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Love Memories:最後の夏4

 そして幕が開いた――舞台に設置されているのは城の中で行われている、華やかなパーティ会場。ノリーナ姫の16歳の誕生日なんだ。 「ノリーナ姫、お誕生日おめでとうございます」  次々とやって来る国内外のお客様に、ドレスの裾を持ち上げ、微笑みながら頭を下げていく。僕の隣には幼馴染で隣国に住んでいるコスティス王子が、守るように傍に控えていた。  今夜のパーティで、婚約発表をする。だがそれ以前に、いつも隣にいる設定なので、周囲には僕らができていると思っていることになっている。だから――。 「キレイな姫の隣には、いつも勇ましい王子が傍にいて、誰も手出しができませんね」  なぁんて言ってくれる他国の王子がいたりと、いい意味で緊張感を漂わせるシナリオに、淳くんはスゴイなぁと思わずにはいられなかった。 「お初にお目にかかります、ノリーナ姫。お誕生日おめでとうございます」  敵国なのに堂々とパーティに顔を出した吉川こと、コウ王子。僕に跪き頭を垂れる。 「わざわざお越しくださり、ありがとうございます」  緊張で震えそうになる裏声を何とか押し殺し、悠然と吉川を見下ろすと、跪いたまま顔をあげ、ふわりと柔らかく微笑んできた。その表情を見るだけで、自然と心が落ち着いていくよ。  自分を見上げた顔に小首を傾げながら、そっと手を伸ばして頬に触れる。 「あの……アナタは何処の――?」 「姫、いけませんっ! そんな汚らわしいヤツに触れるなんて」  コスティス王子に反対の手で引っ張られ、強引に引き離された。メガネの奥の瞳が、冷たくコウ王子を睨み倒す。 「コスティス王子、一体」 「彼は我らの敵国の王子、コウというヤツです。こやつの父が刺客を差し向け、ノリーナ姫の母君を毒殺した疑いがあるのですよ」  赤いスポットライトが、コウ王子を照らしていく。華やかだった雰囲気が一転し、それだけでがらりと空気を変えていった。 「疑いだけで証拠がありません。酷いことを言わないでいただきたい、コスティス王子」  立ち上がりながら語気を強めて言い放つその姿に、何故だか目が離せない。 「それに今日はノリーナ姫のおめでたい日だというのに、そんなことを言うなんて失礼にも程がある。そう思いませんか、ノリーナ姫?」  いきなり自分に話が振られ、戸惑うしかできなかった。コスティス王子の顔を潰すワケにもいかないし、どうやり過ごせばいいのか――。  困り果てて顔を伏せたら突如腕を引かれて、コウ王子の方に引き寄せられてしまった。  スポットライトが赤から白い色に切り替わり、ふたりだけの世界を映し出す。  引き寄せられた勢いで、長い髪がふわっと舞い上がってから、さらさらとドレスを覆うように戻って行く様子は、きっとキレイに見えたであろう。  そんなノリーナ姫にコウ王子がキスしそうなくらい、ぐっと顔を寄せると、観客から『キャー!』という悲鳴に近い声が聞こえてきた。  ――というか、いきなり急接近のアドリブなんて入れないでほしい……。   「こっ、コウ王子っ困ります」  お返しに台本にないセリフを言ってやったら、ニヤリと意味深に笑い、腰を抱き寄せられた。傍から見たら、んもぅ熱々カップルのできあがり状態。 「その美しさを、さらに間近で拝見させて戴きたい。さぁ、もっとお顔をこちらに――」 「ひいぃっ」  誰も見ていないなら思いきり寄せてあげるけど、今は演劇をしている最中なんだ、いい加減にしてくれ吉川! しかも台本無視して勝手に話を進めるとか、どんだけ度胸があるんだよ。  客席からは『やっちまえ!』とか『キャー吉川くんっ』など、いろんな声援が飛び交っていた。その期待のこもった声に、今直ぐ応えそうで怖い。  それを阻止すべく右手で吉川の顔を押えようとした矢先、僕の背後からコスティス王子の手がそれをやってくれた。  ただ押さえるだけじゃなく、ラケットを握りしめるような握力で、ぎちぎちと音が鳴るくらいに、吉川の顔を潰しかけるのを目の当たりにして、心配に拍車がかかった。

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