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第3話
『クラブ・ラミー』マイアミ本店は、荘厳な地上三階地下一階建ての建物だ。
イギリス調の庭園の手入れも素晴らしい。
一見しただけではストリップクラブには見えない。
そして12月が始まったばかりだというのに、もうクリスマスの飾りが美しく完璧に彩られている。
ホレイショがハマー、トリップがセダンを正面玄関に着けて車から降りると、正面玄関の左右に立っている身長2メートルはあるスキンヘッドでいかつい二人の男が眉を顰めた。
見るからにクラブのセキュリティガードという雰囲気だ。
だが彼等が飛んで来ないのは、警察車両だと分かっているからだろう。
トリップが警察バッチを見せながら二人に声を掛ける。
「マイアミデイド署のトリップとケインだ。
先月にも会ったな。
責任者に会いたい。
ジミー・ノヴァックさんはいるか?」
左側の男がインカムで「ノヴァックさん、マイアミデイド署のトリップさんとケインさんがいらしてます」と慇懃に言うと頷いて、「ええ、はい、分かりました」と続けた。
そしてトリップとホレイショに素っ気なく「ご案内しますよ」と言って、正面玄関の扉を開けた。
一階のホールでは三人の清掃員達がせっせと最後の仕上げに励んでいる。
ホールにはストリップを思わせる物は何も無く、高級感溢れるカウンターバーとボックス席が幾つかあるだけだ。
ホレイショとトリップがセキュリティガードの男に続いてホールの中央を横断して行く。
トリップは並んで歩くホレイショに、「まるで一ヶ月前のデジャブだな」と囁く。
ホレイショが「ああ」と短く答える。
そうして一ヶ月前と同じく、一階の奥の階段から地下一階へと案内される。
男は地下一階の豪華な彫刻が施された木の扉の前に立つ、同じようなセキュリティガードの男に耳打ちをして、ジロリとホレイショとトリップに視線を投げると、今来た階段を上って行く。
そして扉の前に居た男がノックをして、「ノヴァックさん、お連れしました」と言った。
中から「ありがとう。君はそのまま外に居てくれ」と一本調子な声がした。
男が「はい」と返事をして、扉を開く。
ホレイショはこれもまたデジャブだな、と思う。
そしてホレイショの思った通り、マイアミに三店舗ある『クラブ・ラミー』のオーナー兼顧問弁護士のジミー・C・ノヴァックが無表情でデスクに着いたまま、「どうぞソファにお座り下さい」と言って立ち上がる。
ノヴァックはこの高級クラブ三店舗もを仕切る切れ者という肩書きとは思えない姿をしている。
最低でも二千ドルはするスーツを着る価値がある仕事をしているのに、量販店で買ったスーツを着て、いつもネクタイを緩めている。
そして外出する時には、コート掛けに無造作に掛かっているトレンチコートを必ず着る。
顔立ちは整っているが、常に無表情で、それが癖なのがよく小首を傾げている。
ホレイショが知っている限りは。
それにこの部屋だ。
ノヴァックのオフィスは『殺風景』という言葉が一番しっくりくる。
家具は一目で高級品だと分かるが、本棚も無く、壁には『クラブ・ラミー』の営業許可証とノヴァックの弁護士資格証が飾られているだけだ。
ノヴァックのデスクも必要最低限の文房具と電話と『ジミー・C・ノヴァック』という名前のプレートしか無い。
ホレイショとトリップが応接セットのソファに座ると、ノヴァックも二人の前のソファに座った。
「トリップ刑事、ケイン警部補、お久しぶりです。
また一ヶ月前の事件のお話ですか?
犯人が捕まったんですか?」
全く興味が無い口調のノヴァックに、ホレイショが「いいえ」と即答すると、トリップが口を開く。
「実はこちらの顧客にマイアミデイド大学大学院教授のミッチェル・ボーン氏がいらっしゃると聞いて伺ったのですが、ボーン氏について何かご存知ではありませんか?」
ノヴァックが微かに眉を顰め、小首を傾げる。
「前回の殺人事件の時にもお話しましたが、顧客情報は守秘義務があって、情報を渡すことはおろか、お話も出来ないんです」
ホレイショがノヴァックを真正面から見つめる。
ノヴァックはホレイショの鋭い視線にも無表情を崩さない。
ホレイショが視線同様鋭く答える。
「それは分かっています。
だが殺人事件の関係者かもしれないんです」
「一ヶ月前の?
