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第21話 2月15日(土) 繋がった誕生日①

 晴れているが自転車に乗ると、呼吸するときに嗅ぐ空気が冷たい匂いがする。  今日は部活に行く前にスポーツ用品店に向かわねばならない。昨日のバレンタインの挽回と犬谷の誕生日のプレゼントを買いに行くためだ。  何がいいのか全く分からないので、無難にノイキのマフラータオルと公式試合でも着用可能な黒のリストバンドを買って袋に詰めてもらう。  少しも挽回になっていないのが気になるが、しかたがない。どうせなら実用的なものの方がいいだろう。  店を出るとさっきまで青く晴れていた空が、どんよりとした灰色の空に変わっていた。  いつものフワフワとした雪ではなく、重たい雪がまっすぐに落ちてくる。 「降ってきたなぁ」  急いで学校へ向かうにつれ、雪はどんどん酷くなっていった。  大雪による電車の遅延で、部活にまだ来ていない部員、来られない部員が多い。  雪はどんどんと降り積もっていく。このまま運転見合わせになるかもしれない。すでに来ていた電車組はそのまま帰し、徒歩と自転車組だけで簡単な練習をして今日の部活は早めの解散になった。  普段は部室で書く部誌も今日はメニューノートと一緒に持って帰り、家で書くことにした。  外に出ると視界が悪いくらいの大雪が降っている。足元は真っ白だ。 「ヤバ、雪めっちゃ積もってんじゃん!」  自転車を押しながらふたり並んで歩きだす。  しばらく歩いて、いつもなら素通りする曲がり角で立ち止まった。犬谷は突然止まった俺を見て早く行こうと促してくる。 「今日さ、泊めてくれんだろ?」 「どこに」 「犬谷ン家……って、なんだよその顔」  犬谷は何を言われているのか分からない、といった顔をして俺を見ている。犬谷でもこんなきょとんとした顔をするんだと思うと笑えてくるのは、それだけまだ見ていない犬谷の表情があるからだろう。 「帰るって、言うと思った」 「ンだよそれ。もう母さんにも言ってるし……ほら、行こうぜ」  犬谷の家は前回来た時と同じで誰もいなかった。 「そういや今日も犬谷んち、親いねえの?」 「この時期のバンクーバーは雪が酷いからな。大雪で帰って来れない」 「日本にいないのか? お前の、誕生日なのに?」 「いつものことだ。メールは来てる」 「じゃあ、代わりに俺が、祝ってやるよ」 「ん、」  また犬谷の家には家政婦さんが作ったらしい夕飯が置いてあった。  酢豚にポテトサラダ、そしてたまごスープ。犬谷の家の家政婦さんが作った料理は定食屋で食べる食事みたいな味がする。 「なあ、今度さ俺んちで夕飯食べねえ?」 「え?」 「いや、こんなに凝ったモンじゃないし、犬谷が美味いって思うかはわかんねぇけどさ」 「……風呂入ってくる」 「あ、うん」 「犬谷、ドライヤー貸して」 「ああ」  前回同様、犬谷の部屋で髪を乾かす。 「さっさと寝るぞ」 「あ、待てよ。あのさ……これ、誕生日プレゼントなんだけど」  リュックから午前中に買ったプレゼントを取り出して渡す。手渡して買ったものが店のビニール袋に入ったままだと気が付いた。せめて店でラッピングしてもらえばよかったのだろうが、正直そういう行事に慣れていないので気が回らなかった。 「プレゼント……」 「一応、実用性重視っつーか、普段使えるもんにしたから」  犬谷が袋からタオルとリストバンドを取り出す。少しでも喜んでくれたら嬉しいと思っていたが、犬谷の顔はどんどん曇っていく。 「貰えない」 「はあ?! なんで?」  受取拒否されたプレゼントはローテーブルの上に置かれてた。 「これを見るたびに、鳶坂を思い出すから」 「ちょ、犬谷!」 「もう、優しくするな。今日までだろ」 「なんで別れる前提で話進めてんだよ!」  