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Love Memories:最後の夏6
舞台上の景色は、城の外にある中庭――疲れたノリーナ姫は、パーティ会場をコッソリと抜け出して、夜空を見上げている設定だった。
「くしゅんっ!」
ワザとらしいクシャミをしたところに、タイミングよくコウ王子が登場する。後ろからすかさず、あたたかな防寒着を肩にかけてくれた。
「そんな格好でいたら、風邪を引いてしまいますよ」
隣に並んで顔を覗き込まれてしまう。さっきのやり取りがあったからこそ恥ずかしくて、ずっと俯いたままでいた。
「あの、ありがとうございます。お気遣い嬉しく思い――」
「そんな感謝の言葉よりも、アナタから欲しい言葉があります」
ぎゅっと抱き寄せられる体。
またしてもアドリブで動く吉川に、なす術がない。顔がすごく熱いよ――。
「こ、言葉よりもあの……離れてくださいっ。コスティス王子に見られたら、アナタが叱られてしまいます」
押し返す両腕をいとも容易く掴んで、更にぎゅっと密着する。
「誰もこんなところに来ませんよ。安心して、ノリーナ姫の気持ちを聞かせ戴きたい」
「わたくしの、気持ち……?」
「教えてもらえないのであれば今この場で、アナタのそのキレイな唇を奪いますよ」
ひいぃっΣ(゚д゚;)ガーン
立て続けのアドリブに、頭がぶわっと混乱しまくった。客席からは無言のプレッシャーという視線を、ここぞとばかりにビシバシと感じているので、何かしらやらねばなるまい。
「こっ、これじゃあ落ち着いて言えません。離れてください!」
「ぷっ、分かりました。どうぞ、ノリーナ姫」
困り果てた様子がおかしかったんだろう。笑いを噛み殺し、ゆっくりと手を放す。
そんなコウ王子に、本当は面と向かって告白しなきゃいけない場面なんだけど、今までの仕返しとばかりに、後ろを向いてやった。
「アナタを一目見たときから、恋をしてしまいました。この想いを、どうしたらいいのでしょう」
いつもこのセリフを言うときは、胸がドキドキしてしまって、声が掠れてしまっていたのだけれど、今は落ち着いて言うことができた。これって、背中を向けたお蔭なのかな。
「俺もアナタの美しい姿を見て、心を奪われてしまいました。できることなら、今すぐにでも奪い去りたい……」
後ろからノリーナ姫の体を奪うように抱きしめるコウ王子の体に、そのまま身を任せた。
さっきまで気になっていた客席の様子や声など何も入ってこない、ふたりだけの世界――。
不思議な感覚だ――本来なら僕たちは、こんな風に堂々としていられる間柄じゃない。ましてや吉川は女子からモテはやされ、憧れの存在として学校で君臨している。そんな大好きな彼に、おおやけの場でぎゅっと抱きしめられ、嬉しくない恋人がいるだろうか。
『吉川は僕のモノなんだ!』
そう声を大にして、みんなに向かって言いたいくらい。
「ノリーナ姫……」
体に回されている腕に、ぎゅっと力が入った。
もしかして吉川も、僕と同じ気持ちでいるのかな。こんな僕を好きになる人は、滅多にいないと思うけど。
だけど今、この瞬間の――ふたりの想いが重なっていることを、しっかり心の中へと刻み付けておこう。僕らの最後の夏だから。
一緒に過ごすことのできる、高校最後の二人の思い出に……。
「あれほど注意したというのに、困ったお人だ。一国の王子というよりも、手癖の悪い泥棒ですね、コウ王子」
見えないところからコスティス王子の声がして、自分の体を抱き寄せていた腕が、名残惜しそうに離されるのを見て、思わず引き止めてしまった。
「あ、ノリ……ノリーナ姫っ?」
僕のアドリブに一瞬だけ素に戻り、声をかけた吉川がハッとして動きを止める。それは僕が吉川の腕を、強引に掴んだせいだと思ったのに。
「泣かせてしまって、ゴメン。俺も同じ気持ちですから」
「えっ――!?」
空いてる手で、そっと頬を撫でてくれた。拭われてはじめて分かる、濡れた感触――。
舞台上では、ほんのひとときの出来事だったかもしれないけど、僕としてはこのことを永遠に感じていたかった。結果それが涙という形になって、出ちゃったのかもしれない。
「っ……。そのお気持ちだけで、十分でございます」
振り切るように掴んでいた腕を離して、あまりしてはいけない行為だけど、お客さんに背を向けた。泣き顔をこれ以上、見られたくなかったから。
俯きながらメイクが落ちないように手袋で涙を拭っていると、コスティス王子が登場してきた。
「俺の大事なノリーナ姫を、泣かせるようなことをしてくれたようですね」
「コスティス王子違いますっ、これは――」
「いいんですよ、ノリーナ姫。泣かせてしまったのは、事実なのですから」
見事なトライアングル設定が舞台上で形成され、ここから例の決闘が始まろうとしていた。
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