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第18話 2月12日(水) 話をややこしくするな!
テスト期間中は職員室に入るのも禁止される。とはいえ、一番乗りに教室に着いてしまった俺は職員室内にある鍵を受け取らなければならない。
事務員の先生に用件を伝え、鍵を持ってきてもらうまでの間は職員室前の廊下で待つ。
ガラリと開いたドアに顔をあげると、鍵を持った先生……ではなく、バスケ部の岡田先輩が職員室から出てきたところだった。
「岡田先輩お疲れ様です! 3年って今日登校日でしたっけ?」
すでに受験を終えて学校のテストもない3年は自由登校になっている。登校日でもない3年は基本的に学校に来ることはない。
「いや、ちょっと担任に用事あっただけ。それよりトビ、お前今テスト期間だろ? テストどうなんだよ」
「あー、昨日はボチボチでした」
「そっか。キャプテンが赤点とか洒落にならねーからな」
非常に耳が痛い。俺に前科があるからこその一言だろう。
「だから恥を忍んで、犬谷に勉強教えてもらったんですよ……日本史と理数系」
そう言うと岡田先輩はポカンとした顔をしていた。
「岡田先輩?」
「いや、うん。なあ、お前らってさ……本当に付き合ってんの?」
とっさの問いに返事が出ない。
そうだ。最後に岡田先輩に会ったのはキス事件の前だから、それ以降に会うのは今日が初めてだ。
なんと答えるか迷っていると、岡田先輩が俺の腕を掴んで3年の昇降口へ連れていかれる。
「ちょ、岡田先輩?」
「なあ、トビ。俺がトビのこと好きって言ったらどうする?」
「え?」
「俺と、付き合ってみる?」
ツキアッテミル? 岡田先輩と俺が?
正直に言って、犬谷より岡田先輩の方が人間もできているし、いい人だ。
でも、付き合うなんて考えられない。
あれ、じゃあ犬谷は大丈夫ってなんだよそれ。ぐるぐると思考が纏まらずに回っている。そんな俺を見て岡田先輩はついに吹き出して笑った。
「なんつー顔してんだよ。冗談だよ、冗談!」
「ちょっと、なんっすか! ビビったじゃないっすか!」
「おっと、彼氏が来たぜ」
そう言った岡田先輩の声と同時に、俺の腕が勢いよく掴まれた。犬谷だ。
犬谷は何も言わず、岡田先輩を睨んでいる。バチバチとふたりの間に火花が見えるのは俺の気のせいだろうか。
「その手、離してやれよ。トビが怪我したらどうすんだ」
「いや、俺これくらいじゃ怪我しねぇっすよ。試合中のファウルのが痛ぇですし!」
妙にギスギスとした空気を緩和させようとそんなことを言ってみるが少しも空気は変わらない。
「俺の、なんで」
「トビは物じゃねえだろ」
一触即発。岡田先輩少し黙ってて、頼むから話をややこしくしないでほしい。そんな心の祈りが通じたのか、この緊迫した状況は岡田先輩の笑い声で終わりを迎えた。
「そう睨むなって悠飛、冗談だよ」
「ですよねー! 犬谷なにマジになってんだよー!」
「じゃあ俺帰るわ。また卒業までにはバスケ部遊びに行くから」
「はーい! お疲れ様です!」
昇降口から帰っていく岡田先輩を見届けて、俺は深く息を吐き出した。
犬谷は小さくなった岡田先輩の背中をいまだ睨みつけている。俺は犬谷に掴まれている腕をぐい、と引っ張って促し、3年の昇降口の近くの階段から2年の教室を目指した。
階段を半分のぼったところだった。
「あ、ヤベ……俺職員室で鍵貰うの忘れてた!」
俺は職員室で教室の鍵を受け取っていないことを思い出した。ちょっとはやく学校に来てテスト勉強をしようとすればこのざまだ。
「……鳶坂」
犬谷が差し出してきたものは2年8組と書かれた教室の鍵だった。
「代わりに受け取ってくれたのか?」
犬谷はこくりと頷く。
「サンキュ」
鍵を受け取ろうとすると、犬谷の手は鍵から離れない。ぐいぐいと鍵が綱引きのように行ったり来たりする。
「犬谷?」
犬谷の顔を覗き込む。最近俺の前だけは欲表情を変えていると思っていたが、今の犬谷は無表情だ。
「俺とあの人、どっちがいいんだ」
「はあ?」
「告白、されてた」
「それ、岡田先輩のこと言ってんのか?」
犬谷が小さく頷いて肯定した。
「あの人、前のキャプテンだし、鳶坂とよく喋ってた……でも、俺の方が鳶坂のこと、好きだ。一番好きだ」
「何言ってんだ。ガ、ガキかよ」
「俺はまじめに話してる」
本格的に話がややこしくなってきた。岡田先輩がからかったりするからこうなるんだ。
「お、俺ら、その、付き合ってんじゃ、ねぇのかよ。信用ねぇな」
そうでも言っておけば、また犬谷は笑うだろう。
「……ごめん」
そう言った犬谷の顔はどこか悲しそうな顔だった。
予想している反応と違う。普段なら、あの表情筋がゆっくりとやわらかく動くのに、今日は今にも泣きそうな、そんな顔だ。
ズキリと胸が痛む。そんな犬谷の顔は見たくない。
「鳶坂どうした?」
「いや、なんでもない」
気が付けは犬谷の手は鍵を放していて、俺は鍵を持っていた。
呼吸を忘れたような息苦しさと、胸の痛み。
たかだか犬谷のちょっと泣きそうな顔で、どうして俺はこんなに胸が痛いんだろう。
「おい、犬谷」
先に歩き出した犬谷の制服の裾をグイと引っ張る。
「なんだ?」
「今日も、一緒に帰ろうな」
「ん、」
そう言うと、やっと少しだけ犬谷は笑った。
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