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Love Memories:伝わるぬくもり
放課後、淳くんと一緒に集合場所である理科室に向かった。
台本ができたということで、劇の練習を本格的にするためなんだけど――。
渡された台本に書かれたセリフの数に、どうにも驚くしかなかった。僕にお姫様役がちゃんと務まるのか、不安がうず高く胸の中に溜まっていったんだ。
「さーて、みんな集まってるかなー?」
微妙な表情を浮かべた僕の隣で楽しそうに言い放ち、元気よく理科室の扉を開ける淳くん。この不安を解消してもらおうと、キョロキョロしながら必死になって吉川を捜した。
「あ、淳さ~んっ!」
先に来ていた大隅さんが、窓際から手を振る。隣には小林くんが台本片手に、じっとこっちを見た。そういえば彼って、大隅さんと同じクラスだったっけ。
吉川を捜しながら近づいていくと、大隅さんが淳くんに何かを話しかけて、それをきっかけにふたり揃って黒板のほうに行ってしまう。
小林くんと話をしたくない僕は、迷わずふたりの後を追うべく向きを変えた瞬間、ばしっと肩を掴まれた。
∑(゚∇゚|||)はぁうっ!
「ノリトくん、台本は読んだか?」
(うっ、逃げられない……吉川、助けて)
「えっと、一応流し読み程度だけど」
渋々振り向いて小林くんに対峙すると、メガネの奥の瞳を細めながら、爽やかに微笑んできた。この笑みに対して、僕も笑わなきゃならないんだろうか?
どうしていいか分からず俯いたら、小林くんがいきなり跪くなり、胸に手を当てて見上げてくる。
「ノリーン姫、俺はアナタと出逢うために、この世に生まれてきました。どうかこの想いを、ぜひとも受け取ってください」
(||゚Д゚)ヒィィィ!(゚Д゚||)
唐突に始まった小林くんの劇に、無茶苦茶困り果てて周囲を見渡したけど、話にそれぞれ夢中で助けてもらえそうになかった。
――というか吉川、まだ来てないの!?
「ごっ、ゴメンね。まだ台本ちゃんと読んでなくて。その場面、何ページになるのかな?」
小林くんの視線をやり過ごそうと台本に目をやって、ぱらぱらと紙を必死にめくる。
「台本にはないよ。これは俺が今、考えたものだから」
その言葉に、めくっていた手が止まってしまった。もしかして僕、からかわれてるのかな?
小林くんの顔を見るのが怖くて、台本に視線をキープしたまま、震える声で訊ねてみる。
「あの、さ、小林くん。僕のこと、からかってるのかい?」
「ノリトくんは吉川と付き合ってるみたいだね。今朝見たよ、キスしてるトコ」
「ギク!ξ(*〇o〇*)ゞ」
一応、周囲の確認はしてたハズなんだけど……人の気配はなかったよ!?
「最近、キラキラしてる君を見ていてね。いいなぁと思っていたんだ。そこにこの劇の話が出てきて、お近づきになれるチャンスだと思っていたのに、あの吉川と付き合ってるなんて」
膝についたホコリを掃うのに、ぱしぱし払いながら立ち上がり、軽蔑した視線で僕を見る。吉川と付き合ってることに図星を指され、まったく言葉が出ない。
「あんなタラシの、どこがいいんだ? 俺ならノリトくん一筋なんだけど」
「……っ。吉川はタラシなんかじゃない。尽くしてくれるファンのコ達に、とっても優しいだけなんだよ」
大好きな吉川のことを、他人に悪く言われるのは頭にくる。
ムッとしながらそのことを否定すると、頭を撫で撫でされてしまった。
「ちょっ、いきなり何っ!?」
「そうやって怒ってる顔も可愛いね、ますます気に入った」
気に入られても困る。好かれるなら吉川だけで、お腹いっぱいなんだ。
撫でられる手を払うべく、鼻息を荒くして腕を掴もうとしたとき。
「ノリトさん、衣装のことでちょっといいですか?」
僕らの間を割るように、さりげなく大隅さんが入ってくれた。ああ、もうマジ天使だ!!
