に危険を承知でわざわざ行って、人間の新鮮な血液を飲むレアな体験をさせる。
良く考えたものだ。
あのバンパイアは頭が良いし商才がある。
そしてディーンを呼び寄せるチャンスにもなると踏んだティモシーとかいう人間も頭が良い。
利害の一致した一人と一匹は手を組んだ。
ティモシーに至っては三年も待った。
まあその間にお前達兄弟に気付かれないように、ストーカーはしていたけどな。
ティモシーのパソコンを見たが、ディーンの写真と動画の山どころか洪水だ。
だがティモシーはそれだけ愛しているディーンを手に入れる為に三年も待ったんだ。
それもこれも確実にディーンを手に入れる為だ。
頭が良い上に我慢強い…素晴らしいな!
そして罠とも知らずに、のこのこやって来たサムとディーンは二人にアッサリ捕まった。
まあキャスとボビーとチャーリーに、二人からの連絡が途切れたらマイアミのクラブ・ジョーを調べてくれと言っておいて保険を掛けていた事『だけ』は評価出来るがな。
そこでだ。
よーく考えろよ、この愚か者どもが!
あのバンパイアを生かしておく理由がどこにある?
答えは『無い』一択、プラス経費削減だ。
俺様はキャスにディーンに会いに行く計画を話す前に、胡蝶蘭を買い、受付の主任を買収しておいた賢い男だぞ。
その俺様がスティーブンを生かしておいて、バンパイアを始末しておくことの利用価値も分からんのか?」
数秒の沈黙の後、チャーリーが「分かった!」と言ってクラウリーをキッと睨む。
「クラウリー!
あんた、私達を犯人に仕立てるつもりね!?」
クラウリーがパチパチと手を叩く。
「ご名答。
前言撤回だ。
やっぱりチャーリーは頭が良いな。
お前達のいたホテルのペントハウスに、象でも眠りこける量の麻酔薬を点滴したスティーブンと、首を跳ねたバンパイアの死体を俺様の部下が置いてきた。
ティモシーの身体が麻酔薬に耐えられなければ、死体が一つ増えるけどな。
そして明日中にはホレイショ・ケインが発見して、お前達が復讐したか仲間割れを起こしたと考えるだろう。
これで一件目の事件は解決する。
そしてホレイショ・ケインはお前達の逮捕に全力を尽くす。
そこで昨日話した俺様の作戦を実行する」
サムがまたドスンと音を立てて椅子に座る。
「僕達、完全に犯罪者になるじゃないか…」
「サーム。
ホレイショ・ケインは犯人逮捕という骨に齧り付いた犬だ。
美味い骨程、良く齧り付く。
お前達が殺人事件の容疑者と確信させて、お前達を全力で追わせなければ、俺様の作戦は成功しない。
必要悪だ。
そして俺様の完璧な作戦は成功し、フロリダ州さえ出れば、キャスの恩寵でディーンの記憶喪失を治せるし、ホレイショ・ケインも追っ払う事が出来る。
めでたしめでたし!」
「そんなに上手く行くのか?」
カスティエルがポツリと呟く。
そんなカスティエルの肩をクラウリーがポンポンと叩く。
「元相棒。
そんなに落ち込むな。
今のディーンの心を直接覗いてしまったから、不安になるのも無理は無い。
だが、今のディーンは本物のディーンじゃない。
本物のディーンに戻ったらせいぜいラブラブしろ。
その為には俺様の作戦を成功させる事に集中するんだ」
クラウリーが皆を見渡して「さあ、明日の作戦始動の為にも早く寝ろよ~!」と機嫌良く言って部屋を出て行く。
「全く!いつからクラウリーがリーダーになったんだ!?」とボビーが文句を言えば、サムが「でもクラウリーの作戦以上に良い作戦が無いんだから協力するしか無い。ディーンを奪還する為には」とボビーを宥め、チャーリーは「私、お風呂に入って寝る~。おやすみ~」と言って部屋を出て行く。
カスティエルがそんな皆を見ながら「嫌な予感がする」と呟いたが、誰の耳にも届く事は無かった。
そして夜が明けた。
ホレイショは普段通り6時に起床した。
シャワーを浴び、仕事着に着替える。
そしてジニーの作り置きしてくれている料理で朝食を済ませ、ハマーに乗って出発した。
マイアミデイド署の警察官は皆忙しなく動いている。
今日のローラー作戦の準備の為だ。
ホレイショがCSIに着くと、早速カリーが「おはよう」と笑顔で挨拶して来る。
ホレイショが立ち止まらず「ああ、おはよう」と言うと、カリーもホレイショの隣りを歩き出す。
「なんだ?
