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第26話

だがディーンがホレイショの家に着いて15分もしないうちに、三人の平和な時間は一本の電話で壊された。 トリップからホレイショに『兎に角、直ぐに来てくれ!殺人だ!ホテルハバズのペントハウスで大変な事が起こった!』と電話が入ったのだ。 ホレイショはジニーに「俺が出たらレベル3の防御体制を取ってくれ!これからは全て無線電話で連絡を取る。それ以外は無視しろ。ジニー、頼んだぞ!」と緊迫した声で言う。 ジニーもいつになく緊張した声で「分かった!」と答える。 ホレイショはディーンを強く抱きしめると、唇に一瞬キスをして「ジニーの言う通りにして待っててくれ。何も心配いらない」と言うと「行ってくる」と言ってガレージに向かう。 ディーンがホレイショを追ってガレージに続くドアから出ようとすると、ジニーが「ディーン!部屋から出ちゃ駄目だ!」と叫んだ。 ディーンが立ち止まり、ドアだけを開け、その場で「ホレイショ!気を付けろよ!待ってるから!」と叫ぶ。 サングラスを掛けたホレイショがハマーに乗りながら右手を振る。 そうしてハマーはガレージから出て行った。 黄色い規制線をホレイショがくぐり抜け、サングラスを外すとトリップが駆け寄って来る。 「ホレイショ! 早かったな! 病院から尾行されたんだって!?」 二人は立ち止まらず、歩きながら話し出す。 「ああ。 だがその話は後だ。 状況は?」 「デルコの班が聞き込みで、車椅子を使っている若い大学教授が宿泊している事を知った。 連れは金髪の若い女性の秘書に髭を生やした父親の二人。 泊まってる部屋はこの五つ星ホテルのペントハウス。 そして一ヶ月分の部屋代をキャッシュで前払いしている。 但し支払いをしたのは教授親子と秘書じゃない。 30代半ばから後半で背が高い白人男性。 『ジョン・ラウラー』と名乗ったそうだ。 そして教授親子と秘書は、昨日の午後遅くに出掛けてから帰って来ない。 いかにも怪しいだろ? そしたら予感的中って訳だ」 「ホレイショ? ここよ!」 アレックスの焦った声に、ホレイショが足早に部屋の奥に向かう。 途中で証拠を採取しているカリーやウルフやナタリアがホッとしたようにホレイショを見る。 しゃがんだアレックスの前には、胴体だけの身体が仰向けに寝そべっていた。 「アレックス。 頭はどこだ?」 アレックスが「そこよ」と答えて、右手で指をさす。 2メートル先に首から上が転がっていて、デルコが写真を撮っていた。 そしてその奥に、救急隊員に囲まれてストレッチャーに乗せられている男がいる。 「あのストレッチャーの男は?」 「あの男は奥のラウンジの床に寝かされていたの。 大量の麻酔薬を点滴されてね。 瀕死の状態よ」 「麻酔薬? どんな?」 「全身麻酔に使う強力な麻酔薬よ。 それを点滴パックからキャンプ用の10リットル入るドリンク容器に移し替えられて点滴されてた。 空の点滴パックがそこら中に捨てられてるわ。 中身が入っている分と合計すると軽く20個は超えるわね。 それと首筋に点滴とは別の注射痕があった。 でも手術で麻酔医がコントロールしなくてはならない位強力な麻酔薬を、どの程度の分量を点滴されたのかは検査をしなければ分からない。 今、分かっている事は、血圧低下に脈も弱いという事だけ。 やっと生きている状態で予断を許さないわ」 「そうか。 じゃあこの首を切断されている死体は? 死因はやはり首を切断されたのが直接の原因の失血死か?」 アレックスが深いため息をつく。 「アレックス?」 「…それがね。 この死体、おかしいのよ。 肝臓の温度が10度しかないの」 「10度? だが硬直具合は…」 ホレイショの言葉をアレックスが遮る。 「ええ、分かってる! どう見ても24時間…いえ18時間以内よね。 腐敗具合からもそれは推測できる。 でも肝臓の温度はもっと前に死んだと言っている。 だけど冷蔵や冷凍されていた痕跡は無い。 こんな死体は初めてよ! 死因は首を切断された事による失血死で間違い無いと思うけど、調べさせて」 ホレイショが「ああ、勿論」と言うと「スパッと切られているな」と続ける。 アレックスが頷く。 「この犯人は刃物を使い慣れてるわ。 それに被害者には拘束された痕も防御創も無い。 恐らく顔見知りか不意をつかれて、被害者が後ろを向いた時に、一発で仕留められたのね。 でも垂直に立っている、もしくは座っている人間の首をこれ程見事に切断するのは、大変な事よ。 刃物を使い慣れてると言うより、『やり慣れてる』と言う方が正しいでしょうね。 それと二人共、財布が無い。 身分証明書の類いの物も無いわ。 それから…」 「殺害現場はここじゃ無い、だろ?」 アレックスが苦笑して答える。 「そうよ。 首を切断されているのに、カーペットには殆ど染みが無い。 どこか別の場所で殺されてこのペントハウスに運ばれたのね」 ホレイショは「ありがとう、アレックス」と言うと、サングラスを掛けて歩き出した。 そして数時間後、レイアウト室にCSIのメンバーが揃っていた。 壁にはいつも通り、事件で重要だと思われる写真が貼られている。 