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第5話

「普通になろうとしました。でも、やっぱり自分の中で、しっくりこなかった。そして、そのことを知られるのが、何より怖かった。だから、僕は普通に見えるように芝居をすることにしました」  酒にやられたのか、いつもの声より少しかすれている。陸はペットボトルに残っていたお茶を飲み、その喉を潤してから、続きを語りだした。 「でも、先輩に優しくされる度、嘘をつくのが苦しくなってきました。本当の気持ちを伝えたくて、でも伝えたら最後だと思うと、怖くて踏み出せなくなりました。中学校、高校でも、こんな風に苦しくなることはありました。でも、今までは抑えることができた。だから、今回もこの気持ちに封をして、傍にいようと思いました」 「うん」 「……本当はここでこんなことを言うべきじゃないのは分かっているんです。芝居を続けていれば、僕は、先輩の傍にいられる。でも……先輩からの視線に、たまにどうしようもなく、期待してしまっている自分がいて。この感情を抱いたまま、これ以上自分に嘘はつけない。僕は、先輩が好きなんです。どうしようもなく、好きなんです」  絞り出すような、それでいて想いを全力で伝えようとする真摯な声。胸元の生地を握り締め、緊張を伝える掌。必死なその様は、これまで彼が凍らせてきた感情を自ら溶かした証だった。  美しい青年は、己の心を凍らせて生きてきたのだろう。潤んだその瞳から流れる雫は、彼の心の氷が解け出てきたのではないかと、海崎は思った。そして、その心を溶かした要因が自分であることに、喜びを感じていた。 「聞いてもいいかな。その好きっていうのは、ただの先輩に向ける感情じゃないよね?」  我ながら意地悪な問いかけだと海崎は自覚している。しかし、どうしても確認しておきたかった。 「ちがい、ます」  もう言い逃れはできない。陸ははらはらと涙を流しながら、そう呟いた。頬に伝う涙に構わず泣き濡れる様も、この青年は美しい。

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