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最終話
AVラボに居るカリーにドアを開けながらデルコが声を掛ける。
「カリー、また地図を見てるのか?」
カリーがくるっと振り返る。
カリーのグリーンの瞳に浮かぶ怒りをデルコが確認する度に、悲しみがデルコの胸を刺すことをカリーは知らないだろうとデルコは思う。
カリーは怒りで悲しみを打ち消していているから、他の人間の『同じ』悲しみに気を配る心の余裕が無いとデルコは分かっているからだ。
「だってどう考えてもおかしいわ!
こんな爆発有り得ないもの!」
AVラボの大画面に広がるのは、マイアミがあるフロリダ州とジョージア州との州境の地図だ。
丁度州境にコンパスを置いて500メートルの半円を描くようにジョージア州側が赤く染まっている。
しかも州境の一直線とは言えない道をくっきりとジョージア州だけに。
FBIの作戦が失敗した夜から三日後、作戦の指揮を取っていたシュレー特別捜査官がホレイショの元に訪れた。
FBIとしては異例の謝罪をする為に。
シュレーはディーンが消えた日の16時30分にホレイショが持たせたディーンの携帯電話に電話を掛け、16時42分にディーンをマイアミデイド署のパトカーそっくりに仕立てた車にディーンを乗せ、『サム・ゴードン』一味に指定されたジョージア州との州境にヘリコプターで連れて行った事を認めた。
「ディーンに電話で何と言ったんだ?」
というホレイショの問いに、シュレーは決まりの悪そうな態度を隠さず、「作戦に協力してくれたらFBIも君とホレイショ・ケイン警部補がこれからもずっと一緒に暮らせるように最大限の協力をする、と言った。そうしたら彼は二つ返事で協力すると言ってくれたんだ」とボソボソと答えた。
「そしてディーンは死んだ、だろ?」
シュレーが両手で顔を覆う。
「…すまん。
こんな結果になるなんて予測もつかなかった…FBIの誰一人…」
シュレーの作戦はこうだった。
『サム・ゴードン』一味からのホレイショへの返信が『フロリダ州とジョージア州の州境のある場所へ今夜午前0時に兄弟を連れて来い。そしてまず兄弟かどうか確認する為に握手をさせろ。連れて来なければ我々の宣言を直ぐに実行に移す。マイアミに仲間が控えている事を忘れるな。』というものだった為、握手をする距離ならば本人で無ければ無理だろうという意見でFBIの作戦実行部隊は一致した。
そこでディーンに『協力』を頼み、指定された場所に連れて行った。
「だが失敗する筈は無かったんだ…」
力無くシュレーが言う。
フロリダ州側にもジョージア州側にもFBIのスワットを配置し、ディーンが『サム・ゴードン』一味と握手をした瞬間、『サム・ゴードン』一味を制圧し、出来れば生きて逮捕する手筈だった。
勿論、ディーンにかすり傷ひとつ負わせたら、銃殺しても構わないと指示していた。
『サム・ゴードン』一味は全員でやって来た。
いつの間にか。
ホレイショのブルーの瞳がギラリと光る。
「いつの間にか?」
「…そうだ。
車を見た者は誰もいない。
私もだ。
奴らは『いつの間にか』奴らが指定したフロリダ州とジョージア州の州境に四人で並んで立っていた」
そして防弾ベストを着せられたディーンが一番背が高い男…『サム・ゴードン』と握手というより手が触れた瞬間、辺りは真っ白な眩しい光に包まれた。
シュレーも眩しすぎて一瞬目をつぶった。
そして1秒足らずで瞼の裏から明かりが消え、瞳を開けると『サム・ゴードン』一味もディーンも消えていて、ジョージア州側の地面『だけ』が、まるで爆撃でもされたような跡が残っていた。
「ただ、それだけだ。
我々が分かった事といえば」
シュレーが自嘲気味に言う。
『爆弾を使った跡』は爆弾を使用した痕跡も無かったし、もっと言えば人間の組織も見つからなかった。
