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Love Memories:伝わるぬくもり3
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翌週の月曜日、先週の金曜に演劇部から借りてきた衣装のサイズ合わせをして週末の貴重な休みを使い、裁縫が得意な人たちの手によりピッタリに誂えられ、再度衣装合わせが行われていた。
同じ男だというのに別室に連れて行かれて衣装を身にまとい、なぜか化粧も施されてからカツラも被り、本番さながらの恰好をしている僕。大隅さんに引っ張られるように練習場である理科室に戻ると、そこには見目麗しい王子様がいた。
「吉川……」
金曜に衣装合わせができなかったので、陸上部の女子に採寸されながらチェックしているらしい姿を目の当たりにして、思いっきり胸がときめいてしまった。
「あっ、淳さん! ノリーナ姫の髪飾りなんだけど――」
僕の横にいた大隅さんが、淳くんに向かった瞬間だった。
「やぁ、ノリーナ姫。ご機嫌麗しゅう」
見えない粘着力がありそうな声が、どこからともなく聞こえてきて、反射的に体を竦ませてしまった。
それが誰とは言いたくない。しかし挨拶をされてしまった以上、避けることはできないよね。
「ご、ご機嫌麗しゅうコスティス王子。衣装がとてもよくお似合いで……」
理科室に入った瞬間、吉川以外目に入らなかったので、小林くんの姿を認識したのは、実は今だったりする。
「色の白い君に、よく似合うドレスだね。思わず見惚れてしまうよ」
「そっ、そうかな。小林くんの王子の格好の方が、きっとみんなが目を奪われるんじゃないかな……」
吉川には負けるけど、手足が長くてすらっとした体型の小林くんは、それなりに格好いいと思う。
「みんなまだ衣装の調整をしているみたいだから、あっちの隅に行って、ダンスの練習をしないか? ちょうど衣装も着てることだし、いい練習ができると思うんだ」
(ダンス!? そんな場面なんてあっただろうか――?)
いろいろ考えることがありすぎて(ほら、小林くん対策というミッションあったから)たいして台本を読んでいなかったツケが、こうして今こようとは思いもよらなかった。
横目で淳くんと大隅さんを見ると、まだ真剣に話し合いの真っ最中。ううっ、ここはどうやって回避したらいいんだっ!?
顔を引きつらせて焦る僕に、にじり寄る小林くん。腕を掴まれそうになったそのとき、背後から腰をぐいっと抱き寄せられた。
「踊りの練習なら、ひとりでやってくれ。ノリの相手は俺なんだから」
吉川の低い声が耳元で聞こえてきた。僕の体を抱き寄せて、これでもかと密着してくれる。
「ドレス、寒くないか? もっとこっちに来いよ。あたためてやるからさ」
久しぶりの抱擁に、つい口元が緩んでしまう。しかも大勢の人がいるところで、こんな風にくっつくなんて恥ずかしい。
「……吉川、ちょっとマズイよ」
「そういうノリも、かなりマズイ顔してる。そんな顔されると、今すぐ押し倒すぞ」
僕を抱き寄せたまま、小林くんに背を向けてくれた。あーあ、自分で対処ができなかったな。
「まったく……。マジでアイツ目障りだな。何かされなかったかノリ?」
理科室の隅っこに引っ張られながら、耳元で囁くように呟く。
「何とかね。すぐに吉川が来てくれたから大丈夫だよ。ありがと」
強く引っ張られるせいでカツラがズレそうになり、頭を押えながら歩く僕を、不思議そうな顔して見つめる。
「そうやってると、女のコみたいだな。すっげぇ可愛い」
みんなが見ていないのをいいことに、素早くこめかみに、ちゅっとしてきた吉川。
「ちょっ、何やってんだよ!?」
「文句を言うな。それだけで、ガマンしてやってるんだから」
ただでさえカッコイイ王子様の姿をしてるせいで、すっごく目立っているのに、誰かに見られたらどうするんだろ。
そう思いながらも密着している幸せとか、いろんなものをじんわりと噛みしめさせてもらってるんだけど――。
あー、ダメだ。顔が自然と緩んじゃう!
両頬に手を当てて吉川を見上げると、まじまじと僕の姿を見ていた。それはもう、穴が開きそうな勢いと表現すべきだろう。
「……あのさ吉川、鼻血は大丈夫なのかい?」
もし鼻血が出ても、すぐには対処できないぞ。衣装を鮮血で濡らしたら、大変なことになる。
「大丈夫だ。そんなカッコ悪いトコ、アイツに見せられるかよ」
腕を組んで顎で指し示した先には小林くんがいて、こちらをじっと見つめていた。
「俺の鼻血の心配よりも、ノリの台本の方が心配なんだけどな。だって、2種類覚えなきゃならないだろ」
(――確かにそうなのだ。吉川エンドと小林エンドの2種類が用意されていて、真剣勝負に勝ったほうのシナリオが展開されるんだけど)
「心配してくれるのはあり難いんだけど、実は吉川の台本しか読んでないんだ」
前半の方は流し読みしたクセに、後半の吉川とのハピエンの台本を食い入るように読みふけってしまった。淳くんが僕らのために執筆してくれたそれは、とても甘いハッピーエンドだった。
「ノリってば、随分と俺のこと信用してるんだな。大丈夫かよ……相手は県大会に出てるんだし、もし俺が負けたら」
「負けないでしょ、だって吉川だから」
言いながら、吉川の右手を両手で包み込んでやる。お互い手袋ごしだったけど、ぬくもりはじわりと伝わってきた。
「ノリ……お前――」
「僕は信じてるから。というか、殺さない程度にしてあげなきゃダメじゃないかと、ちゃっかり思ってるくらいなんだけど」
僕がかかってるだけに、すごいことになりそうな気がするんだ。
「どっちの心配してんだ、お前は」
「だって……」
「まったく。これから毎日昼休みは屋上で、素振りの練習しなきゃだな。お姫様の熱い期待に、何としてでも応えなきゃなんねぇから」
目を合わせてクスクス笑い合う僕らを、ずーっと小林くんが見ているなんて、知るよしもなかった。
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