ランバート卿を殺した犯人の?」
「いいえ。
別の殺人事件です」
「じゃあ何の殺人事件ですか?」
今度はトリップが「それはまだお話出来ません」と答える。
ノヴァックが冷たい目をしてフッと笑う。
「そちらも私と同じ。
話せないんですね?
でしたら私が一ヶ月前から言っていることが理解出来るでしょう?」
ぐっと詰まるトリップにホレイショが低く厳しい声で、一言「子供が殺されていても?」と言った。
ノヴァックは表情を変えず「子供?」と訊き返す。
「そう。
子供が少なくとも五人殺されていて、三人が行方不明だ。
その三人も怪我を負っている」
「だから?」
「何?」と鋭く返すホレイショに、ノヴァックの表情は変わらない。
そして淡々と答えた。
「だから何ですか?
うちの顧客はきちんとした方々ばかりだ。
身上調査をした上で、年間五千ドルの会員料金を前払いし、この店での支払いを滞納をしている方もいない。
ちなみにうちは一晩一万ドル使っても、キャシュでお支払いして頂いています。
そんな方々がなぜ子供を襲うんです?
それにうちの店に来るということは、性的欲求も満たしているということだ。
あなた方、警察の方が事件の詳細を話せるようになったら、考えさせてもらいます。
話せないというのなら、お引き取り下さい。
今すぐ」
トリップが腰を浮かせ「何だと!?」とノヴァックに詰め寄るのを、ホレイショが抑える。
そして言った。
「分かりました。
仰る通りにしましょう。
だが、その時には洗いざらい話して頂く。
良いですね」
ノヴァックが眉一つ動かさず、「どうぞドアは開けたままで」と言って、ホレイショとトリップを残し、自分のデスクに戻った時だった。
扉の向こうから言い争う声がした。
「駄目です!
ボスは今、来客中です!」
「何でだよ?
来客って誰?
まさかロウィーナ?」
「違います!
タイターニアさん、終わったら直ぐにボスから連絡させますから!
頼みますよ!」
すると、ノヴァックの顔色が変わった。
慌てて扉に向かう。
ホレイショとトリップも立ち上がる。
扉を細く開け、ノヴァックが叱る様に言った。
「タイターニア!
楽屋に戻れ!
直ぐに行くから。
客はもう帰るところだ」
「じゃあ、いいじゃん」
ホレイショは目を疑った。
細く開いた扉から見えるのは、マイアミで一二を争う私立の中高一貫校の制服だったからだ。
子供がいる…!
ストリップクラブに!
ホレイショが素早くノヴァックの元に行き、ノヴァックの肩を掴む。
「ノヴァックさん!
どういうことですか!?」
ホレイショの厳しい声にもノヴァックは動じず、扉の向こうに声を掛け続ける。
「タイターニア!
楽屋に戻るんだ!
早く!」
『タイターニア』が拗ねた声で返す。
「そんなに大事な客かよ?
せっかく昼間だってのに来てやったのに!
じゃあ勝手にしろ!
楽屋にも来んな!」
そして一瞬、『タイターニア』の制服の肘の部分が扉の隙間から見えた。
それをホレイショが掴む。
扉の向こうから『タイターニア』が怒鳴る。
「なっ…離せよ!
キャス!」
ノヴァックの瞳が怒りで光る。
「ケイン!
彼から手を離せ!」
「駄目だ!
ストリップクラブで未成年を働かせているのか!?
君、私達は警察だ。
こちらに来なさい!」
「ケイン…貴様…!」
ノヴァックがホレイショの腕を掴む。
ノヴァックの手は異常に熱かった。
チリチリと皮膚が燃えるように。
それでもホレイショは『タイターニア』の肘を離さなかった。
すると突然、扉の向こう側で『タイターニア』があははと笑った。
「キャス、止めろよ。
誤解を解けば良いじゃん。
あんた、刑事さん?
逃げたりしないから腕を離せよ」
「本当に?」
「ああ、マジで!」
『タイターニア』のあっけらかんとした無邪気な声。
ホレイショが『タイターニア』の肘から手を離す。
ノヴァックも決まりが悪そうにホレイショから手を離した。
スッと扉が開く。
ホレイショは思わず目を見開た。
そこには制服を着た、見たことも無い美しい少年が立っていたから。
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