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第15話 2月9日(日) お泊りなんだ
俺が風呂から上がると、時計は0時を回っていた。
「お前んちの風呂、めっちゃ広くない? 俺んちの倍だよ、倍!」
髪をタオルでガシガシと乾かしながら俺は犬谷の部屋に戻る。なんと脚を伸ばしてもまだ余裕があるのだ。
「普通だろ」
「いや絶対普通じゃない! 今度俺んちの風呂見てみろよ。あ、ドライヤー貸してくんない?」
「これ使え」
「あざーす!」
手渡された家のものより大きなドライヤーのスイッチを入れると、吹き出し口からブオンブオンと熱風が吹き出す。風量が強く、髪はあっという間に乾いた。ドライヤーまで家のものと違う気がする。
「すげ、すぐ乾いた」
「寝るぞ」
「へーい」
ドライヤーをもとあった場所に戻しベッドに向かう。
ベッドの壁側に犬谷が進んだので、俺はその横に入り込むように座った。
「……鳶坂は、俺とヤりたくないのか?」
「え?」
「今日だって、俺がお前を襲わないって保証、ねえだろ」
視界が犬谷を支点にぐるりと回る。犬谷の後ろには真っ白な天井。
犬谷の薄茶色の瞳に、俺の間抜けな顔が写り込んでいる。
アイドルが撮影した自撮りの瞳に写った景色から自宅を特定し、ストーカー行為に及んだ。なんて話がニュースになったが、あ、本当に瞳に写り込むんだと、どこか冷静にそんなことを考えていた。
「鳶坂、本当に俺のこと、好きか?」
ヒュッと、喉が鳴った。好き、うん。好きだと思う。でも、今さら恥ずかしくて言えない。
「鳶坂を大事にしたい。けど……ぐちゃぐちゃに、したくなる」
「ぐ、ぐちゃぐちゃって……?」
犬谷の顔が怖い。無表情ではない、切羽詰まったような顔だ。
一瞬、頭にまだ見ぬ犬谷のエベレストが浮かんだ。
「ごめん。寝よう……なんもしねーから」
犬谷はそう言って、触れるだけのキスをした。そのまま手元のリモコンで電気を消すと、くるりと俺に背を向けて横になる。
俺も真っ暗な中そろそろと布団の中に入り犬谷に背を向ける。背中に感じる犬谷の体温が温かかった。
雲の上は柔らかい。ふわふわしていて、どこまでも行けるようだ。それに、この季節には珍しい青空はとても気持ちがいい。
「あれ? あれ?」
乗っていた雲がどんどん小さくなっていく。あ、落ちる。
「うわっ!」
落下する感覚に飛び起きた。どうやら寝なれない柔らかなベッドで寝たせいか、変な夢を見たらしい。
「おはよう」
夜は背を向けて寝ていたはずなのに、目が覚めると向かい合って寝ていた。
「はよ……」
なんだか恥ずかしくなって布団を頭から被る。犬谷はそんな俺をまたいでベッドから出ていった。
「朝ごはん、パンでいいか?」
「んー」
「早く食って、バスケやるぞ」
「よっしゃ!」
布団を蹴飛ばして跳ね起きる。そんな俺を見て犬谷はまた優しく笑った。昨日の怖い顔が嘘のような顔だ。
1階のダイニングテーブルに座っていると、犬谷が焼いたトーストとバター、そして紅茶が運ばれてきた。
厚切りの山型食パンにバターを塗っててっぺんをかじる。分厚いのにふわふわのパンはしっとりと甘い。それに今までマーガリンとバターの違いなんて気にしたこともなかったが、バターの方が何となく美味しい気がした。
「犬谷んちって、紅茶なんだな」
「ああ。パックだし、楽だからな」
「そっか。俺んちいっつも粉末の緑茶。もっと楽だぜ」
粉末の緑茶にいまいちピンときていない犬谷が面白い。残りのパンを食べて歯を磨きに洗面台へ向かう。
歯を磨き終われば持ってきていた練習着に着替えて裏口からコートへ出る。
「バスケだー!」
「2時間だけだぞ」
時間は8時。10時までは楽しいバスケタイムを約束されたことに俺は小躍りしてしまう。
「オーケーオーケー。早くアップしてシュート練しようぜ!」
ふたりでストレッチとコート周りを走る。
今日のシュート練習は敵の配置を仮定してパスを送り、そのあとにいろんな角度からシュートをする練習だ。
規則正しいドリブルののち、俺の手元に犬谷からパスがくる。俺のためのパスだ。
「犬谷のパス、やっぱいいな」
「なにがだ」
「俺の手に吸いついてくる感じ」
シュートを決める。とはいえ犬谷のシュートとは違い、リングに当たって音が鳴る不格好なシュートだった。
結局昼ご飯を食べる時間まで俺たちはバスケをしてしまった。
この後の犬谷先生の勉強地獄を考えると憂鬱だが、昨日の勉強ストレスが解消されたので良しとしよう。
犬谷は昨日教えてもらった日本史と物理より、数学の方が得意らしい。先生よりも分かりやすい公式の教え方に心の中で感動しつつ17時に勉強会はお開きになった。
「犬谷、ありがとうな。マジ助かったよ」
「鳶坂が赤点取ったら、一緒にいる時間が減るからな」
「それで、教えてくれたのか?」
「ん、」
なんだろう。妙に犬谷が可愛く見えてくる。
「じゃあ、明日」
「おう! 明日って日本史と英語だよな。がんばるわ」
そう言って俺は自転車にまたがり、犬谷の家を後にした。
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