但し、アスファルトで舗装されていた道路は分子レベルで破壊されていた。
つまりあの一瞬では誰も逃げる事は不可能で、分子レベルで破壊されていたという事は人間も生きてはいられないという事だ。
『サム・ゴードン』一味は『自爆』したのだ。
ディーンを道連れに。
「本当にすまなかった」
シュレーは立ち上がると深々とホレイショに頭を下げて去って行った。
ホレイショは涙も出なかった。
そしてその翌日、ホレイショのスマホに不思議なメールが届いた。
差出人のアドレスが表示されておらず、たった一行『D カンザス レバノン 酒屋』とだけ。
AVラボで徹底的に分析したが、何処から誰が送ったメールかは判明しなかった。
AVラボの責任者はお手上げ状態で、「まるで魔法みたいに降って湧いた単語の羅列ですね」と言った。
ホレイショはサングラスを掛け「ありがとう」と言うと、CSIを出て花屋に向かった。
カリーがファイル片手にクスッと笑う。
ホレイショがオフィスの窓の外を見ながら「何だ?」と訊く。
「だって!」
カリーがホレイショのデスクの銀色に光る写真立てを見つめて答える。
「ここはマイアミよ?
なぜマイアミの絵葉書を写真立てに入れてるの?」
ホレイショが小さく微笑む。
「なぜかな。
白百合の花束を送ったら、そのハガキが届いた」
「そう…。
ハガキには何て?」
「何も」
「何もメッセージは無いの?」
「ああ」
カリーがホレイショの横に静かに並ぶ。
窓の外は夕陽が輝いていた。
「ジニーにも届いたのね?」
「ああ。
マイアミデイド署、ホレイショ・ケイン様付、ジニー・スミス様と、な」
「消印は?」
「そんなものはどうでもいい」
「そうね…。
とても素敵ね」
「ああ」
カリーがホレイショから離れ、デスクにファイルを置くと、そっとホレイショのオフィスから出て行く。
カリーはホレイショがわざと純銀のフレームにしたんだと思った。
銀ならば放ってはおけない。
必ず磨く事になる。
その度にチーフはあの絵葉書を見つめるんだわ…
いつも見つめている以上に。
きっとジニーもお揃いの写真立てを持っている。
ジニーは毎日磨いていることだろう。
そして『彼』は白百合の花束を持ってどう思うのかしら?
その時、正面からやって来たデルコが驚いたように言った。
「カリー?
何で泣いてるんだ?」
「えっ…」
カリーが自分の頬に触れる。
確かに涙が零れていた。
カリーは指先でパパっと涙を払うと、にっこり笑った。
「とっても素敵なお話を聞いたから。
感動しちゃったのね」
「へえ!
どんな話?」
「ナイショ!
魔法が溶けると困るわ。
それよりデルコ、銃から指紋は出た?」
「え?ああ、勿論!」
「じゃあ次はナタリアにDNAの結果を聞きましょう。
それで令状が取れるわ」
「そうだな!」
カリーとデルコが並んでDNAラボに向かった。
小さな田舎町のレバノンにある、たった一軒の酒屋に今日も花束が届く。
『お手数をおかけいたしますがディーンに渡して下さい』というメッセージが添えられて。
酒屋の主人は何も言わないし、ディーンは「ありがとう」とだけ言って花束を受け取ると、一人インパラに乗って近くの湖を目指す。
そして湖のほとりで花束を胸に抱いて、その香りを吸い込む。
いつも、いつも、思うこと。
「愛してるって言って無かったな…」
言えば良かった。
幸せが続くと信じていたから、いつでも言えると思っていた、何も知らなかった自分を思い出す。
そしてディーンは花束を湖にそっと流すと、別れの日になった朝、ジニーがプレゼントしてくれたマイアミの絵葉書をポストに投函するのだ。
「ディーン!
この絵葉書の場所を全部回ろうよ!」
と言ってニカッと笑ったジニーを思い出しながら。
~fin~
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