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第29話

『マスコミ各位 マイアミの皆さんに真実を伝えたく、ここに声明する。 本日、ホテル・ハバズで発見された死体は、クラブ・ジョーの実際のオーナーのスティーブン・マーシーと会計士のティモシー・ローランだ。 この二人組は若く未来のある女性を何百人と殺してきた。 マイアミデイド署より先にこの二人組を見つけ出した我々は、正義の鉄槌を下した。 この二人組は裁判にかけられる事が無いと分かっていたからだ。 警察にも捕まらない、ましてや起訴も出来ない犯罪者に、誰かが正義を貫かねばならない事を我々は知っている。 そしてマイアミデイド署は重要証人という名のもとに、我々の血を分けた兄弟を警察の権力を使い、私的な理由から匿っている。 兄弟は今はただの民間人だ。 兄弟を返さなければ、我々はまた正義を果たすしか無い。 マイアミの全ての法執行機関に告ぐ。 マイアミデイド署で匿う兄弟を解放せよ。 明日の正午に兄弟の解放を、マイアミデイド署CSIホレイショ・ケイン警部補が記者会見で宣言しろ。 そして兄弟の引渡し方法の連絡を待て。 拒否するならば、ホテル・ハバズ以上の死体を目にするだろう。 そしてそれは目に見える犯罪者だけとは限らない。 人間には必ず人に言えない悪い秘密がある。 子供にも老人にも母親にも父親にも病人にも学生にも教師にも車のセールスマンにも警察官にも裁判長にも軍人にも。 我々は何処にでもいる。 悪い秘密の有る者は 滴に気をつけろ。 風に気をつけろ。 灰に気をつけろ。 銃やナイフなどは遊びに過ぎない。 我々は兄弟を奪還するまで正義の鉄槌を下し続けるだろう。 NYの息子より』 レイアウト室に映し出されたメールに、ホレイショ以外のCSIのメンバーが釘付けになる。 ホレイショが「どう思う?」と静かに問う。 カリーが瞬きもせず画面を見ながら口を開く。 「これは計算された犯行声明と犯行予告よ。 まず、まだマスコミに正式発表されていないホテル・ハバズの殺人事件を書いている。 これだけでもマスコミは食いつくし、この犯行声明と犯行予告をニュースで流すわ。 それにホテル・ハバスの容疑者兼被害者の氏名も書いてあるのよ? ニュースにならない理由が無いわ。 それと『重要証人』…つまりディーンを必ず取り戻すという執念を私達に伝えている。 それは『滴』…つまり液体の毒物を使う事も辞さないと言うこと。 それに『風』は恐らく毒ガスでしょうね。 それと最後の『灰』。 『死の灰』、つまり放射能を示唆していると考える科学者は大勢いると思うわ。 もし、それを科学者や化学に詳しい生徒がテレビや学校やSNSで口にしたら? マイアミには原子力発電所がある。 大パニックになるでしょうね」 ホレイショが頷く。 そしてカリーが今度はホレイショを見て続ける。 「『NYの息子』は『サムの息子』こと1976年から1977年の一年間で6人を殺害し6人に重症を負わせたデイビッド・バーコウィッツの二つ名を使って、自分は『サム・ゴードン』だと伝えていると考えるのが妥当よ。 だけどこの犯罪声明と犯罪予告には重大な間違いがあるわ」 ホレイショが微笑む。 「矛盾、だろ?」 カリーがにっこり笑う。 「そうよ! 自分達はクラブ・ジョーの犯人達に正義の鉄槌を下したと言っておいて、突然ディーンの話を出し、チーフがディーンを解放すると宣言しなければ、今度は犯罪者以外の普通の市民を標的にすると言っている。 だって秘密の無い人間なんていないもの。 これじゃあディーンを取り戻す取り引き材料として、クラブ・ジョーの二人組を殺したと自白したも同然だわ。 つまり『サム・ゴードン』達のディーンを取り戻すという真の目的を世間に晒した事になる。 これじゃあ世論は付いてこないわ。 いくら『滴』と『風』と『灰』で恐怖を煽っても市民を敵に回すだけよ。 