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第4話
突然の大きな声に海崎は驚いた。そして、当の本人もすこしの沈黙の後、しまったと思ったのか、「あの」だとか「その」だとか呟いてはいるが、意味のある発言に繋がらない。
出会った時と比較すると感情を表に出すようになってきたとはいえ、ここまでうろたえる様を見るのは、初めてだった。
一見するとクールな美青年に見える陸だが、当然照れたり、笑ったりもする。そんな様に海崎は少なからず心を揺さぶられていたりしたのだが、今回のそれは今までの比ではなかった。その仕草もさることながら、帰りたいのかという問いに対して最大の否定をするその真意は何なのか。
「そんなに俺の部屋が好きだったのか。いつまでもいてもらって構わないぞ」
自分に都合がいいように事実を考えるのは、避けたかった。現実と理想が乖離していることに気がついてしまったら、耐えられなくなってしまう。帰りたくないと言ったのは、陸がこの部屋を居心地がいいと思ってくれたのだろうと海崎は思うことにした。
しかし少し待っても、肯定の言葉は返ってこなかった。それも当然である。陸の口は一文字に引き結ばれ、吐息すら漏れ出ない状況であったからだ。もしかしたら、唇を噛み締めているのかもしれない。できれば、それは止めてほしかった。陸の冷たい美貌に血色を与える唯一の部位、笑った時に綺麗に弧を描く唇。それが傷つくのは、見ていて忍びなかった。
あまり続くようなら止めようかと海崎が考えていたその時、沈黙は陸の声によって破られた。
「今から話すことは、酔っ払いの戯言と思ってもらって結構です。聞くに堪えないと思ったら、容赦なく追い出してください」
「そんなことしないよ」
「先輩は、優しいですね。でも、僕が、切り出す話を聞いても、そう言っていられるか……」
何故そんなに悲しそうに笑うのか。目に涙を滲ませて、この青年はこれから何を語ろうとしているのか。ただただ、見守ることしかできなかった。
「僕は物事ついた時から、自分が普通じゃないことに気がついていました」
その発言を聞いただけでは、まだ陸が何を言いたいのか海崎には伝わらなかった。陸はいつも、趣旨を簡潔に述べる。無駄のない物言い、分かりやすい伝え方、常に彼は理知的な言い方をしてきた。その彼が、持って回るような言い方をするのを見るのは、海崎にとって初めてのことだった。
伝えるべき事実は変わらないのだから、伝えるという行為に躊躇いを抱いているのだろう。ここはまだ、口を挟むべき場面ではないと感じた。
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