しまったと、素直にそう思った。先に大切なことを言わないといけなかったのに、俺は順番を間違えてしまったのだ。 「でもお前は……」 「っざけんな! 自分の中で完結してんじゃねーよこのバカ谷!」 「意味、分かってるのか?」 「だから俺はなぁ、腹くくってんだよ……いいっつってんだから抱けよ! オラ!」 「無理矢理は、抱けない」 「その、ちゃんと、好き……だし、たぶん」 「たぶんって、何だよ」  どんどん後手に回ってしまう。焦りからまた素直になれない。  でも、それじゃあダメだ。今度こそ俺は犬谷に伝えないといけない。気持ちは伝えないと存在しないのだから。 「わかんねえよ! 今まででモテたいって思っても、モテたことも好きって言われたことも、正直、誰かを好きになったこともねえんだよ! それなのにテメーが、好きとか言うし、男だし、でもなんか俺も好きになってくるし! しかもあれだけ好きって言ってた癖に急に突き放すみたいなこと言うし! 岡田先輩に、告らせるのオッケーしたりするし、テメーこそなんなんだよ! 俺のこと好きっていうのはウソかこのバカ谷! それとも何か? 別れたいのか?!」 「ごめん、別れたくない。でも、鳶坂は俺のこと、嫌いなんだろう」 「はぁー? そもそも誰が別れるって言ったんだよ! 嫌いだったよ、テメーのことなんか! でもな、俺だって、テメーのこと、犬谷のことずっと見てたんだよ! 無愛想で人のことシカトして。でもバスケすっげー上手で、カッコイイし、天才の癖にちゃんと努力してて。そんなテメーが俺は! 嫌いじゃねえんだよ……」 「矛盾してっ?!」  犬谷の顔をバスケットボールを持つように両手で思いきり挟みこんで黙らせる。 「うるせえ黙ってろ!」  ふーふーと肩で息をする。1クウォーター全力で動いたときみたいだ。それを落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をする。 「……好きだ犬谷。だから、とっとと抱きやがれっ!」  言った。言ってやった。まつ毛の長い犬谷の目がパチパチと瞬き、俺の両手に挟まった犬谷の顔がどんどん赤くなっていく。 「何とか、言えよ」 「うれしい」 「そーかよ」  犬谷の腕が伸びて、俺の首に巻き付いてきた。犬谷の頬が俺の頬に触れる俺もつられて顔に熱が集まってきた。  犬谷が先だったか俺が先だったか。気が付けばキスをしていた。 「鳶坂、舌出して」  言われるがままに舌を突き出すと、犬谷はその舌を吸い上げた。腰がゾワリとする。  粘着質な水音がやたらと響いて、その音に興奮した。  キスをするのも久しぶりだ。気持ちがいい。  夢中でキスをしていたらどんどん自分の股間が大きくなっていくのを感じる。それを悟らせないように少しからだの位置をずらすと、太ももに硬いものが当たった。密着していた犬谷のソレだ。 『エベレスト……』  ふと高木の言ったエベレストを思い出したが、犬谷もそういう気持ちになっているんだと思うと妙な嬉しさが湧いてくる。 「ごめん、我慢できない」  そう言って犬谷が腰を引く。 「その、ヤリたいっつたのは犬谷だけどさ、なんか、犬谷に性欲ってのがあるのなんか意外」 「前、フェラした時の鳶坂を思い出して何度もひとりでヤッた」  犬谷のきれいな顔になんだか似合わない気がしてそう言ったが、犬谷の返答にそういえばこいつは告白してきてすぐに手を出してきたなと思い出す。こういうとき、顔がいいのは得をするのだろう。 「この、エロ谷……」 「夢みたいだ」  ふたりして着ていたジャージを脱ぐ。  部室で見慣れたからだなのに、今からすることを考えると妙に恥ずかしい。  裸になって俺と犬谷はベッドの上に倒れこんだ。

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