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第2話
「ええ、ええ、分かったわ。
ホレイショ・ケインが必要だと言う情報を全て渡しなさい!
そう、全てよ!
何度も同じことを言わせないで!
今度同じことを言わせたら、首をちょんぎって地獄の猟犬に食わせてやるから!」
ロウィーナが通話をブチッと切ると、スマホをソファに投げ付ける。
そしてクラウリーがひょいっとスマホを避ける。
「おいおい母さん…随分物騒だな。
何かあったのか?」
ロウィーナがキッとクラウリーを睨む。
「あんたの部下の悪魔は本当に使えないヤツばかりね!
それとスマホは避けるんじゃなくてキャッチしなさいよ、この能無し!」
「ハイハイ…」
クラウリーがやれやれとスマホを掴むとロウィーナに差し出す。
「これでいいか?
それで何があった?」
ロウィーナがスマホをパッと掴むと忌々しげに言った。
「デイジー・ニーナサービスのマイアミ支店で殺人事件に関わる何かがあったらしの!
それで顧客名簿と派遣社員の名簿の任意提出を求めてきたのよ!
あのホレイショ・ケインが!」
「デイジー・ニーナサービスって…あのフロリダ州で展開している子守りの派遣会社だろう?
殺人事件?
まさか…!」
そう言って笑おうとするクラウリーの持つスコッチの入ったグラスが、バンッと音を立ててクラウリーの手の中で砕ける。
「母さん…!
酷いじゃないか!」
「うるさいうるさいうるさい!
あんたも十字路の悪魔から地獄の王に上り詰めたんだから、商売のことだって少しは分かるでしょう!?
フロリダ州では私がホレイショ・ケインに10年以上掛け続けた『幸せ』のまじないがホレイショ・ケインから溢れ出し、悪魔も天使も魔女も怪物も賢人も力を発揮出来なくなった!
だからコツコツやるしか無いのよ!
あのデイジー・ニーナサービスだってただの子守りの派遣会社じゃない!
『ただの子守り』の中から選りすぐりの子達を金持ちの家に派遣して、あらゆる情報を手に入れてるのよ!
別にスパイさせる訳じゃない。
夫や妻の趣味嗜好なんかを自然に覚えさせて自然に聞き出す。
どんな些細な情報だって金に繋がるんだからね。
それを投資の参考にするの!
分かる!?」
「……それは自業自得じゃないか?
母さんがそんな強力なまじないを掛けなければ、フロリダ州だって無事だった訳だし。
それに母さんはまじないを使えるんだろう?」
「ほんっとうにお前って馬鹿ね!
その残り少ない髪の毛を消してやろうか!?」
クラウリーが思わずパッと両手で頭を抱える。
「あのねぇ…。
私は年100万ドルを受け取って、ホレイショ・ケインにまじないを掛けてるのよ?
そんな美味しい話を蹴るヤツが何処にいる?
しかもそのスポンサーは、ホレイショ・ケインが爆弾処理班にいた時に8才の双子の子供を首輪爆弾から助けてもらった母親で、心底ホレイショ・ケインを尊敬し敬愛している。
その上、私にポンッと100万ドル払える超お金持ちの権力者の妻で暇を持て余してる有閑マダム。
いつもホレイショ・ケインが『幸せ』かどうか見守ってる…いえ見張ってる!
つまり私も見張られてる!
私がまじないでおかしな行動を取ったら、100万ドルの振込が止まるのよ!
だからフロリダ州ではコツコツやっていくしかないの!
まじないはスパイス程度で!
そうやってデイジー・ニーナサービスをフロリダ州だけでも20店舗まで広げたのよ、この私は!」
「わ…分かった…分かりました…。
母さんは流石天才魔女だな~。
しかも子守り屋だけじゃなくて他にも複数企業を展開してるなんて素晴らしいな~」
クラウリーのごますりに満ちた声に、ロウィーナがニヤリと勝ち誇った様に笑う。
「でしょう?
それにお前も一枚噛ませてやるなんて、天才魔女ってだけじゃなく、心やさしい母親を持ったことを感謝しなさいな」
「いつだって感謝してるよ、母さん!
そうだ!
今からフロリダに飛ばないか?
マイアミの殺人事件の詳細が分かれば母さんも安心だろうし、この際、他の企業の抜き打ちテストをしてみるのも良いんじゃないか?」
「…そうね!
