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第16話 2月10日(月) 姉、降臨

 今日のテストが終わった。俺は今、とても機嫌がいい。 「日本史、どうだった?」 「犬谷ぁ~! お前マジ神かよ~! ヤマ大当たりじゃん!」  過去最高に、日本史テストの出来がいいのだ。これも全て犬谷のおかげである。 「俺のクラスの日本史の後藤、教科書のテストに出るところに赤線引かせるから」 「マジか。俺んとこの日本史の横田、そんなんねぇわー……って、なに?」 「最終日の数Bと物理も頑張れよ」  犬谷が俺の頭を撫でる。恥ずかしい。いや、照れくさいが正しいだろうか。 「お、おう……帰ろうぜ!」  犬谷を意識してしまうとどうにも調子が狂っていけない。 「おい犬谷、コンビニ寄って帰ろうぜ」  照れ隠しにそんなことを言って返事も聞かずにコンビニへ入る。犬谷はそんな俺に黙ってついてきた。  照れ隠しと言いつつ本当に腹が減っているのもある。家に帰ればもちろん昼ご飯は準備されているが、男子高校生は燃費の悪い生き物なのだ。  迷うことなく肉まんを買って外に出る。相変わらず犬谷はコンビニでカップのコーヒーを買っていた。  コンビニの前で犬谷と並んで買ったものを食べる。  寒い季節のコンビニ名物と言えば肉まんだ。もっちりふかふかの生地にかぶりつけば、スパイシーでジューシーな熱々の豚肉があふれだす。 「それ、美味いか?」 「これ? 肉まん?」 「いつも鳶坂、美味そうに食ってるから」 「まさかとは思うけど、食ったことねえの?」 「昔、家族で行った中華料理屋のコースのなら食った」  コンビニの肉まんが美味いか、という意味なのか。最近のコンビニを舐めてもらっちゃ困る。学生の胃袋の味方だ。 「ひと口、食う?」 「ん、」  犬谷の口元に肉まんを持っていくと、きれいに並んだ犬谷の歯が肉まんにかぶりついた。 「うん、美味い」 「だろ~?」  再度肉まんにかぶりつこうとしたときに、間接キスだと思ってしまった。  ここでモテない男代表な俺はすぐにそんなことを考えてしまう。いつも普通にキスをしているのに、だ。 「犬谷はいつもコンビニでコーヒー買うな」 「コーヒーなら、どこも変わらない」 「俺コーヒー苦いから飲めねえ。コーヒー牛乳は飲めるけど」 「慣れだな」  そう言って犬谷は鼻で笑う。 「あ? バカにすんじゃねーよ」 「してない。かわいいって思っただけだ」  何とも言えない気持ちになる。可愛いってなんだよ。俺は犬谷みたいなパッチリ二重じゃないし、どちらかと言えばつり目であまり目つきも良くない。 「眼科行けよ」  嬉しいのに恥ずかしい。残りの肉まんは味わうことも忘れて口の中に詰め込んで、リスのように頬いっぱいにひと息に食べた。  腹を満たしてまた歩き出す。買い食いすると家までの距離が近い気がする。軽い足取りで家までたどり着き、駐車場に自転車を停める。 「鳶坂」  名前を呼ばれ、俺をジッと見てくる犬谷にキスの予感を感じた。  そう思って俺も犬谷を見る。  今キスしたら、肉まん味だ。  だからなのか、いつもならすぐに近づく距離が少しも縮まらない。 「いぬたに……」 「ただい、まっ!」  不思議に思って犬谷の名前を呼んだら、後ろから大きな声が聞こえた。 「うわ、姉ちゃん?!」  びっくりして振り返ると、そこには東京にいるはずの姉がいた。  犬谷も呆然と俺の姉を見ている。 「あらやだ、邪魔した? ごめんね~」  いったいいつから見ていたのか。犬谷は姉の気配を感じて動かなかったのだろう。グッジョブである。 「あ、ワリィ。これ俺の姉ちゃん。こいつ、犬谷」 「はじめまして~。愚弟がお世話になってます」 「……どうも」 「つか正月じゃなくて今帰省かよ」 「ちょっと遅い正月休み的な? 繁忙期は飛行機も新幹線も高いのよ」  そう言って姉はケタケタと笑う。 「じゃあ、ごゆっくり~」  それだけ言うと姉は駐輪場を出ていった。 「ビビった~」 「なんか、似てるな」 「そんなことねぇよ」 「じゃあ、また明日」  犬谷は俺の手をするりと撫でて帰って行った。  肉まん味のキスはお預けだ。  家に入ると姉が学生時代の体育ジャージを着てソファーに寝ていた。  久しぶりに会った姉だし、仲が悪いわけではない。それでも今日は、なんとなく仲良くできそうになかった。

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