チーフがテロリストとは取り引きしないと宣言する方を、市民は必ず支持する。 それなのにマスコミにこの犯行声明と犯行予告を送るなんて意味無いわ。 ニュースになって敵を増やすだけよ。 送るなら警察にだけ送ればいい。 もっと言えばチーフに。 矛盾してるのよ」 ホレイショが頷く。 「カリーの言う通りだ。 それに『NYの息子』などと持って回った言い方をすれば、余計にマスコミを喜ばす結果になる。 カリーはトリップとこの犯行声明と犯行予告の送信元を突き止め『サム・ゴードン』一味を追え。 デルコ、ウルフ、報告はあるか?」 ウルフが「はい」と答えて話し出す。 「ペントハウスにスティーブン・マーシーとティモシー・ローランを運んだ方法が分かりました。 ホテルには秘書から『教授がもっと高性能のパソコンと周辺機器を必要としている為、地元から運ばせペントハウスに設置させる。教授は普段から三台の大画面のパソコンを同時に扱っているのでかなり大きな荷物になるが、直通エレベーターを使用して運送業者に運ばせるのでお気遣い無く』と連絡があったそうです。 防犯カメラによると、今朝の午前3時にかなり大きな黒い箱が二つエレベーターに乗せられています。 体勢を変えたりすれば十分スティーブンとティモシーを入れられます。 それと配送会社ですが、制服などから架空の会社だと分かりました。 シルバーのバンをチラッと見たという証言も有りましたが、ハッキリと車を目撃した人はいませんし、防犯カメラの方は死角になっていて映っていません」 「そうか。 デルコ?」 「はい。 ペントハウスにスティーブンとティモシーを運んだ方法が分かったので、ペントハウスを徹底的に調べました。 そうしたらスティーブンとティモシーを運んだ物だと思われる箱が解体されていた物を、何も入っていないクローゼットの上段で発見しました。 ラボに持ち帰り検証しましたが、指紋は全く有りません。 汚れも一切無く、綺麗に拭き取られていて、尚且つ搬送した犯人は手袋をしていたと思われます。 但し血液反応は有りました。 スティーブンとティモシーのDNAと一致しました。 ですがナタリアによると、ティモシーのDNAはボビー・サーストンの車で発見された変異しているDNAと酷似しています。 ナタリアが今迄発見された変異したDNAとの関連性を調べています」 ホレイショが頷く。 そして凄味のある声で言った。 「良し、分かった。 いいか、皆。 アレックスの検死結果によるとティモシーの死亡時刻は分からないそうだ。 予測も出来ない。 何故なら発見された時、彼の肝臓温度は10度しか無かった。 それなら死亡してから数日以上は経っている筈だ。 それなのに死体は殆ど腐敗していないし、死後硬直も無い。 付け加えるならば、冷蔵や冷凍されていた痕跡も無い。 以上から『普通に殺されていた』のなら、ペントハウスに運ばれる直前という事になる。 それなのに肝臓の温度は死後数日以上経っていると言っている。 よってティモシーの死亡時刻を推定するのは不可能だという事だ。 それにティモシーのDNAは変異している。 つまりこれ以上ティモシーの過去や『サム・ゴードン』一味との接点を追っても時間の無駄だ。 そしてスティーブンも殺されてしまった。 スティーブンがディーンのストーカーだと分かった今、スティーブンと『サム・ゴードン』一味との接点は分かった。 だがスティーブンに尋問はもう出来ない。 こうなったらディーンを渡さずに『サム・ゴードン』一味のテロ行為を阻止し、逮捕する事に専念しよう」 レイアウト室にいた全員が厳しい表情で「はい」と答えた。 そして犯行声明と犯行予告は、二時間後にはテレビは勿論、ネットニュースにも流れていた。 各局が緊急特集番組を組んでいる。 アナウンサーやレポーターやゲストの識者達は皆、ニュース番組ごとに競い合う様に犯罪声明兼犯罪予告書を分析し、明日正午にホレイショが記者会見で何と宣言するか話している。 