出動の準備は出来ているか?」
ホレイショの言葉にカリーがにっこり笑う。
「ええ、勿論。
抜かりは無いわ。
今日こそ『サム・ゴードン』一味を逮捕する。
でもチーフは全ユニットに出動の号令をかけるだけでいい。
分かってるでしょ?」
ホレイショがフッと息を吐く。
「カリー。
ディーンは俺の仕事を理解してくれている」
「そうね。
でも理解していても、今、ディーンにチーフは必要なのよ。
特に今日みたいな日は。
ディーンは昨日も襲われた。
表には出さなくても、きっと物凄く怖がってる。
それに本当にチーフの家に帰れるか不安で一杯の筈よ。
出動命令を出したら、ディーンの元に行ってあげて」
「カリー…」
「私達はチーフの部下よ。
そしてマイアミデイド署の警察官は、チーフの立てた計画の指示に従い行動する。
どんな小さな手がかりも無線で連絡するわ。
だから私達を信じてディーンを家まで送ってあげて。
後はジニーに任せれば良いわ」
ホレイショは暫く黙っていたが、サングラスを外すと、「ありがとう、カリー。そうさせてもらう。報告は随時してくれ」と言って小さく微笑んだ。
そうして午前8時55分になった。
ホレイショの指示通り、各ユニットが担当のホテルに配置しているのが、レイアウト室の大画面に映る。
ホレイショは午前9時丁度に、無線で「作戦開始だ」と宣言した。
「ホレイショ!」
「やあ、ディーン。
退院おめでとう」
ホレイショがディーンを抱きしめる。
「主治医から聞いた。
何処も悪く無いそうだな」
ホレイショがやさしくそう言うと、ディーンは本当に嬉しそうに「うん!家に帰って良いってさ!」と弾んだ声で答える。
ホレイショはディーンを腕から解くと、「じゃあ着替えて。ジニーはとっくに家で待ってる」と言ってディーンに微笑むと、着替えが入った紙袋を渡す。
ディーンが「サンキュ!」と言って紙袋を受け取るとホレイショがカーテンを閉める。
ディーンが着替えながらカーテンの向こうからホレイショに話し掛けてくる。
「ホレイショ、仕事は?」
「今の俺の最優先の仕事はディーンを家に連れて帰る事だ。
その後、署に戻る」
「…じゃあ仕事があるのに来てくれたんだ」
「最優先事項だと言っただろう?
ディーンが気にすることは無い」
その時、カーテンが中から開いた。
「お待たせ!」
ディーンの美しい笑顔が眩しくホレイショを照らす。
「ディーン…綺麗だ」
思わず漏れたホレイショの一言に、ディーンがいつものようにボッと赤くなる。
そして「もう、綺麗とか言うなよ!早く帰ろ!」と言ってホレイショの腕を引っ張る。
ホレイショはディーンと歩き出した。
一時の幸福感に包まれて。
今日は特別に地下駐車場を使わせて貰い、二人は病院を出た。
ディーンはハマーの助手席乗ってご機嫌だ。
何度も「なあホレイショ。今日からずっとホレイショと一緒に暮らせるんだよな?」と訊いてくる。
その度にホレイショが「そうだ」と答えると、嬉しそうに笑う。
そして10分も走るとホレイショが突然無線を掴んだ
「こちらホレイショ・ケイン警部補。
黒のSUVに尾行されている。
ナンバーは外されていて無い。
ハマーの位置情報システムを使ってSUVを特定し、逮捕しろ。
私はこのままSUVを振り切る。
緊急事態になったら応援を呼ぶ」
『了解です、警部補』
ホレイショが「ディーン、運転が荒くなるから手摺に掴まってろ」と言う。
ディーンは真っ青になって「うん」と答える。
ホレイショがアクセルを目いっぱい踏み込んだ。
ホレイショがリモコンでガレージを開ける。
そしてハマーがガレージに収められるとシャッターが閉まる。
ホレイショは身体を小刻みに震わせているディーンのシートベルトを外してやり、軽く抱きしめるとディーンの唇に唇を重ねる。
そして唇を離すと鼻先が触れる距離で、「もう大丈夫だ、ディーン。良く頑張ったな」と言うと、ディーンが「尾行してきた車は…?」と訊く。
ホレイショがまたディーンを抱きしめると、「上手く行った。車は発見されたが乗り捨てられていた。徒歩の尾行者はいないし、車があった場所からハマーで走っていた俺達を尾行するのは無理だ」と冷静に答える。
ディーンは未だに震えながら「…家に入りたい…」と呟く。
ホレイショは「勿論だ。さあ行こう」と言ってディーンをぎゅっと抱きしめた。
ホレイショとディーンがガレージから家に入ると、ジニーが笑顔で向かえてくれた。
ホレイショが「車から荷物を運ぶからディーンを頼む」と言うと、ジニーは「了解!」と言ってディーンの座るソファの端にちょこんと座った。
そして黙りこくって俯いているディーンに「ディーン、僕がディーンを守るよ!」と力強く言った。
「…ジニー…?」
チラリとジニーを見るディーンに向かって、ジニーがニカッと笑う。
「だって友達だもん!」
「…ジニー…!」
「友達は助け合うんだよ!
ホレイショは僕が色んな人に追いかけられて困っていた時、助けてくれた。
僕は警察にも助けてってお願いしたけど、追いかけて来る人達は『法的手続き』っていうのをしてるから、僕もその『法的手続き』っていうのをしなくちゃいけなくて、それは警察の仕事じゃ無いって言われた。
だからホレイショが助けてくれた時、『なんで僕を助けてくれるの?警察官なのに』ってホレイショに訊いた。
そしたら言われたんだ。
『友達は助け合うものだろ?ジニー』って。
僕は『そうか!』って思った。
ディーンだって『そうか!』って思うだろ?」
「…うん…!」
ディーンの瞳が涙で滲む。
「ディーンは昨日まで病気だったんだ。
病気はね、はい今日から治りました!ってものじゃ無いんだよ。
身体を大切にしなくちゃ!
だからディーンを守るよ!
友達の僕が!」
「…うん…うん…」
しゃくり上げるディーンの頭をジニーがよしよしと撫でる。
ホレイショは二人に気付かれないように、ドアの影で暫く立っていた。
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