まずデルコが口火を切った。 「あのペントハウスは二日前の午前中に、キャッシュで一ヶ月分を前払いされている。 支配人はそう契約を結びたいと『ジョン・ラウラー』と名乗る30代半ばから後半の男に言われて、驚いてオーナーに連絡したそうですが、オーナーは契約を結べと言った。 その契約を交わした『ジョン・ラウラー』については、白人、身長190センチ位の引き締まった体型のダークスーツを着た男性という目撃情報以外何者かは分かりません。 そしてペントハウスは今もまだチェックアウトされていません。 ですが部屋には『サム・ゴードン』とボビー・サーストンとチャーリー・フーバーと男性一人…通称トレンチコートの男の指紋や髪の毛が残されていました。 四人共、インパラを売ったモーテル・シップスの部屋に残されていた指紋やDNAとも一致しています。 ただここで新たに男性一人の指紋とDNAが出てきましたが、データベースでのヒットはありません」 「いわゆる『サム・ゴードン』一味と男性のパトロンがいた可能性があるな」 「ええ、俺もそう思います。 それから首を切断されていた男は指紋データベースによると、クラブ・ジョーの会計士だったティモシー・ローランで、点滴をされていた男はオーナーのスティーブン・マーシーだと判明しました」 「やっとあの二人と『サム・ゴードン』が繋がったな。 ではカリー?」 ホレイショに促されカリーが話し出す。 「白いソファにバッグというか袋の繊維と銃の跡を見付けたの。 『サム・ゴードン』一味がモーテル・シップスでオーナーのモローに目撃されて写真に撮られた物と良く似ているわ。 繊維は薄いグリーンで血痕が付着していた。 DNAでは女性だという事以外分からない。 データベースにヒットしないだけでは無く、DNA鑑定をしてくれたナタリアによると、このDNAはボビー・サーストンの車内にあった限りなく人間に近いけれど、それ以外のDNA配列が複雑に変化している物と同じよ。 勿論、データベースにこんな配列のデータは無かったわ。 それとバッグの繊維から軍用品のリュックや手提げ袋に良く用いられる繊維だということが分かった。 それと…凄くおかしいんだけど…ソファにかなり大きなライフルの形がくっきりと残っていた。 製造番号は削られていて分からなかったけど、形から高性能のライフルだと分かる。 モローによると『サム・ゴードン』一味はズタ袋に何丁もの銃器やナイフや塩の缶まで無造作に入れていたらしい。 でもそんなに多くの物を入れた袋の底にライフルを入れるかしら? ソファに形が残っているという事は、重りになる物の一番下にライフルが少なくとも一丁は入っていたってことでしょ? 大型でしかも高性能ライフルにこんな扱い方する? 弾が入っていたら暴発する可能性は高いし、弾を込めていなくても大型で高性能のライフルは貴重な武器だわ。 普通は壊れ無いように注意を払って扱う物でしょう?」 ホレイショが「アイツらには常識は通用しない」と薄く笑う。 するとウルフが口を開く。 「ホテルの防犯カメラの映像を確認しました。 ですが二日前の午前0時から昨夜の午前0時までの48時間分の全ての映像が消されています。 ホテルに備え付けられている防犯カメラ全部です。 チェックインカウンターにある小型カメラまで、徹底的に消されているんです」 「それは外部からのハッカーの仕業だな?」 ホレイショの冷たい声に、ウルフが気まずそうに「ええ、その通りです」と答える。 するとナタリアが「じゃあ次は私ね」と話し出す。 「私はDNA鑑定があったから証拠写真を撮ってDNAのサンプルを回収するとホテルを出たの。 DNAの結果はカリーの報告した通りよ。 でもあのホテルは五つ星の超高級ホテルでしょ? それで高級車が次々と到着するのを見て、もしペントハウスに宿泊していたのが『サム・ゴードン』一味なら、どんな車でやって来たんだろうと、ふと思ったの。 だってボビー・サーストンが乗っていたツギハギだらけの車は証拠車両保管場にあるし、インパラは解体されてる。 残る車はモローの撮った写真の白っぽい古びた車だけ。 でもあんな車で五つ星ホテルに行ったら、駐車係に怪しまれて印象に残るわ。 それで帰り際に駐車係に聞き込みしてみたの。 変装した『サム・ゴードン』一味の特徴を話したら、駐車係は直ぐに答えてくれたわ。 『サム・ゴードン』一味は何とポルシェに乗ってたのよ! 駐車係によると35万ドル以上するらしいわ。 ツギハギだらけの車に古いインパラに車種も分からないような古びた車に乗っていた連中が、今度はポルシェよ!? あの連中、一体何なの!?」 ホレイショがフッと笑う。 「ナタリア、そう興奮するな。 あの連中は最初からおかしいんだ。 全てがな。 それでその件をトリップに報告して、そのポルシェの車種を緊急手配してもらったか?」 ナタリアが「ええ!」と言って、大きく頷く。 ホレイショが「良くやった」と言って、検死ファイルを手に取り皆を見渡したその時、テーブルに置かれていた無線電話の着信音がけたたましく鳴り響いた。

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