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第11話 2月5日(水) ファーストコンタクト・最低
一昨日の犬谷の恫喝が効いたのか。多少ヒソヒソはされるものの、面と向かって何かを言ってきたり、というのは無かった。
何というか、平和である。
放課後。今日はホームルームが終わるとすぐに迎えに来る犬谷がやってこなかった。もう教室に残っているのも俺だけだ。
別に約束しているわけでもないし、待っているわけでもない。が、こうも習慣化していると勝手に帰るのも気が引ける。
「あーくそっ」
通学鞄を抱えて教室を出る。
自分から迎えに行くのは少し恥ずかしい。静かな廊下に足音を立てないように犬谷のクラスまで向かった。
6組の教室の前にたどり着き、こっそりと廊下から覗き込む。
夕日で赤い教室の中。すぐに目についた背の高い犬谷と、そのすぐそばに小さな女子の姿が見えた。
「ごめんね、犬谷くんが鳶坂くんと付き合ってるって話は知ってるんだけど。本当にふたりって付き合ってるの? そんなふうに見えないっていうか」
なんとも気まずい瞬間に出くわしてしまった。出るに出られない。あの子は女バレの、俺と犬谷の写真を撮った2組の土田さんだ。
「で?」
「私、犬谷くんが好きなの」
で? じゃねえよ犬谷。シュチュエーションで気付けバカ。なんて心の中でツッコミを入れていると、土田から決定的な言葉が飛び出した。
これはいわゆる覗き見、デバガメもいいところだ。
いや、これで犬谷があの女の子と付き合うようになったら、俺と別れようなんて話になるのかもしれない。
元々俺が間違って返事したのがきっかけなんだから、別にどうだっていいはずだ。
「あの、キスの写真だって……確かにキスしてるみたいだけど、ふざけてただけだよね? 私じゃ、ダメかなあ?」
上目遣いで夕日で潤んだ瞳が濡れて光る。
お似合いだ。背の高くてカッコイイバスケ部の犬谷と、小柄でもがんばって女バレのレギュラーをしているかわいい土田。
犬谷は何も言わない。
駐輪場まで俺は走った。親からもらった少し錆びたママチャリのカゴに通学鞄を突っ込んで、家まで猛スピードでチャリを漕いだ。
その途中、内側の胸ポケットの中でスマホが震えるのを感じたが、無視して進んだ。
あの日、はじめて会った犬谷という男の第一印象は最悪だった。
1年生の部活動が解禁されたその日に同日入部したのは俺と犬谷のふたりだけだった。
「こんにちは! 1年7組の鳶坂俊希 、入部希望です!」
「やる気あるなあ! 1年の部活解禁って今日からだったろ?」
「バスケ部以外の選択ないです! よろしくお願いします!」
「あ、そうそう。ついさっき同じ1年が入部希望で来たんだよ。おーい、犬谷!」
体操服に1年3組犬谷と書かれた背の高い男。それが犬谷だった。
こいつもバスケが好きなんだと思ってうれしくなった。
「犬谷? 俺7組の鳶坂、よろしくな!」
そう言って手を差し出す。そんな俺に犬谷は何も言わずにさっきまでいた場所へ戻っていった。
「あー……とりあえず、鳶坂も動ける格好に着替えてきなよ。な?」
明らかに嫌悪感が顔に出ていたのか、先輩は優しく諭すように着替えてこいと言う。
「は、はい」
体操服に着替えてコートへ行くと、犬谷がドリブルをしていた。
規則正しいドリブルの音。そして教科書のようなきれいなダンクを決めた。
きっと人見知りなだけだろう。俺はそう思ってその日は積極的に犬谷に話しかけたが、全てシカトされて終わった。
『マジあいつなんだよ!』
こいつには負けたくなかったし、チームメイトなのに勝ちたいと思った。
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