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第4話
『タイターニア』は高校生らしかった。
背が高く、180以上あるホレイショと殆ど背の高さが変わらない。
ヘイゼルグリーンの完璧なアーモンドアイ。
長い睫毛。
艶やかなダークブロンドの髪は前髪を垂らし、少しぷっくりとした形の良い唇を尖らせている。
「あんたが俺を掴んだ刑事さん?」
「私はホレイショ・ケイン。
警部補でCSIの主任だ」
「あ、そう」と『タイターニア』が興味無さそうに短く言って、続けた。
「俺、高校生じゃないぜ?
これでも21だから。
この制服は衣装。
楽屋のバッグにIDあるから確認する?」
「勿論」
「じゃあちょっと待ってて」
『タイターニア』がくるりと踵を返し、階段に向かって走って行く。
するとその後をノヴァックが、「タイターニア!私も行く!」と言って走り去って行く。
トリップは「何なんだ?」と元々丸い目をまん丸くしている。
ホレイショがノヴァックの消えて行った階段を見つめながら、扉の前に立つセキュリティガードの男に「『タイターニア』はショーに出ているのか?」と訊く。
すると、それまでいかつい強面だったセキュリティガードの男が苦笑いをした。
「勘弁して下さいよ、警部補さん。
タイターニアさんのことはボスに直接聞いて下さい。
俺が喋ったらクビになっちまう」
「なぜ?
ノヴァック氏には君が喋ったとは言わない。
タイターニアはショーに出ているのか?」
「あのね、警部補さん。
ノヴァックさんに嘘は通じないんですよ。
俺は何も喋りませんよ。
あんたがかの有名なケイン警部補と言えども」
そこにトリップがひょいと顔を出す。
「おいおい、随分ノヴァックを怖がってるんだな。
アイツに嘘は通じない?
アイツは超能力者か何かか?」
「そうです」
至極真面目に答えるセキュリティガードの男に、トリップが面食らった様に黙る。
だがホレイショは引かない。
「話せ」と言って、腰に手を置き、セキュリティガードの男の身体すれすれに迫る。
セキュリティガードの男が身体をぶるっと一回震わせると小さな声で言った。
「あんた達はノヴァックさんの本性を知らない。
ノヴァックさんはあんた達が捜査の為だけに来ていると見抜いているから、相手をしてるんです。
俺から言えるのはそれだけです」
結局『タイターニア』は戻って来ず、ノヴァックが『タイターニア』のIDを持って戻って来た。
『タイターニア』ことディーン・ウィンチェスターは確かに21才で、来年の1月の誕生日に22才になる青年だった。
そしてノヴァックは、ホレイショとトリップに「タイターニアと話がしたければ、代理人の私を通して下さい。本人の希望です」と宣告すると、オフィスに入ってしまった。
結局手ぶらのままマイアミデイド署に帰ることになったトリップは、不機嫌だったが、自分も一ヶ月前の事件を洗い直すと言って刑事課に戻った。
ホレイショがCSIに戻ると早速デルコがやって来た。
「どうでした?