フロリダには半年行ってないし…。
ベガスもそろそろ飽きたわ。
お前にしちゃ良い考えじゃないの、ファーガス」
ロウィーナがにっこり笑ってパチンと指を鳴らす。
次の瞬間、ロウィーナはクラウリーの前から消え去っていた。
「チーフ、ちょっと良いですか」
デルコが情報分析ラボから顔を出す。
「ああ、何だ?」
「エミリー・ワイズは今、男の子がいる家にシッターには行っていません。
ただ記録に不審な点を見つけました。
それでもう一度彼女を呼んでもらえますか?」
「良いだろう。
だがまずは不審な点を確認してからだ」
ホレイショが素早く情報分析ラボに入って行った。
そうしてエミリーはまたマイアミデイド署のガラス張りの待合室にいた。
「私に聞きたいことって何ですか?」
椅子に座ってホレイショを見上げるエミリーは、少し不安そうだが無邪気に訊いてくる。
自分の話が捜査の役に立ったと思っているようだ。
ホレイショがエミリーの前に立ったまま、口を開く。
「エミリー、君のデイジー・ニーナサービスでの記録を見た。
君は優秀だな」
「どうも」と言って、エミリーがニコッと笑う。
「ただ…スローン宅の記録に『T』とある。
アンダーソン氏に確認したらtransfer…『移動』の『T』だと分かった。
アンダーソン氏によると、平たく言えばクビになったことを意味すると。
君はシッター中に男を家に入れたらしいね。
そしてスローン家をクビになった」
エミリーが憤慨した表情で言い返す。
「違います!
アンダーソンのヤツ…!
あれ程誤解だと説明したのに!
私にそんな評価を付けるなんて!」
「では誤解された経緯を話してくれないか?」
エミリーは深呼吸すると「いいわ」と言って話し出した。
「私はスローンさんのお宅の3才になる女の子のシッターに行っていたの。
期間は10日間で泊まり込み。
丁度、スローン家主催のチャリティーイベントがあって、ご夫妻が忙しかったから。
だけど実は私も忙しかった。
あるゼミで論文を提出する期限と重なっていたから。
でもその女の子…アビーは3才で寝かしつけるのは8時だし、アビーは朝は早いんだけど一度眠ったら朝まで起きたりしないの。
だからアビーを寝かしつけてから、私はアビーの隣の部屋で勉強していた。
勿論スローン夫妻も許可してくれたし、何なら応援してくれてたわ。
でも私が休日をもらっていた論文提出の日の前日に、スローン夫人がアレルギーの発作を起こして倒れた。
だけど症状は軽くて、一泊入院すれば帰れるということだった。
だから私はご主人のスローンさんに頼まれたの。
休日を返上してくれないかって。
勿論ボーナスとして料金を弾むからって。
それで友達に論文を教授に渡してもらおうと考えた。
だから友達に頼む前に教授に確認の電話をしたの。
事情を説明して友達が代理で提出しに行きますって。
だけど…教授は納得してくれ無かった…。
私が友達に代筆させたものを、友達が代理と偽って教授に渡すかもしれないと言って」
そこでエミリーは一旦口を閉ざした。
「それで?」とホレイショが促す。
エミリーは意を決したように、また話し出す。
「それで…私はお金がかかってもいいからバイク便を頼もうとした。
でも教授はそれも拒否した。
だから私は親が病人になったのに、シッターを断るなんて出来ないから、再提出の時に提出しますと言った。
そしたら教授が同情してくれて、自分でスローン家に取りに行ってやると言い出した。
私は困ったわ。
女友達ならスローンさんも納得してくれるだろうけど、一生徒の為にわざわざ教授がシッター先に論文を回収しに来るなんて聞いたことが無いもの。
教授は男だし、絶対恋人か何かの関係があるだろうと誤解されて、大人の家族がいない間に家に入れたと思われて、デイジー・ニーナサービスに報告されて、デイジー・ニーナサービスをクビになると思ったの。
だから丁重にお断りして、採点が下がっても良いから再提出時に提出しますと再度言って電話を切った。
論文の内容に自信もあったしね。
なのに教授ったら来たのよ、スローン家に!
しかも夜の9時に!
スローンさんは秘書を連れて病院に行っていたし、使用人も帰った後だっていうのに!
それにスローン家の門は、表門も裏門も暗証番号を入れなければ門は開かない。
それなのに教授は表門を開いて、玄関まで歩いて来てインターフォンを押した!
スローン家は防犯カメラだらけなのよ!?