「小林くん、盛り上がってるときにごめんね」
一言謝ってから、僕の腕を掴んでその場から連れ出す。そのまま黒板のところにいる、淳くんの隣に連れて来られた。友人からの優しい眼差しを感じて、安堵のため息をついてしまう情けない僕。
「ノリトお疲れー。コスティス王子からの熱烈アプローチに、たじたじしていたね。大丈夫?」
大隅さんと視線を合わせて、何故か嬉しそうに微笑み合うのは、どうしてなんだ。
「……すっごく困ってた。見てたなら、直ぐに助けてほしかったのに」
ぶつくさ文句を言ってやると、大隅さんが僕を宥めるように、優しく肩を叩いてくれる。
「リアルでは吉川さんが恋人ですが、劇中では小林くんがフィアンセなんです。何とか役になりきりたくて、ノリトさんに迫ってるだけかと」
(――どんだけ役になりきりたいのさ……)
「大隅ちゃんの可愛い冗談はさておき、ノリトもそろそろ自分であしらうことを、覚えたほうがいいんじゃない? 吉川がいないことが増えてるんだしさー」
淳くんの言葉に、ふと考えさせられる。確かに僕は吉川に頼りきって、守ってもらってばかりいた。
「今日もホントは劇の練習に顔を出す予定だったんだけど、週末に行われるサッカーの遠征練習場所がゲリラ豪雨のせいで、急きょ変更になったとかで、夕方のバスで遠出しなきゃならなくなったのさ。なので、もう逢えないんだよー」
「そうなんだ。相変わらず忙しそうだね……」
だからここに来てなかったんだ。せっかく逢えると思ったのにな――。
「吉川にはバスの中で、セリフを覚えるよう言い伝えてあるから大丈夫なんだけど。ノリトはコスティス王子のアプローチを上手く回避することが、ミッションになるかなー」
劇での主役に、小林くんからのアプローチを回避って。何だか今回は難題ばかり、押し付けられているような気がする。
だけど強くならなくちゃいけないよね。これから吉川と、ずっと一緒にいられるワケじゃないんだし、いろんなことに自ら対処していかなきゃいけない場面だって、そのうち出てくるかもしれない。
「僕にちゃんとできるか分からないけど、とにかくやってみるよ。だけどきちんとアシストくらい、してもらっちゃダメかな? ひとりきりじゃ、どうしても不安で……」
俯きながら言葉にすると大きな手が頭を容赦なく、ぐちゃぐちゃと撫でまくってくれた。
「勿論そのことについては、大隅ちゃんとふたりでやってあげるから、ノリトは役になりきりつつ、アプローチの回避をするんだよー」
「お姫様役なんですから、女のコの仕草をマスターしないとですね。任せてください! ドレスと一緒に、ステキに仕上げてあげますから」
「(T-T) ウルウル ふたりとも……。頼りない僕だけど、ヨロシクお願いします!」
温かい言葉に胸がジーンとなる。持つべき者は心優しい親友だ――。
「あ、コスティス王子がじっとノリトを見つめてる。熱視線だなー」
Σ(ロ゚ ノ)ノビクッ! ……それってすっごくイヤだ!
「なーんて、うっそー。ノリトってばビビリすぎ」
「ちょっ淳さん、ノリトさんの信用を失いますよ。冗談が通じないんですから」
――あの、ふたりとも。僕のこと結構ズケズケと言ってませんか?
あまりのやり取りに言葉が出なくて肩を落とすと、ごめんねーと笑って、淳くんが握手を求めてきた。仲直りの握手だと思って、迷うことなく手を差し伸べると、何故か意味深に笑う。
その笑みに首を傾げたら、手を離した淳くんが自分の手を見せてきた。手のひらがチョークの粉で、真っ白状態だ。
「さっき、これからのスケジュールを黒板に書いたとき、漢字を間違っちゃってさー。面倒くさくて手のひらで消しては書いてを繰り返していたら、こんなになっちゃったー。≧(´▽`)≦アハハハハハ」
握手したせいで、僕の手のひらも白粉を塗ったように真っ白である。大事な親友にこの仕打ちって一体……。
「もう淳さんってば、すぐ傍に黒板消しがあるのに」
淳くんが大笑いしてる間に、大隅さんはマッハでハンカチを濡らし、押し付けるように淳くんに手渡す。見事な連係プレイを間近で見て、これは見習わないとなぁとぼんやり思った。
「だってー、ノリトがコスティス王子に迫られてる姿を見ながらだったから、それどころじゃなかったんだよー」
――淳くん、やっぱり僕のこと見ていてくれたんだ。
「遠慮のない猫好きな人にじりじりと迫られてる、警戒心の強い野良猫って感じだったよノリト。困り果ててる顔が、ソックリだったー」
「さっすが淳さん。表現に説得力があります!」
えっと……何て言ったらいいんだ。このふたりに、自分の身を任せて大丈夫なんだろうか。一抹の不安が心の中に降り積もる。
吉川が傍にいれば、こんな不安を感じなくて済むのにな。
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