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第28話

トリップがホレイショのオフィスのドアをコンコンと叩く。 ホレイショのオフィスは硝子張りなので、トリップの姿を見たホレイショが手招きをすると、トリップがファイル片手にオフィスに入って来る。 「よう、ホレイショ。 報告書見たぞ。 催涙弾ならぬ麻酔弾を打ち込もうとしてたらしいな。 それを鉄板で弾かれ、逃げた。 しかも目撃情報じゃ『サム・ゴードン』一味じゃ無い。 とうとう『サム・ゴードン』達の失敗続きに業を煮やしたパトロンが、自分の部下を使って本格的に動き出したらしいな」 ホレイショがフッと笑うと頷く。 「目撃情報によると、犯人は防毒マスクを着けた黒づくめの190以上はある三人組。 体格と足跡からして男性だろう。 催眠弾は手作りだ。 今、過去に手製の銃を使用した犯罪者、それと手製爆弾を使用した犯罪者と、うちを襲撃したヤツらとの接点が無いかラボで解析中だ。 硝子を破り、催眠弾でディーンが眠ったところを拉致する計画だったらしいが失敗し、その上警官とスワットが向かっているのを知って、証拠を回収する事も無く慌てて黒のSUVで逃げて行った。 無様だな」 トリップが満面の笑みを浮かべる。 「窓が鉄板になってさぞ驚いただろうな。 それ以外の証拠は?」 「ある。 通気口からもガス状の麻酔薬を家の中へ送るつもりだったらしく、ボンベが残っていた。 黒い手袋をしていたとの目撃情報もあるが、麻酔弾と同じく犯人の痕跡が残っていないかラボで調べている」 「それでディーンは? ジニーも一緒だったんだろう? どうしてる?」 ホレイショの青い瞳がギラリと光る。 「トリップ。 ディーンの居場所は担当検事と検事局長と俺しか知らない。 カリー達にもまだ知らせていない。 カリー達に話すまで秘密を守れるか?」 トリップが目を剥き「当然だ!」と答える。 ホレイショが声を落とし「ホテルハバズ」と一言言う。 トリップがニヤッと笑う。 「良く考えたな! あの犯行現場に犯人は戻って来ない!」 「そういう事だ。 ディーンとジニーをパニックルームから出して、裏庭から隣りのメアリー夫人の車を拝借し、私服に着替えさせたベテランパトロール警官にホテルハバズまで送らせた。 『サム・ゴードン』一味とクラブ・ジョーの黒幕達を逮捕するまでの間、うちが襲撃された時に備えて前もって手筈を整えておいた。 避難場所のホテルは無作為に選ぶ予定だったが、『サム・ゴードン』一味が馬鹿げた殺人事件を起こしてくれたから、ホテルハバズになった。 まあクラブ・ジョーの二人組の心配は無くなったが」 トリップが腕を組み、口を一文字にしてホレイショを見る。 ホレイショはトリップを真っ直ぐに見て、「何だ?」と訊く。 二人の視線がぶつかり合う。 先に口を開いたのはトリップだった。 「ホレイショ。 『サム・ゴードン』一味が起こした事件は確かに馬鹿げてる。 でもそれだけじゃ無い。 ヤツらの残虐性と異常性を証明してる。 それをお前は誰より分かってる。 今すぐディーンの所へ行ってやれ。 警官が10人20人で警備するより、ディーンは安心するし、警備の質も格段と上がる。 お前がパニックルームから出してやった時、ディーンはまた酷い頭痛を起こしていて意識が朦朧としていたんだろう?」 ホレイショが「ああ」と言って瞼を伏せる。 そして「仕事中だ」と一言言う。 トリップがハハッと笑う。 「お前さんならそう言うと思ってたよ。 だけど刑事課もCSIも見くびるな。 何か掴めば直ぐにお前に連絡する。 30分で良い。 会って来い 」 「…トリップ。 気持ちは有難いが、俺はCSIの責任者であり、警部補だ」 「それが何だ? つべこべ言わずディーンのところへ行くんだ! 時速100キロでハマーを飛ばせ!」 ホレイショが微笑んで立ち上がると、サングラスを掛ける。 そしてトリップの横を通り過ぎて、オフィスのドアノブに手を掛けると、「ありがとう、トリップ」と言って出て行った。 ホテル・ハバスのツインの部屋のある階の一角は改装中として閉鎖されている。 通路を固めている警備員は、全て警官が変装した者達だ。 ホレイショが現れても誰も微動だにしない。 ホレイショは軽く頷くと、ある部屋の前で立ち止まり、カードキーで扉を開ける。 その瞬間、「ホレイショ!」とジニーの嬉しそうな声がする。 ホレイショは素早く扉を閉め部屋に入ると、「ジニー、俺が部屋に入ってから話す約束だろう?」と軽く笑いながら言う。 ジニーが「そうだった!ごめんね!」と言ってペコリと頭を下げる。 ホレイショはそんなジニーの肩をポンと叩くと、「気にするな。ディーンはまだ眠っているのか?」と声を落として訊く。 ジニーが途端にしゅんとして「うん」と答える。 そして今度はジニーが「その箱なに?」と訊く。 ホレイショは長方形の大きめな段ボールの箱を抱えて来たのだ。 ホレイショが花屋が留めたテープを簡単に剥がすと、中身は全て白い百合で埋め尽くされていた。 「時間が無かったから詰めるだけ詰めて貰った。 花弁は取り除かれているから花粉が着く心配は無い。 ジニー、花瓶に花を生けてくれないか?」 