それに私は慌ててしまって、玄関のドアを開けてしまった。
そして論文を渡して教授を追い返したんだけど、その一部始終は防犯カメラに記録されていたわ。
勿論私はスローンさんが帰って来た時に直ぐに事情を説明した。
スローンさんは私に怒るというより、教授がなぜ暗証番号が分かったのかを気にしていて…言葉にはしなかったけど私が漏らしたと思われた。
特に話を聞いた入院中の夫人がね。
スローンさんは私はそんな子じゃないと庇ってくれたけど、夫人は発作の治療やチャリティーイベントが無事開催出来るか不安で気が立っていたのね。
10日分のお給料全額とボーナスも支払ってくれたけど、私は教授が来た次の日に家を出された。
それで私からアンダーソンにも報告したし、スローンさんからも報告があった筈よ。
アンダーソンは変人の教授の下で勉強するのは大変だねって笑っておしまい。
それに直ぐ次の仕事を紹介されたから、スローン家のことは誤解が解けたんだと思ってた。
でも記録に残してたのね…」
ホレイショの青い瞳がギラリと光る。
「エミリー。
スローン家に中学生か高校生の子供はいなかったか?」
エミリーが「ええ、いたわ」と即答する。
「中学3年生のベンが。
でもベンはスローン夫人が倒れた日に、急遽スローン夫人の祖母の家に預けられたの」
「それを知っている人は?」
「スローン夫妻と夫妻の秘書と私と使用人だけよ」
「近所の人は?」
「そうね…突然決まったことだし、夫人が倒れて1時間もしないうちにお祖母様が迎えに来たから、近所の人も知らないと思う。
それにスローン家の屋敷は大きいし、何よりスローン夫妻はチャリティーイベントの成功に心血を注いでいた。
夫人が倒れたことだって最小限の人にしか伝えていないと思うわ」
「だが、救急車は来た」
「ええ」
ホレイショが微笑む。
「何度もありがとう、エミリー。
協力感謝する。
最後にその教授の名前を教えてもらえるかな?」
エミリーがホッとした表情になる。
「ええ、いいわ。
哲学科のミッチェル・ボーン教授よ」
デルコとカリーが居る指紋ラボにズカズカとトリップが入って来る。
「くっそー!
あの教授、食わせ者だぞ!
三件の事件のアリバイが全部完璧ときた!」
カリーがクスッと笑う。
「それって容疑者から外すべきってことじゃない?」
「いや!
アイツには絶対何かある。
俺の刑事の勘だ!
デルコ、名刺交換をした時の指紋はどうだ?」
デルコが残念そうに首を横に振る。
「なんと駐車違反もナシ!
経歴は真っ白だ。
それでボーン教授は、なぜスローン家の表門の暗証番号が分かったって言ってるんだ?」
「『哲学的思考』だとさ。
エミリーと話して、スローン家では父親に全ての決定権があると推測し、そういう人間が好む番号をスローン氏の人間像に当てはめてまたも推測したんだと。
何が言いたいのかさっぱり分からん!」
カリーがポンポンとトリップの肩をやさしく叩く。
「落ち着いて。
それでエミリーに関しては何て言ってるの?」
「優秀な生徒を正当に評価してやりたかっただけだと!
抜け目の無いヤツだ」
デルコが腕を組んで頷く。
「それでチーフは教授の金の流れを追うと言ったんだな」
トリップがフーッと息を吐く。
「そういうことだ。
理由はどうあれ、教授を不法侵入で引っ張れないこともない。
だから金の流れを追うくらいなら問題無いと踏んだんだろう」
その時、トリップのスマホが鳴った。
「お、噂をすればホレイショだ」
「スピーカーにして!」
カリーにそう言われて、トリップが通話をスピーカーにする。
「ホレイショ、何だ?」
『ボーンがデイジー・ニーナサービスと繋がった。
デイジー・ニーナサービスの実質的オーナーのロウィーナ・スペンサーの経営している店のひとつの常連客だ。
店は『クラブ・ラミー』。
これから聞き込みに行くからお前も来い。
それからデルコ、カリーも聞いてるだろうが、先月『クラブ・ラミー』のワンブロック先で、『クラブ・ラミー』の顧客の未解決事件があっただろう?
あの証拠を徹底的に洗い直せ。
特にボーンとの接触点がないか。
ウルフとナタリアにも伝えて全員で当たれ。
トリップ、五分後に駐車場で合流だ』
ホレイショからの通話が切られ、トリップが「そういうことだ。じゃあな」と言って足早に指紋ラボから出て行く。
デルコが内線電話を掴み「ウルフを呼ぶ」と言えば、カリーも「ナタリアに電話するわ」とスマホを取り出した。
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