『クラブ・ラミー』は?」
「追い返された様なものだ。
ジミー・ノヴァックのマイペースぶりは相変わらず健在だ」
デルコがハハッと笑う。
「アイツには前回の捜査でも手を焼かされましたからね。
それで一ヶ月の事件を再調査してみたら、ちょっとした事なんですが気にかかる点をカリーが見付けました」
「よし。
聞こう」
そうしてホレイショとデルコはレイアウト室に入って行った。
レイアウト室には既にカリーが居て、「お帰りなさい、チーフ」と微笑む。
「カリー、何に気付いた?」
「そうね。
まず一ヶ月の未解決事件…イギリス人のクリストファー・ランバート伯爵が強盗に遭って不運にも殺されていてしまった事件だけど、あの事件はまずサー・ランバートを乗せたリムジンを正面から撃たれた。
付近には防犯カメラが無く、ブレーキを踏んだ痕跡がある事から、運転手は正面に何か、たぶん人間が立っていてブレーキを踏み、その後、助手席に向かって45口径を一発撃たれた。
でもサー・ランバートの乗るリムジンは全ての窓が防弾ガラスで出来ていて、窓にヒビと銃弾がめり込んだだけで済んだので、運転手は車を走らせようとして、今度は運転席側からライフルで五発撃たれて、その内の一発が頭にヒットし死亡。
そしてサー・ランバートを守るべく、ボディーガードの一人が勇敢な事に後部座席から飛び出し、運転席に乗ろうとして、またライフルで頭を撃たれて死亡。
その隙に他のボディーガードが911に通報している。
そこでサー・ランバート達は籠城作戦を取る事にした。
警察が到着するまで三分。
装甲車並に改造されたリムジンだったら、マフィアのボスだってそうするわ。
ところがサー・ランバートと残りの四人のボディーガードは殺され、サー・ランバートとボディーガードが身に付けていた貴金属、財布の中のキャッシュ、そしてホテルで待機していた秘書によるとアタッシュケースに入れられていた一万ドルも中身だけ全部盗まれた。
リムジンはご丁寧にもフロントガラス以外の全ての窓ガラスが割れられていた。
薬莢を102発拾い集めたわ。
そして全ての線条痕が一致。
これらの状況から、犯人は一人で、警察が到着するまでの三分間に犯人は後部座席の窓ガラスをライフルで撃って破壊し、サー・ランバートとボディーガードを殺し、現金と貴金属を奪って逃げた。
これは素人の犯行じゃない。
犯人は自分の痕跡は一切残しておらず、ライフルも軍仕様か改造された物よ。
でなければ僅か三分という短時間で、あのリムジンを突破して強盗殺人をすることは不可能だもの。
そこで私達は唯一の証拠の銃弾から、ライフルを突き止めた。
ライフルはマフィアの取り引きに使われていたロシア製の殺傷力を高めた改造銃だった。
これでマフィアの武器商人とそのお仲間達は逮捕出来たんだけど、そいつらはサー・ランバート殺しの犯人だけは知らないと否認した。
それに銃も一丁だって盗まれていないとも供述していた。
それ以外は検察と取り引きしたせいで案外すんなり自白したのにね。
だから武器商人達の親族が銃と弾を盗んだんじゃないかということになった。
ライフルやその他諸々の武器を隠していた倉庫の警備は厳重で、とてもじゃないけど盗みには入れない。
だから親族が疑われたのね。
だけど親族もシロ。
貴金属が売り飛ばされた形跡も無い。
そこでこの事件は刑事課に渡って、今も未解決事件のまま。
それで今回重要なのは、サー・ランバートが『クラブ・ラミー』からワンブロック先という目と鼻の先で襲われたということ。
トリップの聞き込みでサー・ランバートが『クラブ・ラミー』の顧客だと分かった。
サー・ランバートは毎年九月の終わりから感謝祭の前までマイアミにやって来て、サー・ランバート所有の屋敷に二百人の使用人を連れて滞在する。
その間はほぼ毎日『クラブ・ラミー』に通っている。
でも分かったのはここまで。
この後は『クラブ・ラミー』のオーナーで弁護士のジミー・ノヴァックに守秘義務を盾にサー・ランバートの情報の公開を阻まれた。
サー・ランバートの顧問弁護士も加わったしね。
それでチーフにサー・ランバートの事件を洗い直せと言われて、情報はこれ以上『クラブ・ラミー』からは引き出せないと割り切って、証拠に集中した。
銃の情報はマフィアの武器商人を逮捕するくらい出尽くしている。
じゃあ次は?
物的証拠しかない。
そうしたら見付けたの!
