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第19話 2月13日(木) どいつもこいつも

 本日のテストは終了。現代文と数学Ⅱ、保健のテストを終えた俺は、早くも明日のテストのことを考えて憂鬱だった。  まだテストは残っているというのに教室全体が浮き足立っているのは、明日がバレンタインデーだからだろうか。  浮き足立ったとしても、貰えないチョコ(もの)は貰えない。生まれて17年間、成果はゼロだ。 「鳶坂ぁ、犬谷クンにチョコあげんの?」  明日のテストのことを考えながら犬谷を待っていると山本さんが話を振ってくる。 「なんでだよ! やらねぇよ」 「うわ、めっちゃ睨んでるやん。チョコくらいあげたらいいのに。きっと喜ぶよ?」 「うるせえ! そもそも男がチョコ買うとか、恥ずかしいだろ」 「自作自演疑われそうで?」 「違ぇし!」 「鳶坂くん、犬谷くんにチョコあげるの?」 「やだぁ~ラブラブじゃん」  山本さんだけでなく、他の女子まで俺にそんなことを言ってくる。 「いやぁ~鳶坂のおかげで俺らも今年はチョコが貰えるかもしれねぇぜ」 「さすがの女子も彼氏のいる犬谷にはチョコやらねぇだろうしな!」 「てめぇら……。俺はやらねぇっつーの!」  もう教室に居づらくて仕方がない。犬谷を迎えに行くのも色々と勘ぐられそうで嫌だが、ここに留まるよりマシだろう。 「帰る!」 「おう、じゃあなー鳶坂」 「うぃ~」 「そういえば火曜日にデパート行ったのね。そしたらすっごいイケメンがいるから誰だろ~って見てたらさ、犬谷クンだったの!」  教室を出て行くときにそんなことを女子が騒いでいた。イケメン様はどこにいても目立つようだ。  俺以外には無愛想極まりない男だと言うのにこのモテっぷり。世の中どうかしている。それでも、そんなモテ男が俺にだけだと、あんなにも甘い顔を見せてくるのは、本当に恥ずかしいやらなんやらだ。  犬谷のクラスのドアを開けると帰り支度をしている犬谷を発見した。  教室にはもう犬谷しかいなかった。 「犬谷、帰るぞ」 「ん、」  黒板を見ると犬谷の名前とあまり馴染みのない苗字が書かれてあった。 「あ、日直?」 「ああ。待たせたな、ごめん」 「別に、大丈夫」  俺のクラスでの騒がしさが嘘のように静かだ。そんな中にいると俺も落ち着きを取り戻していく。そして明日のテストのことを思い出してしまうのだった。 「俺、明日が命日かも」 「大げさだ」 「なんで今年の学年末、今日と明日の最終日に理数系ぶっこんで来るんだよ! 悪意しかないだろ?!」  明日の3教科は芸術、物理、数学B。芸術はいいとして、物理と数学Bの理数地獄なのである。 「鳶坂なら大丈夫だ」 「とりあえず赤点とらんレベルに頑張るわー」  犬谷に物理の暗記ポイントと数学の公式を教わりながら通学路を歩く。  最近はこの帰り道が短いと感じる。不思議なことに気が付けばもう俺の家なのだ。 「ありがとうな、送ってくれてさ」 「いや。好きでやってる……じゃあ」 「犬谷!」  なんとなく名残惜しい気がして呼び止めてしまう。ああ、最近犬谷とキスをしてないからだ。別に、キスがしたいわけじゃない。少し物足りない気がするだけだ。 「ん?」 「あー、いや……また明日な!」 「ん、」  家に入れば珍しくちゃんとした格好の姉がいた。 「俊希おかえりー」 「ただいま。どっか行ったん?」 「ちょっとね。あ、これあげる」  渡された袋を開けると、透明の袋でラッピングされたものが出てきた。 「なにこれ」  てんとう虫のデザインされた何かが入っているが、何なのか全く分からない。 「バレンタインのチョコ。百貨店で買ってきたんだよね。1日早いけど私、明日の朝には帰るからさ」 「うえ、姉ちゃんからチョコってはじめてじゃん! 明日は大雪いてぇっ!」  失言への肩パンはあんまりだ。本当にやめてくれ。いや、俺が悪いんだけれども。 「そういや、あんたはもうチョコ買ったの?」 「なんで」 「いや、犬谷くんに買ってあげなよ! バレンタインだよ?!」 「買わねえし!」 「いやいや、期待するでしょ普通」 「知らねー」 「ま、好きにしたらいいんじゃない。期待してると思うけどねー」  夕食後、そんな姉の口車に乗せられて俺は今コンビニにいる。いや、目的はチョコではない。テスト勉強の息抜きと夜食を買うためだ。チョコはついでに見てみてもいいかなという具合だ。  店内は目立つところにチョコチョコチョコ。チョコだらけだ。それにしても、コンビニにきれいにラッピングされたチョコがあるなんて知らなかった。しかし、このチョコを手に取ってレジに持っていくのは恥ずかしい。 『そもそも犬谷が俺のチョコを期待するわけねえっつーの。どうせチョコ貰い放題だろアイツ』  結局俺は税込163円のチョコ味のプロテインバーを買うにとどめた。

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