ネットではもっと無責任な推測も流れていたし、個人のSNSも勝手な意見がたれ流されていた。 だが修理と清掃を完全に終えたホレイショの家の中は静かで『幸せ』に満ちていた。 ジニーはホレイショに頼まれた通り、「ディーン、テレビとインターネットの回線はまだ壊れてるんだよ!」とやさしい嘘をつき、ディーンと二人でホテルから持ち帰った百合の花をリビングと寝室に飾り、パイを焼いた。 ホレイショはせめて明日の記者会見が終わるまではディーンにホテルに居て欲しかったが、病院での検査が終わると結果を聞くのは明日で良いとディーンは言い出し、家に帰りたいの一点張りになった。 その姿は必死で声に涙が含まれていて、それでも元気に見せようとするディーンに、ホテルに送ろうと病院に寄ったホレイショは逆らえなかった。 そうしてホレイショは一旦ホテルに寄ってディーンを匿っていた部屋の警戒解除をし、百合の花をハマーのトランクに詰めてディーンとジニーの三人で家に帰った。 ディーンが真っ先に玄関に入り、誰もいない家の中に向かって「ただいま!」と言う。 ジニーも「ただいま!」と言ってディーンと笑い合う。 そして二人は玄関を開けっ放しにして外に出て来ると、ハマーから百合の花を家に運ぶ。 ディーンは本当に幸せそうだった。 ホレイショも思わず微笑みが漏れてしまう。 だが、今のディーンに無理をさせる訳にはいかない。 ホレイショはジニーと一緒に百合の花を飾っているディーンにさり気なく「疲れたら直ぐに横になるんだぞ。俺はまだ仕事がある」とだけ言ってディーンの頬にキスをした。 ディーンは「急に何すんだよ!」と言って、ホレイショにキスされた頬を押さえて真っ赤になった。 ホレイショは頬にキスくらいと思ったが、ディーンはチラチラとジニーを見ている。 きっとジニーに見られたかもしれないと思って恥ずかしかったのだろう。 ホレイショの胸が愛しさで、痛い。 ホレイショはディーンの髪をくしゃっと撫でると、「分かったか?」と続けた。 ディーンは「はいはい!早く仕事片付けて帰って来いよ!」と唇を尖らせて答える。 ホレイショはクスッと笑うともう一度ディーンの髪を撫で、「じゃあ後でな。ジニー、家事の件でちょっと」と言ってジニーを呼ぶと、サングラスをかけ玄関に向かった。 ホレイショはジニーに、自分が戻るまで家に居て欲しい、施設長の許可は自分が取るし、帰りは施設まで送るからと言った。 ジニーはいつものようにニカッと笑うと「分かった!」と言った。 それとテレビやインターネットを回線がまだ復旧していないと言ってディーンに見せないで欲しいと付け加えた。 そしてディーンのスマホは自分が持っているし、代わりの電話とメール機能しかない携帯電話も二つ用意してあるからと。 ジニーは「何で嘘をつくの?」と訊いてきたのでホレイショはサングラスを取ってジニーの目を真正面から見ると、「ディーンを心配させたり傷つけて悲しませるニュースを見せたくないんだ」と正直に言った。 ジニーは今度はニカッと笑わなかった。 笑わない代わりにホレイショの手を取った。 まるで病気の子犬を励ますように、そっと。 「ホレイショは昔からずーっとやさしいね。 やさしい嘘なら僕もつけるよ!」 「ありがとう、ジニー」 ホレイショがジニーの手をしっかり握り返すと、ジニーはニカッと笑った。 そして再びホレイショはサングラスをかけるとハマーでマイアミデイド署に向かい、ジニーは静かで幸せな家に戻ったのだった。 ホレイショがCSIの階でエレベーターを降りると受付に寄りかかっていたカリーがにっこり笑って「待ってた」と言った。 「何かあったか?」 「そうじゃ無いの。 チーフにお客様よ。 オフィスで待ってるわ」 「客?」 カリーが一瞬唇を噛むと答えた。 「FBIよ」

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