これよ!」
カリーが小指の爪程の大きさのガラスの欠片の入ったシャーレを、ホレイショの前に置く。
ホレイショがそっとシャーレの蓋を開け、「これは…防弾ガラスの欠片では無いな」と低く言う。
デルコが即答する。
「そうなんです。
ウルフとナタリアも一緒に、あの現場に残されていたガラス片の全てを見直しました。
そうしたらそれが見付かったんです」
カリーが肩を竦める。
「あの現場は防弾ガラスの雨が降ったようだった。
それにあの現場のサー・ランバートの所持品でガラス製の物は、リムジンに置かれていたグラスくらいしか無かったわ。
でもグラスは一つも紛失していなかったし、割れてもいなかったから、ガラス片は全て防弾ガラスの物だと決め付けてしまっていたのね。
だけど、それを見付けた。
そしてそれは特殊なガラスだったの」
ホレイショがガラス片から目を離さず「と言うと?」と促す。
「スワロフスキー社製のクリスタルガラスよ。
縁を良く見て。
真っ直ぐでしょう?
つまり何か箱型の物の欠片じゃないかと推測して、『クラブ・ラミー』周辺でサー・ランバートが襲撃された場所の近くで、このガラスを扱うような場所は無いか調べたの。
そうしたらあったわ!
『クラブ・ラミー』お抱えの花屋よ!
『クラブ・ラミー』はそれぞれの店舗の側で花屋も経営している。
ショーガールに花束をプレゼントする客は沢山いるからでしょうね。
サー・ランバートが襲撃されたあの日、ジミー・ノヴァックはサー・ランバートは来なかったと証言した。
本当だったのよ。
サー・ランバートはワンブロック先の花屋で、注文したプリザーブドフラワーを受け取って、『クラブ・ラミー』に行く途中で襲撃されたの。
花屋が覚えてたわ。
サー・ランバートは『クラブ・ラミー』に通うようになってから、欠かさず花屋でスワロフスキー社製のケースに入った青い薔薇のプリザーブドフラワーを注文してたって。
だけど変じゃない?
ガラス片があるのに薔薇は無いわ。
花束よりは高価かもしれないけど、なぜ犯人は一万ドルと貴金属と財布の中身のキャッシュと一緒にプリザーブドフラワーを持って行くの?
あのリムジンにあったバカラのグラスの方が値段が高いわ。
つまり答えは、犯人にとって価値ある物だったから、でしょ?」
「良くやった」
そう言ってホレイショがシャーレの蓋をして、静かにデスクに置くと続ける。
「一応確認の為、その花屋からサー・ランバート御用達のスワロフスキー社製のケースを借りてきて質量分析ラボに廻す。
それと他にもサー・ランバートのように、スワロフスキー社製のケースに入れたプリザーブドフラワーを『クラブ・ラミー』のショーガールに贈っている者がいないか、私とトリップで聞き込みに行ってくる。
君達は三件の連続殺人の捜査に戻れ」
デルコとカリーが「はい」と答えて頷いた。
その花屋は確かに『クラブ・ラミー』のワンブロック先にポツンと建っている。
見るからに高級そうな花屋で、外に花は一輪も飾っていない。
ホレイショがハマーからひらりと降り立つと、後ろでトリップも車から降り、「これが花屋か?高級ブティックみたいだな」と笑って言った、その時。
突然、ハマーの横にピタリとタクシーが停まった。
ホレイショが振り返る。
そこにはタクシーから飛ぶように降りて来た『タイターニア』がいた。
「君…」
ホレイショの言葉を『タイターニア』が遮る。
「あんた、昼間クラブに来てた刑事だろ!?」
「そうだ」
「良ーし!」
何が良いのか『タイターニア』はガッツポーズを取りそうな勢いで、ホレイショのすぐ目の前に来ると言った。
「俺にキスしろ!」
「…何だと?」
「いいから!
あんた刑事だろ!?
グズグズすんなよ!
早く!」
「しかし…君はどういう…」
「あーもう!
あんたさあ有名な刑事なんだろ!?
そんな度胸も無いのかよ!?
恋人と一ヶ月くらい離れてて再会した勢いでキスしろ!
それとも俺じゃ不満!?」
「…本気か?」
「本気だよ!
早く!」
ホレイショが『タイターニア』の顔を両手で掴むと、鼻先が触れる距離で「後悔するなよ」と囁く。
そして二人の唇が重なった。
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