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第12話 2月6日(木) これはまるで

 敵を知らなければ勝てないと言う。  犬谷と一緒に練習をして約1ヵ月。犬谷という男は天才の癖に努力をする男だった。俺は凡人だから必死に食らいつくために努力をしているのにだ。  犬谷悠飛。なんとなく聞いたことのある名前だと思ったら、月刊バスケットでも期待の選手として中学生ながらに取材されるような選手だ。そんな奴がこんな中の上の高校になんでいるのか。  新人戦は犬谷の力で勝った。おんぶに抱っことはまさにこのことだろう。犬谷と俺では実力の差があまりにもある。  無愛想で人のことはシカトする。でもバスケのセンスがピカイチで、カッコイイし、天才の癖に努力している。  正直、平凡努力型の俺としては、そういう天才の癖に努力する姿が気に入らなかった。  それでも犬谷がエースでキャプテンでないのは、あまりにも無口で不愛想で後輩からは慕われる様子がないからだろう。  俺はギリギリのレベルでレギュラー入りするようなタイプだ。ただ練習のやり方と面倒見のよさ、後輩から慕われているところを先輩に評価されて新キャプテンになったのだ。  もう少し、犬谷に社交性があったら、エースでキャプテンだったかもしれないのに。  たしか犬谷は俺を見ていたと言った。 『なんだよ。俺の方が、ずっとあいつのこと見てんじゃん』  犬谷は俺と釣り合わない。いや、俺は犬谷と釣り合わない。  本当に俺は現金で最低だ。あれだけ好きだと言われていたくせに、いざ自分から離れる段階になって自分の気持ちに気付くんだから。  軽やかなアラーム音が鳴って朝を告げる。結局俺は一睡もできなかった。  母さんはもうパートに出かけている。食パンを焼いてマーガリンを塗って食べる。いつもなら2枚は食べるが、寝不足で食欲がないので1枚だけだ。  チャリに乗って学校へ向かう。心に爆弾を抱えたような気分だ。  心臓が苦しい。  学校へ到着すると向かうは駐輪場のいつもの場所。そこには鼻の頭を赤くした犬谷がいた。ブレーキをかけるとギィ、と嫌な音が鳴る。  無言で自転車を停めた。妙な罪悪感に心拍数が跳ね上がる。 「昨日、なんで先に帰ったんだ」 「別に」 「今日は、絶対先に帰るな」  犬谷はそれだけ言うと足早に昇降口へと向かって行った。  授業中は先生の声が子守唄に聞こえるのはいつものことだが、今日は本当に我慢できなかった。特に苦手な数学の授業というのもある。  カクンと首が落ち何度かハッとしても、またすぐに瞼が重くなった。 「おい、鳶坂。おい」  名前を呼ばれ飛び起きる。教室は夕日が入り、ガランとしていた。横を見ると犬谷が眉間にしわを寄せて俺を見ている。  いつから寝ていたのか覚えていない。数学をしていた記憶はあるが、そこから今まで眠り続けていたということだろうか。 「いつまで寝てるんだ。帰るぞ」  犬谷が俺の頭を撫でると、鞄を肩にかけて変える支度をした。 「お前。土田さん、置いてっていいのかよ」 「土田? 誰だそれ」 「昨日、告白されてたじゃん」 「ああ……見てたのか?」  告白されることは日常茶飯事な犬谷にとって、昨日の出来事は記憶の彼方だったらしい。 「おモテになりますねー。さすが我がバスケ部のエース様」 「だからなんだよ」 「別に?」  そう俺が言うと犬谷はピタリと止まり、頬を真っ赤にした。 「妬いたのか?」 「はぁ?! ミリも妬いてねえわ! うぬぼれてんじゃねぇよこのバカ!」  なんとまあ素直さの欠片もない言葉だろうか。 「前の、交流試合の時も、妬いてた」 「妬いてねぇ、んっ……?!」  ゼロ距離で見る、夕日に照らされた犬谷の顔はきれいだった。 「俺が好きなのは、鳶坂だけだ」 「……学校だぞ」 「ごめん」 「もっかい、キスしろ」  一瞬だけ驚いた顔をした犬谷が、ふわりと笑ってキスをした。  キスは気持ちいい。

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