「分かった! でも…」 「でも?」 「きっとこの部屋に花瓶は1個しか無いと思うよ?」 ホレイショがフッと笑うと、段ボールから白い百合の花を一輪手に取る。 「花瓶じゃなくても花が飾れるなら何でも良い。 適当に花瓶になりそうな物を選んでくれ。 いつも俺の家で花を飾ってくれる様に、茎を切って高さを合わせれば良い。 頼む」 ジニーがニカッと笑って「分かった!」と言うと、段ボール箱を持ち上げて洗面所に向かう。 ホレイショが一輪の白い百合の花を手に、ディーンが横たわっているベッドに近付く。 ディーンはいつもの様に、美しくあどけない寝顔をしていて、ホレイショを安心させた。 ホレイショがベッドサイドに百合の花を置く。 するとディーンの長い睫毛が震え、うっすらと瞳が開く。 「……ホレイショ…?」 ホレイショがディーンの頬をそっと両手で包む。 「そうだ、ディーン。 頭痛は?」 「…頭痛…?なに…?」 ホレイショがフッと笑って一瞬ディーンの唇にキスを落とす。 「頭痛が無いなら無理に思い出さなくて良い」 「…そう?…この匂いは…花?」 「そうだ。 白い百合の花だ。 君に初めて出会った時、君はまるで白い百合の様に美しかった。 だから大量に買ってしまった。 ホテルは殺風景だろ?」 ディーンが儚げに笑う。 「それって犯罪現場だろ…? 俺はきっと酷い姿だった…それなのに白い百合の花だなんて…ホレイショ…」 「何だ?」 「抱きしめて」 ホレイショがディーンの顔から両手を離し、ディーンを強く胸に抱く。 ディーンが「ホレイショも百合の匂いがする…」と独り言の様に言うと、「家に帰る時、百合の花も持って帰る…寝室に飾って…リビングにも…」と続けるが、段々と声が小さくなっていく。 ホレイショが素早く答える。 「ああ、勿論そうしよう」 「ホレイショ…」 「何だ?」 「家に…帰りたい…」 ディーンはそう言うと全身の力が抜け、ホレイショの胸に倒れかかる。 ホレイショがディーンの首から脈を取る。 ディーンは規則正しく脈を打っていた。 ホレイショはディーンを胸に抱いたまま、ディーンに静かに語りかける。 「ディーン…必ず家に連れて帰る。 ビーチにも必ず連れて行く。 だから…だから…今は持ち堪えてくれ…」 ディーンはピクリとも動かない。 「俺の為に」と言ったホレイショの声は震えていた。 そしてホレイショは眠るディーンをジニーに託し、ディーンの主治医に今のディーンの状況を説明すると主治医は直ぐに診察出来る準備をして置きますと言ってくれた。 そうしてホレイショはマイアミデイド署CSIに戻った。 するとデルコが「チーフ!もう戻られたんですか?早かったですね!」と走ってやって来た。 「用は済んだ。 状況は?」 「あの麻酔薬ですがマイアミでは二件の病院でしか取り扱っていません。 購入出来る医師もそれぞれの病院の二人だけです。 ですが盗難にあっていません。 在庫のチェックをデータと実物で確認しましたが、事実でした。 それでコロラド州全土にも範囲を広げて調べましたが盗難届は出されていませんし、実際に盗難にあっていない事も確認済です。 あの麻酔薬は州外から持ち込まれています。 それと…」 「それと?」 「あの麻酔薬は確かに強力な全身麻酔用なんですが、形が古いんです。 名前は変えていませんが、ロットナンバーから約5年前に型落ちした物だと分かりました。 マイアミで購入が許可されている医師に聞いたところ、メーカーが最新の麻酔薬が発売された時に交換したと言うことで、この麻酔薬の精度を考えると、5年も前に型落ちした麻酔薬を使う麻酔医はいないだろうと断言していました。 つまり『サム・ゴードン』一味は、強力な麻酔薬を型落ちと言えども溜め込んでいる可能性が高いという事です」 ホレイショが頷く。 「今回の拷問で証明されたしな。 奴らは実力不足を補う為に、武器になる物は何でも集める主義らしい」 そうホレイショが言った時、カリーが「チーフ!」と言って駆け寄って来た。 「どうした?」 「たった今、スティーブン・マーシーが死んだわ。 彼は一度も昏睡から目覚めなかったそうよ。 遺体はCSIの検視局に運ばれる。 アレックスが検死を行うわ」 「良し、それでいい。 カリーは検死解剖に立ち会え」 「了解!」 カリーが足早に立ち去る。 ホレイショが振り返る。 「デルコ。 お前はナタリアと代われ。 ナタリアにはティモシーのDNA検査を徹底的にしてもらわなければならない」 「了解です! ナタリアに伝えて交代します」 「ああ、そうしくれ」 「はい!」 デルコがエレベーターに向かう。 するとエレベーターからトリップが一枚の紙を持ち、降りて来た。 「ホレイショ! 大変だ! 『サム・ゴードン』一味が犯行声明と犯罪予告を出した!」 デルコが立ち止まり、振り返る。 ホレイショがデルコに向かって頷くと、デルコはエレベーターに乗った。 トリップが気にする素振りも見せず続ける。 「これをマイアミ中のマスコミに送り付けやがった! ヤツらはマヌケだが、本物の気狂いだ! その上、テロリストだったんだ! クソッ!」 ホレイショが差し出された紙を手に取った。

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